シューズとサックス
wkwk-0057
第1話
目を瞑り机に伏せているとどこからともなくサックスの音色が聞こえてきた。それは上手いとは言えず、率直に言うと下手だった。
そんな音が耳に入ってくるとイライラするものだ。
「うるせぇ」
と呟き音楽室に行き文句を言う
「おい、下手くそ。うるさい」
と言葉を投げ捨てると彼は
「はぁ?!ならお前がやってみろよ!!」
と怒った。それもそうだろう。知らない奴に文句言われたら誰でも怒る。
彼が首にかけていたサックスを奪い、マウスピースを満遍なく拭き、咥える。
そして下腹部に力を入れ空気を入れる。哀愁漂う音色で一瞬で心を奪われた。
するとサックスを机にゆっくりと置きどこかに行ってしまったのだった。
「う……うめぇ!!」
と呟いていたのが響の耳に届いたが聞こえないふりをし、教室に戻り帰宅の支度をするのだった。
すると後ろから五月蝿いほどの声がこちらに飛んでくる。
「おい!!お前!!吹奏楽に入らないか?」
すると響はピタッと止まった。
ゆっくりと振り返り目の前にいる彼を睨みつけそそくさと帰って行ったのだった。
翌日
朝から響の前に昨日の彼、翔也が居る。
後ろ歩きをしながら
「なぁ、吹奏楽に入らない?」
と聞いてくる。
「うるせぇ。やらねぇよ」
すると翔也はピタッと止まり、
「なんでだ?なんでそんなに嫌がるんだ?」
と聞いてくる。響は
「……黙れ。俺はやりたくないからやらないって言ってんだよ」
すると朝のチャイムか鳴り響く。
響は席に戻り教師の号令を待った。
放課後
響の腕を掴み階段を駆け上がるのは翔也。事の経緯を話そう。
響が帰る支度をしていると、どこからともなく現れた翔也に
「体験入部しよう」
と提案され、響は
「無理」
と答えたが、翔也は腕を掴み音楽室まで引きずろうとしたのだった。
ドアが開いた瞬間、パタリと音が止んだ。中にいた四人の部員が一斉にこちらを見た。
「お、来た来た!」
翔也が満面の笑みでそう言うと、一番手前にいた女子が跳ねるように立ち上がる。
「もしかして昨日のサックスの人!? めっちゃ上手かったよ!」
茶髪をポニーテールにしたその子は、トランペットを小脇に抱えながら、キラキラとした目で響を見つめている。
「……誰だよ」
響はうんざりしたように眉をひそめたが、彼女は全く気にした様子もなく笑った。
「私はミナ。トランペットやってる! よろしくねっ!」
その後ろでは、もじもじとお辞儀する男子が一人。楽器はチューバ。目は合わないが、悪いやつではなさそうだ。
「ユウトだよ。ああ見えて優しいから安心して」
翔也が小声でそう言うと、今度は部屋の奥で譜面を読んでいた女子が静かに顔を上げた。冷たい印象のある切れ長の目。手にしていたフルートがやけに様になっていた。
「――音は、悪くなかった」
短く、無表情にそう告げると、また譜面に目を戻す。
「綾音さん、辛口だなぁ~」
と、笑ってドラムのスティックを回す男子が一人。音楽室の空気は、想像していたよりずっと賑やかだった。
「で? 何がしたいんだよ」
響が一歩部屋に足を踏み入れながら尋ねると、翔也は手を叩いて言った。
「体験入部だよ! お試しでもいいから、ちょっと一曲合わせてみようぜ。ちょうどいい曲あるんだ」
ミナが楽譜を手渡してくる。
「これ、今度の定期演奏会でやる予定のやつ。簡単なアレンジだから、すぐ吹けると思うよ?」
「……勝手に決めんなよ」
文句を言いながらも、響は楽譜に目を通し、ふぅと小さくため息をついた。
「まあ……一曲だけな」
「よっしゃああああああああ!!!」
翔也の声が、音楽室にこだました。
楽譜をざっと目で追い、響は椅子に腰を下ろした。サックスを手に取ると、マウスピースを静かに咥える。
さっきまで騒がしかった音楽室が、静まり返った。誰もがその一音を待っていた。
最初にリズムを刻んだのはドラムの男子――タクト。
軽快なスティックの音が空間を引き締めるように鳴り響く。次にミナのトランペットが、明るく前向きな旋律を奏で始めた。
続いてチューバのユウトが低音を支え、フルートの綾音が優雅に流れるような音を重ねていく。
響はそのすべてを聴きながら、タイミングを測った。
――今だ。
息を吸い、腹に力を入れ、吹き込む。
切なさと温もりが同居するような、包み込むようなサックスの音色が音楽室を満たした。
「……っ」
ミナの目が驚きに見開かれ、ユウトの指が一瞬止まりそうになる。綾音は表情こそ変えないが、ほんのわずかにフルートの音に揺らぎが生じた。
響のサックスが、全員の演奏に寄り添い、溶け込み、時には引っ張る。
短い曲だった。
でも――終わった瞬間、誰もが言葉を失っていた。
「……マジかよ……」
翔也がポツリと呟いた。
「もう、入部確定じゃん……」
「すご……すぎる……」
ミナとユウトが目を合わせ、ぽかんとしたまま呟いた。
最後に、綾音がポツリと口にする。
「悪くない。……いや、良すぎる」
響は無言のまま、サックスをそっと机に置いた。
「……言っとくけど、入部するとは言ってねぇからな」
そう言って立ち上がると、扉へと向かう。
「……でも」
ミナの言葉に、響の足が止まる。
「音、楽しそうだったよ?」
響は、何も言わず背を向けたまま、一度だけ肩をすくめて――そのまま出ていった。
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