第2話

「…魔法の使い方なんて知らないし、そもそも私は大層な人間じゃないから」

出来の良い妹とは違って出来の悪い姉。

そんな私には何もしてあげられないだろう。

「お役に立てる気がしないから、家に帰して」

吸い込まれそうになる瞳から視線を外してそう言った。

夢だと願いたくて頬をつねったが痛みを感じてしまった。

「顔を上げてくれないか?」

とても誰かを誘拐した人とは思えない程優しい声でそう言った。

「すごい、綺麗。…これが魔法?」

宙に浮くキラキラ輝いた光は花の形をしていた。

「あぁ、これはアネモネ。白いアネモネには希望、期待、真実という意味があるらしい」

それを私に見せて何が言いたいのだろう。

ただ、その魔法が綺麗だと思ったのは事実だった。

「アンリが驚くのも無理はない。突然、こんな場所に連れてこられたら誰だって怖い。ただ、俺はアンリの味方で絶対に守ると誓う。だから一度この世界について聞いてはくれないか?」

この目を見つめ続けると良くない気がしてきた。

出会って間もない人のはずなのに安心感がある。

私は本当に魔法を使える世界にいて、その世界の人に力を貸してほしいと言われた。

この状況を鵜吞みにするなんて馬鹿げた話かもしれないが、この人の言葉は信じられる気がした。

「話を聞くくらいなら…名前、なんて言うの?」

「ありがとう。シリウスと呼んでくれ」

私とは少し違って、シリウスはゆっくりと話す。

言葉を一つ一つ大切にしている、そんな感じがする。

「でも待って、帰らないと心配されるし。どこかのタイミングで家に帰して」

瑠璃が上手くやってくれているか分からないし、警察沙汰になっていたら面倒だ。

「…悪いがすぐには無理だ」

「何でよ!」

「アンリをここに連れてきた彼の魔力が足りない」

「じゃあ魔力ジュースとかサプリとか飲んで増やしてよ!」

「それは出来ない。魔力の回復は時間が解決するものだ。何かで補うことは出来ない」

申し訳なさそうに謝るシリウスに少しだけ溜息を洩らしたが今は我慢することにした。

「二日もあれば魔力が戻り、家に帰れるだろう。…そしたらもうこちらには来てくれないか?」

何でも顔に出る人だと思った。

少しだけ寂しそうな顔をしている。

「…話聞いて考える」

絞り出した私の答えはシリウスを笑顔にするものだったらしく段々と目が細くなっていった。

グゥーっとお腹の音が広い部屋に響くとシリウスは声を出して笑った。

「お腹が空いたの!悪い?」

葬式の後で何もご飯を食べずに時間が経過していた。

「悪くないさ。一緒に何か食べようか」

そう言ってメイド服を着ている人に一声かけて待っていると部屋に良い匂いが漂ってきた。

「…ここに座って食べるといい」

「シリウスはどうするの?」

「俺は後で頂こう」

そう言って私を今まで座っていた椅子に座らせた。

この部屋は多分シリウスのもので家具は全て彼自身が使うもの、つまり一つしかなかったのだ。

窓から外を見渡すと綺麗な庭が目に入った。

「シリウス、魔法でものを持ち上げたりできるの?」

「出来るがそれが?」

「だったら外で一緒に食べよう。あそこなら二人で座れるし!」

料理を二人分出してもらっているのに私だけが食べるのは気が引ける。

「俺に構わず食べていいんだぞ?」

私はご飯を二人で食べるということに意味があると思っている。

「温かい料理を食べながら会話するのはとても大切なことだと思うよ。誰かと一緒に食べたらさらに美味しくなるってママに言われた」

驚いた表情を見せながらも湯気のある料理を魔法で浮かせて外へ向かった。

「いただきます!」

手を合わせながらそう言うと優しい顔でこちらを見つめられた。

「じゃあまず、私をここに連れてきた理由を教えて」

口の中に入っていたパンを飲み込んでからシリウスは口を開いた。

「戦いで魔法を使ったり、仕事で魔法を使ったり、この世界は魔法を手放せない。しかし近年、魔力が弱まっているんだ。アンリは魔力量が多く、それを他人に与えることが出来る特殊体質というものらしい」

自分がそんな体質だなんて今まで全く知らなかった。

「らしい?」

「俺もトシゾウから聞いただけで実際に目にしたわけじゃないんだ」

私とトシゾウさんは会ったことがないはずで、一体いつそのことに気が付いたのか見当もつかなかった。

トシゾウさんについて知っていることがあるとすれば、頑固な人ということだけで全く知らない。

「シリウスが私を連れてきた理由は分かったけどどうやって魔力を他人に渡すの?」

シリウスは立ち上がって部屋の方に視線を向けた。

すると部屋から一枚の封筒が飛んできた。

「ここにアンリの血を垂らすとその方法が分かるそうだ」

渡された一枚の封筒は一般的に使う茶封筒で、この世界の雰囲気とはミスマッチだと感じた。

「何で直接シリウスに言わなかったんだろう」

「魔法の発動方法を教えるようなものだからだよ。基本的に他人に魔法の発動方法を教えることはないんだ」

「なるほどね」

考えるだけ無駄なので封筒を破って中の紙を取り出した。

「血を垂らさないといけないから覚悟を決めてから…」

近くにあった果物を切るナイフで手のひらを切った。

「おい!いきなり手を切るか!?普通」

「だって血がいるんでしょ?サクッといった方がいいかなーって」

真っ白な紙の上に私の血が流れていく。

滲んでいくのではなく、魔法陣のようなものが浮かび上がって来た。

そして次の瞬間、見慣れた日本語が浮かび上がってきた。

『与える者をよく知れば君の力は応えるだろう』

「どういう意味だろう。この他には無いんだよね?」

「あぁそれだけだ。…治癒の能力を持った者のところに行こう」

左手の出血に心配してすぐに連れて行ってくれた。

「…この方にはあまり効果が無いようです」

「何?どうしてだ」

手の出血は少しだけ収まり、手当をしてもらっている横でシリウスが話していた。

「体質のせい、またはこの世界の者ではないから…不確定要素が多く何とも言えません」

「そうか。ありがとう。助かった」

会話を終え私の前に来たシリウスはガーゼが付いた左手を優しく撫でた。

「何か不便なことがあれば俺を頼るといい。…あとあまり無茶をしないでくれ」

「ありがとう。シリウスは…案外優しいんだね」

突然こんな場所に連れてこられて、怖いと思ったのも事実だがシリウスの優しさに少しだけ惹かれていたのも事実なのかもしれない。

「高いところは苦手か?」

首を横に振るとシリウスは私の右手に左手を添えて何やら呪文を唱え始めた。

すると体が宙に浮き始めた。

「待って待って!嘘でしょ!」

びっくりして思わずシリウスに抱き着いてしまった。

「…見てみろ。良い景色だろう?」

街の明かりが綺麗に光っている。

それに反して空は真っ黒で、飲み込まれてしまいそうな色だ。

しかしその中でも星は一生懸命存在を伝えるかのように美しく輝いていた。

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