世界は愛で溢れている
杏樹
第1話
「見て見て!これ私のくまさん!」
小さな手で握るクマの人形を見つめた。
「可愛いね」
その子の頭を撫でながらそう言えば無邪気な笑顔が眩しく光った。
「ありがとうね、杏璃ちゃん」
真っ黒の服で少し動きにくそうにしながらお茶を運ぶ女性が通りかかった。
「大丈夫です。楽しいですから!」
その女性は軽く頭を下げてすぐに消えていった。
辺りは忙しそうに歩く大人たちで溢れていた。
みんな黒い服で動き回るこの異様な光景は、身内の不幸によるものだ。
私のおじいちゃんのお兄さんが亡くなったため、今日はお葬式だ。
正直会ったこともないので悲しくはない。
しかし出席しなくてはならないので親戚の小さい子達の面倒を見ている。
「杏ちゃん、電話なってる」
妹の瑠璃がだるそうにスマホを渡して来た。
「ありがとう。後藤?ごめん、ちょっとこの子達見てて」
瑠璃にその場を任せて電話に出た。
「あ、杏!休み?学校に連絡入れた?」
幼馴染の後藤諒に言われるまで完全に連絡を忘れていた。
「忘れてた…。ちょ、今親戚の葬式出てるのよ。伝言よろ!」
「葬式?りょー」
電話を切って瑠璃の様子を見に行くと案の定、助けを求める顔でこちらを見ていた。
「子供は無理って言ったじゃん。パスー」
そう言って部屋の隅でヘッドホンをして自分の世界に入りだした。
子供達と遊んでいるうちに時間は過ぎていき大人達の忙しさもましになっていた。
「ありがとう。杏ちゃん達、休憩してきていいよ」
親戚のお母さんにそう言われ瑠璃と一緒に外に出た。
「後藤から何の電話だったの?」
「学校に連絡入れるの忘れててさ」
「後藤は杏ちゃんのお母さんか」
「それ言ったら絶対殺されるぞ?」
綺麗な青空だった空だが、綺麗な夕日が見える空に変わっていた。
「松村杏璃さんですね?王の命でお迎えに上がりました」
突然現れた男はまるでアニメの中のキャラクターのような服装をしていた。
「誰?…杏ちゃんコスプレイヤーと知り合いだったの?」
瑠璃はケラケラと笑いながらそう聞いた。
「いや、知らん。クオリティ高そうだね。何のコスか知らんけど」
状況整理できない私達が不思議そうに見つめているとこちらに近づいてきた。
「多少強引になってもいいとのことだったので…失礼します」
突然黄色い光が私の腕に巻き付いた。
「何これ…外れないんだけど」
動揺する私に瑠璃も驚いていた。
「よく分からないんだけど。警察呼ぶよ」
威嚇のようにそう言っても効果は得られず、近づく足を止めなかった。
「杏ちゃん、何かこれやばいよ。みんなのとこ行こうよ」
「うん、これ何?まじ外れないんだけど。手品?」
前を走る瑠璃に聞いても答えが分かるはずないのに、つい言葉が出てしまう。
「何か、この世のものじゃないとかじゃない?今、まさにお葬式だったわけだし」
私も瑠璃も幽霊などの類のものに追われていると考え走っていたが、突然私の前にさっきの男が現れた。
「タイムアップです」
そう言うと私を担いだ。
「ワープ?!は?!意味わかんない」
「杏ちゃん!」
瑠璃の驚いた表情に何だか、涙が出そうだった。
クールで成績優秀な出来た妹のこんなにも焦った顔を人生で始めて見た。
多分、私はこれからどこかに連れていかれてしまう。
「瑠璃!パパ達には言わないで絶対。何かあったら後藤に連絡して!」
「杏ちゃん!無理だってば!」
私のために涙を流す瑠璃を見る日が来るとは驚いたが、瑠璃ならきっと大丈夫。
「大丈夫。推しに会うまで死ねないって言ってるでしょ。結構運良いしさ」
瑠璃の手は私には届かず黒いモヤのような中に連れていかれた。
そして目を覚ますとそこは全く知らない場所で、さっきの出来事がフラッシュバックした。
「圏外…」
スマホで連絡しようにも圏外で助けを求める人などどこにもいなかった。
唯一救われたのはスマホの画面に映る、私の推しの写真だった。
深呼吸をして部屋の扉を開けるとさっきの男と鉢合わせてしまった。
「こちらにどうぞ」
少し歩いてから大きな扉の前でそう言われた。
中に入ると一人の男がこちらを見ていた。
「身代金誘拐なら辞めて欲しいかも」
私の言葉に返答の無い男。
その男は騎士のような格好をしており剣に似た何かも持っているようだった。
「アンリ…大きくなったな」
突然親戚のおじさんのようなことを言い出すので驚いて間抜けな声が出た。
「手荒な真似をした。すまない。トシゾウが死んだようだな」
覚えのないその名前は一体誰の名前なのだろうか。
「…アンリのおじい様の兄の名前なのだが」
少し決まづそうに教えてくれた。
「あ、葬式した人か。…知り合いなの?」
「あぁ、彼は学校で仲良くしていた友達でライバルというところか」
騎士っぽい人の年齢は多分20代で、葬式をした人は80歳を超えていたはずだ。
「おかしいでしょ。学校って…」
「俺は魔法使いだ。魔法使いは一般的な人間よりも長く生きる」
物語の設定に出てきそうなセリフに思わず吹いてしまった。
「いやいや、何言ってるの?魔法なんてあるわけないでしょ。ドッキリか何かだな、さては」
テレビに出演したら有名になるかなぁなんて暢気なことを考えているとその男は私の方に近づいてきた。
床がコンクリートだからか、コツコツと音を立ててゆっくりと歩み寄るその顔はとても悲しそうだった。
「魔法について何も覚えていないのか?」
悲しそうなその顔で私の手を握った。
「覚えてないって言うか…おとぎ話の中のものでしょ」
魔法なんてこの世に存在しないものを真剣に想っている姿に、少し恐怖を感じた。
「そうか…普段魔法を見ることは無いんだったな」
少し考えた仕草でこちらを見る。
「アンリが生きている世界をAとするなら他にB,Cというような世界が存在するんだ。だけど君達の世界ではまるで自分達の世界が中心のように学ぶのだろう?」
「な、何言ってるの?意味わかんない」
普通の誘拐とは違う。
ここに連れてこられる前の黄色い光や、黒いモヤ。
それらが魔法の力とでもいうのだろうか。
「私は何でここに連れてこられたの?」
震える声の私を優しく抱きしめた。
「何もわからず恐怖を感じるのは当たり前だ。それについては詫びよう。だが、アンリ、君の力が必要だ」
その真っ直ぐな瞳に言葉が出なかった。
ただ、見つめていると吸い込まれてしまうと錯覚するほどに綺麗なその目でどんな世界を見てきたのか気になってしまった。
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