第36話 輝け一番星! ライバルと小さな応援団

 リコが「スターダスト・キャニオン」として、春祭りのリングに立つことが決まってから数日。俺、相川健太のアパートは、かつてないほどの熱気に包まれていた。いや、主にリコ一人が、だが。


「主殿! 今日の朝ごはんです! 名付けて『スタミナ一番星オムライス』ですよ!」

 朝からキッチンで犬耳をぴこぴこさせ、元気いっぱいにそう叫ぶリコ。ケチャップで見事な(?)星が描かれたオムライスが、食卓に並ぶ。


「ふん、妾の護衛が精を出すのは良いことじゃ。だが、健太、妾にはもっと上質なタンパク質をだな……」

 ソファの上で、ルナが優雅に足を組みながら注文をつけてくる。


「データ上、卵のタンパク質と鶏肉のBCAAは運動後の筋組織修復に効果的です。ルナ様の要求は、栄養学的には非合理的かと」

 シズクはタブレットから顔も上げず、バッサリと切り捨てる。

 ……うん、今日も我が家は平和だ。


 その日の午後、俺たちは再び市民体育館の「スターダスト・リング」を訪れていた。春祭りのデビュー戦に向け、リコの本格的なトレーニングが始まったのだ。俺はミキさんに「リコの練習パートナー、やってくれない?」と頼まれ、セコンド兼サンドバッグ役として、リコの特訓に付き合うことになった。


「いきます、主殿! えいっ!」

 リング上で、リコが軽やかなステップから繰り出すパンチを、俺は分厚いミットで受け止める。


 ドスッ!という重い衝撃。

「ぐふっ!?」


 軽いパンチのつもりだろうが、俺の体は数歩後ずさる。リコのパワー、やっぱり規格外だ!


「だ、大丈夫ですか、主殿!?」

 慌てて駆け寄ってくるリコ。心配そうに揺れる尻尾が、なんとも言えず可愛い。


「だ、大丈夫だ…! プロレスは、相手の技をしっかり受け止めるのも大事だからな! 遠慮するな、リコ!」

 俺は必死に強がりながら、内心(明日は絶対、全身筋肉痛だ…)と覚悟を決めた。


 そんな俺たちの様子を、リングの隅から面白くなさそうに眺めている視線があった。

 団体の先輩レスラーの一人、「ブラックパンサー・ユカ」だ。派手なヒョウ柄のコスチュームに、少しつり上がった猫のような目。実力はあるらしいが、少し意地悪な性格で、いきなりエース候補として現れたリコのことを、一方的にライバル視しているようだった。


「へえ、新人さん、随分と可愛がられてるじゃない」

 ユカはわざとらしくため息をつきながら、俺たちのそばにやってきた。


「でも、プロレスはただ力があればいいってもんじゃないのよ。お客さんをガッカリさせないようにね?」

 チクリと嫌味を言うと、彼女は練習に戻るフリをして、リコがロープ際に置いていたドリンクボトルを、足でわざとらしく蹴り倒した。


「あっ……!」

 リコが声を上げるが、ユカは知らんぷりだ。


「……リコ、気にするな。俺の、まだ手つけてないやつ飲めよ」

 俺が自分のボトルを差し出すと、リコは少しだけ俯いて、しょんぼりと尻尾を垂れた。


「……はい。ありがとうございます、主殿」

 その姿に、俺はユカに対して(このチンピラレスラーめ!)と、内心で毒づいた。


 特訓が終わり、俺とリコは体育館の裏にある公園のベンチで、並んで休憩していた。桜はもうすっかり葉桜に変わっている。

 リコはまだ少し元気がない様子で、黙って地面を見つめていた。


「……ユカさんの言う通りかもしれません。わたくし、ただ力が強いだけで、プロレスのことは何も……」

「そんなことねえよ」


 俺はリコの言葉を遮るように言った。


「リコには、誰にも負けないキラキラがある。見てる人を元気にさせる力があるんだ。だから、自信持てよ」

「主殿……」


 俺がリコの頭をわしゃわしゃと撫でてやると、ようやく彼女の尻尾が、ぱた、と少しだけ揺れた。その時だった。


「あ! キャニオン姉ちゃんだ!」

 公園で遊んでいたらしい、小さな子供たちが、俺たちに気づいて駆け寄ってきた。その手には、画用紙や段ボールで作られた、手作り感満載の応援グッズが握られている。


「キャニオン姉ちゃん、この前の練習、すっごくカッコよかった!」

「これ、作ったんだ! 応援うちわ!」

「春祭り、絶対見に行くからね! がんばって!」


 子供たちは、キラキラした目でリコを見上げ、口々に声援を送る。応援うちわには、クレヨンで描かれた星と、リコ(犬耳マスク姿)の似顔絵が描かれていた。


「み、みんな……!」

 リコは、予想外の出来事に目を丸くしていたが、やがてその瞳を潤ませ、最高の笑顔で子供たちの輪に加わった。


「ありがとう! みんなの応援、すっごく嬉しいです! わたくし、みんなのために、リングで一番輝きますね!」

 リコが子供たち一人一人とハイタッチをし、頭を撫でてやる。その光景は、まるで本物のヒーローショーのようで、俺の胸を温かくした。


「……良かったな、リコ。お前、もう立派なヒーローだよ」

 公園を後にする帰り道、俺がそう言うと、リコは少し照れくさそうに、でも誇らしげに笑った。


「えへへ。わたくしだけの力じゃありません。主殿がいてくれて、みんなが応援してくれるからです!」

 そう言って、リコは俺の手を、ぎゅっと握ってきた。

 ……おい、不意打ちはやめろって。心臓に悪いだろ!


 アパートに帰ると、シズクがタブレットを見ながら報告してきた。


「健太殿。先ほど、#がんばれキャニオン姉ちゃん というハッシュタグが、この地域のSNSトレンドで急上昇しました。観測データによれば、発信源は先ほどの公園の子供たちのようです」

「お前、いつの間にそんな情報収集を!?」

「リコ殿の活躍は、既に地域社会にポジティブな影響を与え始めています。極めて興味深い現象です」


 涼しい顔で言うシズク。その隣で、ルナが「ふん! 妾の護衛が人気なのは当然じゃ!」と、誰よりもドヤ顔をしていた。


 リコの周りには、いつの間にか温かい輪が広がっていた。

 意地悪なライバルもいるけれど、それ以上に、彼女の輝きを信じて応援してくれる人たちがいる。

 春祭りのリングで、リコはきっと、最高の輝きを見せてくれるはずだ。俺は、その瞬間を一番近くで見届けるセコンドとして、もっと気合いを入れないとな!

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