滅びは突然に

男に連れられて、カイはある場所へ来た。

それはテントのような簡易な作りでただ布が一枚ドアとして機能しているだけの……居住するにしては条件の厳しいような場所だった。

「こんなところで飯を食うのか」

「気に入らないなら食べなくていい。だが我々を知るチャンスとなりえることだけは承知しておけ」

カイの持つ疑問を男は一蹴した。

「気に入らないわけじゃない。俺はただこんな質素な状態なのが気になっただけだ」

「気にするな。ここはネビュラ、物資なんてものはもう何年も入ってこない。グラットにすら見捨てられた”本当の成れ果ての村”なんだよ。現にアレを見てみろ」

男はそういってある方向に指をさした。

「あいつは自己再生能力がある。そのせいでグラットの連中に何度も臓器を抜き取られ今はああやってかろうじて息をつないでいる状態だ。あいつですら価値をなくせばああなる、それがここだ」

指をさした先は異形と化し性別などもはやわからない「何か」がいた。

その何かは皿に乗った液体状の何かをただひたすらにすすっていた。

「確かお前の連れが来るっていってたな。その時に長老にお会いしろ、案内は我々で行う」

「いいのか?」

突然のことで応答がおかしくなるカイ。

「構わん。我々はこの惨状をどうにかしたい、連れが時渡りの技術を知っているならなおさら話が早い」

「そんなに有名なんだ、時渡り……」

「有名?そうかもな。アトラスじゃ時渡りは優遇される、価値があると認められればな」

「つまり……?」

「価値がないと判断されればグラットか最悪ここになる。たいていはグラットでたくましく生きているようだが」

男は肩をすくめながらそういった。

それもそうだろう。アトラス市街地で価値がないと判断された時渡りがグラットで強く生き続けてネビュラに流れ着かないのだから。彼らにとっては不本意だろう。

「とにかく、セレナが来るのを待ってからだな。今市街地はチャートで話題が持ち切りだったしな」

「そうか。とにかくあの女研究者がいなければなんでもいい。アレがいると犠牲が増える」

よっぽどだったんだな、と言いかけた口を食事を載せたスプーンで抑え込む。

突然、あらゆる方向からカラカラと音がした。

「部外者か、連れならいいが……」

男はそうつぶやくと立ち上がりどこかへ立ち去って行った。

カイの中では確信があった。それはセレナだと。彼女なら相手が何であろうとずけずけと入り込める。

カイは男の後ろをついていき、確信を得るために自らが入ってきた場所と同じ場所へ向かった。



一方そのころエアルでは。

ラウスでの爆発に巻き込まれ自らのふるさとまで吹き飛ばされていた。

目を覚ますとそこには広大な草原が広がっていた。

「ここ……確か……なんでここまで飛ばされてるの!?」

タリアは飛び起きた。見慣れた都市の風景ではなく、かつて見た草原の光景が広がっていたからだ。

吹き飛ばされた衝撃で頭を打ったのか頭を抱えながら立ち上がる。

「ここがエアルならどこかに村があるはず……」

広大な草原以外何も見えない状況でただそれだけを希望に託し村を探した。

その中で一つの大きな木を見つける。

「この木……もしかしてあの村……?」

一つの巨木を目にするタリア。

巨木はただそこにそびえたっており、つい最近まで誰かが手入れしていたかのような美しさが残っていた。

しかしそこには人の姿はなく、気配もまたなかった。

しばらく歩き進めているとそこには荒れ果てた村が広がっていた。

噂程度には聞いたことがある。ヴェルダインによって壊滅した村がいくつかあると。

タリアは意を決して壊滅した村を調べることにした。

建物はすべて半壊しておりいつ崩れてもおかしくなく、また完全に倒壊した建物もいくつかあった。

建物の中を調べていくと様々なものが残されていることがわかる。

「写真におもちゃ……それに食べかけの料理……本当にいきなりだったんだね」

ぼそりとつぶやきながら散策するタリア。

その中で一つあるものが目に入る。

「これって……手!?しかも何か握ってる……」

吹き飛ばされたであろう手を開くと一つのロケットが姿を現した。

なんだろう、と思いながらロケットを開くと中には見覚えのある写真が収められていた。

「えっ……昔の私?片方の字は……私の誕生日だ……」

嫌な予感がした。その中で彼女はそれを否定するための材料を探し続けた。

しかし探していくたびに古い記憶に刻まれたものが次々と現れていき、ついには否定することすらできなくなってしまった。

「うそでしょ……ここ……」

ついにタリアは膝から崩れ落ち、突きつけられる現実に耐えられなくなってしまった。

かつては生まれ育った村、確かに窮屈で村のしきたりも厳しいものだったが、決してひどい記憶ばかりではなかった。

故郷を失った。その言葉以外に説明は不要だろう。

いたるところに血濡れた手で触ったであろう痕跡、食い破られた死体、散乱した生活の品々。

タリアは手に握りしめられていたロケットを拾い上げ、首に提げた。

「やっぱりあの化け物は許せない……ヴァリスも、この村を食い尽くしたやつも、まとめて消し去ってやる」

新たな決意、決まる覚悟、タリアは意を決し村を後にした。

その時、声がした。

「そこの君、この村の生き残りかね?今生きてる村まで案内するから荷台に乗りな」

その声を聞きつけタリアは荷台へ乗り込んだ。

手綱を持つ男性とタリアは会話を続けた。

「あの村はいつああなったんですか?」

「本当につい最近さ。私は行商人でねぇ、エアルの生まれじゃないんだがこの辺で商売しててね。ちょうど先日まではあの村も活気があって皆も生活してたんだがねぇ……」

男性の顔つきが変わる。

「ヴェルダインだよ。あれが現れるようになって村は少しずつ食われ始めた。最初は辺境の小さな村、次第に大きな村も襲われだした。ちょうどラウスを吹き飛ばしたやつと同じぐらい強い奴だ」

「なんでそれを知って……?」

「そうか、知らないか。最近時渡りと呼ばれる存在が各国至る場所で確認されてるんだ。そりゃ最初は言葉も通じなくて意思疎通ができなかったらしいけどよ、今はこれがあるおかげで相手が誰でも行商できるんだ」

男性はそういって耳に取り付けている装置を指さした。

「そんなちっちゃい装置でどうやって?」

疑問を持つ子供のように話しかける。

「おっ、こいつはな。おもに時渡りの言葉を解析するためにアトラスが開発したんだ。そんついでに言語の壁をなくそうってんでどの言語でも対応できるようになってんだ。いちいち言葉覚えなくて楽だぜ?これ」

耳のあたりをトントンと叩いた後前を向いて馬にムチを入れる。

「ついでだ、お前が向かうところまで送ってやる。どこに行きたい?」

「ラウス!とにかく今の状況を知りたい!」

「ちょうどいい。俺の向かう先もそこだ。だがさすがに半壊した場所には行けない、その手前の助かったところまでならいけるぞ」

わかった、返すタリア。荷馬車は目的地に向かって歩き出していた。

───その先が地獄であるとも知らずに。

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