カエルの星
hiromin%2
16
宇宙飛行士のR氏は、広大な宇宙のどこか、小さな星々が浮かんだ真っ暗闇の中をさまよっていた。宇宙船が故障し、遭難してしまったのだ。
R氏が地球を出発したのはもう数十年も昔だった。二年の旅程で、木星に着陸する計画だった。しかし、出航直後に小惑星と衝突してしまい、軌道がそれて操縦も上手くいかなくなった。また通信機も壊れ、地球の管制室との連絡も取れなくなった。R氏は当初の目的をあきらめ、ただ自分が生き延びることを最優先にした。
宇宙船には多くの食料を持ってきていた。しかしこれほどの長期化は想定外だったので、既に底を尽きていた。もうしばらく飲み食いはしていない。腹が減って、のどもひどく乾いた。
R氏は不時着できる惑星を探していた。とにかく、食料と水を欲していたのだ。R氏は宇宙船をひたすらに進ませたが、しかし暗黒部から、なかなか脱することができない。
……それは突然だった。宇宙船の通知音が鳴り響いたのだ。
――ピーピー、前方1000kmに、惑星を感知。
R氏は飢えで意識がもうろうとしていたが、その知らせで飛び起きて、レーダーを確認した。すると本当に、惑星がモニターに表示されていた。R氏は歓喜したが、しかし食料の見込みがあるかを確認しなければならない。着陸したところで、そもそも人間が生存できる環境になければ本末転倒だ。宇宙船には、再度離陸するために必要な燃料は残されていなかった。
分析を確認すると、気圧はそれほど高くなく、水は豊富で、気温も低くまさに人間にとって最適な環境にあることが分かった。R氏は安堵した。幸運の巡りあわせだ。
さっそく、その惑星へ向け何とか航路をずらし、不時着の準備を進めた。
惑星に到達して、R氏は宇宙服のまま下船した。いくら物理的性質が良好でも、人間には有毒なガスが蔓延しているかもしれないからだ。またポケットには小銃を忍ばせた。原住民に襲われてしまうかもしれないからだ。
惑星は緑の豊かな地だった。辺り一面が草原で、ところどころ黄色い花のようなものが咲いていた。また視界の先には、うっすら小川のようなものが見えた。
R氏はマスクを外したくてうずうずした。もう外の空気をしばらく吸っていない。大気の組成を調べるセンサーを取り出し、結果を確認したが問題なさそうだった。R氏はびくびくしながら、マスクをゆっくり外した。とても爽やかな風が鼻腔いっぱいに広がった。とても気持ちが良かった。
R氏はそのまま小川へと歩いた。とにかく水が飲みたかったのだ。風ですっかり上機嫌となり、自然と足取りも早まった。
小川に到着した。例のセンサーを水面に突き刺した。結果を確認したが、やはり人体に悪影響は無さそうだった。R氏はしゃがみこんで、犬のように首を伸ばして一心不乱に水を飲んだ。カラカラ乾いた全身が、一気に潤っていった。R氏は幸福だった。
「あれえ、見かけない生物だね。ほかの星から来たのかい?」
突然、何者かに話しかけられた。R氏はギョッとした。ポケットから小銃を咄嗟に取り出し、狙いを定めた。
R氏は拍子抜けした。なんと、その主は大きなカエルだったのだ。四足歩行で、しかしヒグマほどの大きさがあった。それが喋っているのだ。
「おいおい、勘違いしないでくれ。決して君を襲おうってわけじゃないんだ」
カエルは、フランクに話しかけてきた。宇宙服に備わった万能翻訳マシンが起動し、カエルの言葉を翻訳した。
R氏もまた、翻訳機を通じてカエルと会話を試みた。
「私も、あなたたちを襲いに来たわけではありません」
R氏は成功するか不安だったが、それを聞いてカエルはにこやかに笑った。
「そんなこと分かっているよ。この星はお客さんが多いからね」
R氏はあることに気づいた。翻訳機を通じなくても、かれらの言葉がおおよそ理解できるのだ。
「私は、この星に食料を求めてやってきました。故郷を出発した後、宇宙で遭難してしまい、しばらく飲み食いをしていなかったのです」
「それは大変だったね。だったら、僕たちの村を案内するよ。何かごちそうするからさ」
R氏は困ってしまった。誘いに乗りたいのは山々だったが、しかし何かの罠かもしれない。だが、このままだと餓死を待つだけなので、不安ではあったが、カエルについていくこととした。
カエルはぴょんぴょん跳びながら、少しずつ前進した。人間に比べ進みは遅かったので、R氏はかれと足並みを揃えなければならなかった。移動する最中、カエルはひっきりなしにしゃべり続けた。
「つい先月も、他の惑星から誰か不時着してね」
「僕はあの川が好きなんだよ」
「ところで、君はどんな料理が好きなのかな?」
R氏はうんざりした。
数キロ進んだあたりに、カエルたちの村があった。村といっても、土を盛って穴をあけたかまくらのような住居が、いくつも並んでいるだけだった。カエルはみな住居にこもっているらしい、外には誰も出歩いていなかった。
案内役のカエルは、一つの穴ぼこへと入っていった。R氏はその後に続いた。
案外、中は広々としていた。当然、壁紙もカーペットも無く、土がむき出しになった内装だったが、居心地は悪くなかった。少なくとも、宇宙船よりははるかに快適だ。
入室すぐに、R氏の目に留まったのは、オレンジのような果物の山だった。
「この時期はね、雨が多いんだ。洪水で町が水浸しになるから、食料を蓄えてしばらくは家中にこもるんだよ。僕は外へ遊びに行くけどね」
カエルは悪びれる様子もなく、ケロッとしていた。
「どうだい、君も一つ食べるかな?」
するとカエルは、前足を持ち上げ、器用に指を開いてオレンジを掴んだ。R氏はそれを貰い、皮をむいて食べた。この上なくおいしかった。何より、懐かしい味がした。
「へえ、君はそうやって食べるんだね」
と、カエルは感嘆していた。カエルもまた果物を一つ掴み、ひょいと放り投げ丸呑みした。
結局、R氏は果物を十個食べた。親切なカエルは顔色一つ悪くせず、ごちそうしてくれたからだ。R氏はカエルに感謝した。カエルは照れて、前足で頭を掻いた。
食事を終えると、R氏はすっかり元気を取り戻し、恩返しもかねてカエルとのおしゃべりにとことん付き合った。カエルはいつまでも喋るのをやめなかった。気が付くと日が暮れていた。
「あら、もうこんな時間なんだね」
「早いものですね」
「そうだね。君とおしゃべりするのは楽しいな」
「そう言ってくれると、嬉しいです」
「もう! 照れるなあ」
「いえいえ」
「……そういえば、君はなんて星からやってきたのかな」
「僕の故郷は地球です」
「どういうこと?」
カエルは口をぽかんと開け、驚いたような顔をした。
「ご存じないでしょうか」
「いや、だって、ここが地球じゃないか」
と、カエルは目をパチクリさせて不思議そうに言った。
「何を言っているのですか?」
「ここが地球だよ。だけど、僕が生まれるずいぶん前から、この星にはカエルしか暮らしていないよ」
カエルの星 hiromin%2 @AC112
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