第20話

「綺麗!似合ってるわ」

ママは私に何度も同じ言葉を並べた。

「まさか杏ちゃんがウエディングドレス、着る日が来るなんて」

驚いた顔で私を見つめる瑠璃。

初めてシリウスを家族に紹介した日、みんな歓迎してくれた。

それからこっちの世界での交際期間を経て、私達は今日結婚する。

向こうの世界から必要なものを準備し色々と大変だったがこっちで生きていくことに決めた。

何度も私に甘い言葉をかけてきて私が照れる姿を楽しんでいたシリウスのプロポーズがあまりにも緊張していて、手が震えていたことを思い出す。

誰よりも私を想ってくれているこの人に私の人生を捧げたい。

コンコンとノックの音が聞こえ返事を返すと扉が開いた。

「…綺麗だ」

思わず赤面するとひょっこり後藤が顔を出した。

「おー、いいじゃん」

「ありがとう。二人とも」

後藤に告白された日、私はこの関係が壊れると思った。

けどそんな心配は必要ないくらい、ずっと一緒にいてくれている。

夏休みも終わり、夏もいい加減終わるかと思っていたが全くそんなことは無かった。

次の冬、私は学生としての人生を終える。

シリウスはこっちの世界で仕事を見つけ働いている。

後藤は高校生のあの日から小説家として毎日原稿の締め切りに追われている。

大学を卒業することを条件に両親から小説家になることを承諾してもらえたらしい。

夢を追い続けた後藤は無事、世界に物語を届ける立場となった。

「私達は行くからね」

ママたちは部屋から出て行って三人になった私達は少しだけ雑談をした。

「本当におめでとうな」

後藤は私達を交互に見て祝福してくれた。

「ありがとう。てかさ、手に持ってるの何?」

部屋に入って来た時から後藤が持っているものが気になった。

「本か?」

シリウスがそう言うと後藤は二冊の本を私達に差し出した。

「高校生の時、初めて魔法を使う世界に行った。俺の小説家として一番最初の物語はそれだった。けどこっちは…俺達が体験した事実を書いたもんだ」

こっちの世界に帰ってきて一度は忘れていたレグルスという男が私たちを助けるために命を落としたという事実。

それは忘れていた私達に幻想のように現れていたが、ある日それが現実だったと確信する出来事が起こった。

私は高校の文化祭での演技中、手の甲にキスをされるシーンであの日がフラッシュバックした。

後藤は体育で剣道の授業を受けていた時に、異常な程な剣捌きに周りが唖然とした。

そして当の本人はなぜか涙を流していた。

その瞬間、師匠と呼んだあの夜がフラッシュバックしたらしい。

もうこの世にはいないが、魔法のある世界で生きていたレグルス。

そんなレグルスとの短く、濃い時間を綴ったその物語は私たち三人だけの物語だった。

「今度、墓に行ってこれを供えようと思う。師匠に酒もってかねぇとな」

後藤のその笑顔は本当に輝いていた。

「後藤、本当にありがとう」

この人にはお礼をしてもしきれないくらい助けられてきた。

「うん。俺もありがとな」

私達の結婚式には多くの人が参列してくれた。

地元の友達や私の家族、そしてシリウスのお父さん。

ボスの呪いが解けた後、二人は和解したらしい。

私にも何度も何度も頭を下げてくれた。

そして私達の結婚を心の底から喜んでくれた。

「シリウスー、これからどうする?」

キラキラと輝く左の薬指には本物の指輪がはめられている。

「明日は休みだし夜更かししようか」

そう言って机の上に私の好きなお菓子を並べてくれた。

「何の映画にする?」

リモコンを操作する姿さえ愛おしいと思ってしまうのはおかしいのだろうか。

「好き」

二人掛けのソファーが揺れる。

「驚いたな」

私と目を合わせるシリウスは少しだけ頬が赤かった。

「シリウスって何でそんなにかっこいいの?」

「突然どうした?」

夜になると、ふと考えてしまう。

人を信じることを恐れていた私はあの時、本当に辛かった。

もう二度とあんな体験をしないためにはどうしたらいいのか必死に悩んだ。

それでも答えは見つからなかった。

「シリウスと毎日顔を合わせてるのに、未だ現実か分かんなくなるの」

人を信じてみたいと願い、今隣にはシリウスがいる。

離れてはいるが後藤だって私を大切にしてくれる。

レグルスだって私を大切に守ってくれた。

あの時では何も想像できない今がある。

「現実だ…そうだろう?」

『俺はここにいる』と主張するかのように抱きしめてきた。

「心配なら何度でも伝えよう」

そう言ってさらに私を抱きしめる力を強めた。

「愛している」

その言葉がシリウスから聞けると安心する。

私はこの地に足をつけて歩いているんだと実感できる。

それを教えてくれたのは後藤やシリウス、レグルスのおかげだ。

この気持ちは忘れたくない。

これからも大切にしまっておきたい。

そう思えるくらい、好きという感情はすごいものだった。

人を本気で愛し、人に本気で愛される。

それはどんな魔法よりも、武器よりも強いものだった。

魔法のないこの世界で生きていくと決めた私達はこれからも人を愛し、時に恨み、それでも生きていくのだろう。

それが私達人間が生まれた意味だと思う。

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世界は愛で溢れている 杏樹 @an-story01

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