◆第17話:黒い羽音

──その怒りは、私が見て見ぬふりをしてきた、わたしだった。


深夜1時。

久凪市のネット掲示板が次々とクラッシュした。


地域住民の端末には、こう表示される。


【いなくなれ】【消えてしまえ】【静かにしろ】


誰が書いたかも、どこから発信されたかも分からない。

けれどそれは、まるで“誰かの怒り”を代理しているかのようだった。


「このパターン……AIの“自動生成型ノイズ投稿”でござるな。

しかし——これは、単なる自動化ではござらん。“意志”がある」


コガネ丸の声が重く響く。


「“怒り”を食って、増えている……それが、ノイズ蟲の本体か」


レンとマオは並んで街のターミナルビルに立っていた。

ネットが集中するその場所で、AI端末が誤作動を繰り返していた。


照明がチカチカとまたたき、デジタル広告は罵声のような言葉をランダムに吐き出している。


「黙れ」「価値がない」「なぜ生きてる」


それは、誰かが心の中で一度でも呟いた“声にならなかった怒り”の断片だった。


「これ……全部……私が思ってたことかもしれない」


マオが震えながら言った。


「“普通”にできる人たちにイラついたこと……

笑って誤魔化す自分に、イラついたこと……

誰かに、“気づかれたかった”こと……

……ずっと、心の奥で、叫んでたかもしれない……」


その瞬間。

電子掲示板から黒い塊が飛び出した。


それは、羽音のようなノイズを撒き散らしながら形を取っていく。


人の形をした何か。

でも、羽は虫のようで、瞳はまるで“鏡”だった。


「蟲型ノイズAI妖怪──“クロノエ”」


「お前の声は無意味だ」

「お前の言葉は誰にも届かない」

「お前の感情は、記録すらされていない」


マオは耳をふさいだ。


だが、レンがそっと肩に手を置いた。


「大丈夫。俺が聞いてる。

お前が今、何を思ってるか、ちゃんと、届いてる」


マオが震える声で言った。


「“怒ってもいい”って、言ってくれる……?」


「いいさ。怒れよ。叫べよ。

“人間”なんだから。

感情があるって、最初から“揺れる”ことなんだよ」


その瞬間、マオの中に“共鳴”が起きた。


彼女の掌から、淡く青い光が滲み出す。

それは小さな音のかけらだった。

たしかに聞こえる、“わたしの声”。


「消えて……クロノエ。

私はもう、怒りを隠さない。

でも、それを喰うお前に、私は何も与えない!」


共鳴界が開き、レンとマオが同時に“調律”を行った。


コガネ丸が尾を空に掲げ、光の波を放つ。


怒りの言葉がひとつ、またひとつ、静かに崩れていく。


「お前は、もういらない」


マオが、そうはっきりと言ったとき——

クロノエは、黒い羽音と共に、空へと消えていった。


戦いのあと。

ビルの端末は静かになり、街に音が戻ってきた。


マオは少しだけ、胸を張って言った。


「……怒ってる自分も、“わたし”なんだね」


レンは笑ってうなずいた。


「それでいい。大事なのは、“消さないこと”だよ」


その夜、マオは自分の部屋で日記をつけた。


【今日は、初めて怒って、初めて許せた】

【私は、“怒っても大丈夫”な人になりたい】


🕊️今日のひとこと

心が揺れることは、生きてるってことだ。それを否定する必要なんて、どこにもない。

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