第19話

後藤諒side

この世界に帰ってきてから、俺は迷っていた。

杏璃に自分の気持ちを伝えるべきか否か。

俺の気持ちを伝えることで杏璃は悩んでしまうかもしれない。

幸せな時間を過ごしている杏璃に余計なものを送り付ける必要はないと言い聞かせていた。

こっちに帰ってきてもシリウスとは手紙でやり取りをしていた。

向こうの世界を出る前に俺はシリウスに今後のことについて聞いた。

街の復興作業や、残りの敵の消息、そして杏璃とのこと。

するとシリウスは俺にあることを告げた。

『アンリの世界で生きてみたい』

それはまだ俺にしか言っていないらしい。

杏璃の大叔父はどちらの世界にも行き来が出来る特別な人間だったらしい。

しかし魔法のないこの世界で愛する人と生きていくことを決めたそうだ。

それと同じようにシリウスも魔法のないこの世界で愛する人と一緒になることを選びたいらしい。

そっと教えてくれたシリウスの本音は俺を複雑な気持ちにした。

けど俺はずっと杏璃の幸せを願ってきた。

だったらどうすればいいのか気持ちの整理もついていた。

だからその気持ちに蓋をして笑顔で送り出そうと思っていた。

しかしシリウスはそれに賛成してくれなかった。

杏璃はきっと俺の気持ちを聞いたら悩んでしまう。

そう言ったら『リョウの気持ちはどうなるんだ』と説教をされた。

俺のわがままを杏璃に伝えることでこの関係が壊れる方が嫌だと、結局は自分の保身だったことを理解した。

気持ちを伝えられた杏璃は複雑な感情を抱き、涙を流した。

悪いと思ったがそれと同時に、俺のことを考えてくれているという事実に少しだけ喜んだ。

杏璃に大切に思ってもらえているなら、もうあとは杏璃の好きに生きて欲しい。

杏璃にはかっこいい言葉を並べて、最後までかっこいい俺を貫いた。

後日、瑠璃ちゃんが家に尋ねてきたとき、俺が振られたことを話すと目を真ん丸にしていた。

「杏ちゃんが後藤を好きじゃなかったなんて…」

気まずい空気に、俺から目を離す瑠璃ちゃん。

「いや、杏璃は俺の事好きだ。絶対にそう。けどそれよりも一緒に家族になりたい人がいるんだろ」

「…杏ちゃん推しと結婚するとかって言ってた…現実見えてないやばい人になってるじゃん」

まだシリウスのことを紹介していないからそう言われるのも無理はない。

ただ、瑠璃ちゃんには安心してほしい。

杏璃はどんな困難に陥ってもきっとシリウスとなら大丈夫。

それを早く伝えてやりたいと思った。

「あ、来た来た。シリウス…俺の服貸すわ」

「うん、そうして。それじゃみんなに見られちゃう」

事件の処理を終え、シリウスがこっちの世界に遊びに来た。

初めての世界に戸惑いながらもその笑顔は希望に満ちたものだった。

「…シリウスがこんな姿するの面白い。笑っちゃう」

俺の服を着たシリウスが杏璃の前に立つと、杏璃は笑い転げていた。

「そんなに似合ってないか?」

心配そうにオドオドしながら聞くシリウスに意地悪をしたくなった。

「まぁ…うん」

「どっちだ?!」

否定も肯定もしないでいるとシリウスは溜息をついていた。

まるで子供に意地悪をされた親のようだった。

「まずは親に挨拶しに行くんだろ?」

まだ高校生の娘が恋人を連れて家に来たらどんな反応をするのだろう。

驚かれる?それとも怒られる?

祝福されるのが一番だがそれは可能なのか?

色々話し合った。

だけど俺は二人の意見を尊重する。

シリウスはあちらの世界で王様としてのシリウスの役目を終えてきたと言う。

「…緊張するな」

シリウスが小さくつぶやいた言葉にそっと手を握った杏璃。

杏璃の親に認めてもらえるのか分からない。

それがどれだけ不安なことか、俺には想像もつかない。

「大丈夫だ」

俺はその言葉を使って安心させる以外に出来ることは無かった。

「まぁ杏璃の親も少なくとも歓迎はしてくれるはずだ」

杏璃の人柄の良さはその親から受け継がれたと思っている。

だから大丈夫。

「学校の先生は将来何が起こるか分からないってよく言うけどその通りだったね」

青空の下に、三人。

俺達はなんだか清々しい気分だった。

「まぁな。まさか世界に魔法が存在してその現場に居合わせることになるなんて誰が予想できるんだよ」

俺は笑いながらそう言った。

これは現実で、俺達が生きている世界。

どこかで誰かが泣いていても、救われなくても朝が来る、そんな世界。

残酷な世界の中で必死に生きていく俺達を神様はどう思っているのだろう。

滑稽に思っているかもしれないし慈愛に満ちた目で見ているかもしれない。

分からないけど俺達は今、ここで生きている。

神様が人類を誕生させて、人生ゲームのように遊んでいるとしたらこの先何が起こるのだろう。

俺達はその駒としての役割を果たすためだけに生まれてきたのかもしれない。

けど、それでもいい。

勝手に遊んで楽しんでいる神様に負けないくらいに俺達がこの世界を愛し、この世界で一生懸命に生きていく。

生きる理由を見出せなくても、それでもいい。

平等にやってくる明日を笑えなくても、恨んでもいい。

ただ、いつかきっと暗闇から抜け出したいと願う日が来る。

その時、必ず誰かが隣にいてくれる。

幸せの輪はそうやって繋がっていくと、身を染みて体験した俺の言葉がいつか誰かに届きますように。

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