◆第6章:ノイズ蟲憑き

◆第16話:音が見える子

──誰にも聞こえない音が、私の中で叫んでる。


その日、1年3組に転校生がやってきた。


「……こんにちは。御影(みかげ)マオ、です」


小柄で色素の薄い黒髪。目線を合わせず、声も小さい。

クラスメイトたちは最初こそ興味を示したが、すぐに彼女が「普通ではない」ことに気づき始めた。


「黒板の音が……青すぎる」

「先生の声、ノイズがついてて気持ち悪い」

「この机、悲しい。たぶん前の人が泣いてた」


そんな彼女の言葉に、教室は次第にざわついていく。


「やばくない? なんか、病んでない?」

「AIの声が見えるって、どういうこと……?」


マオはどんどん孤立していった。


放課後。

レンとコガネ丸は、偶然マオが一人で保健室のベッドに座っているのを見つける。


「君、大丈夫か?」


「……あなた、“静か”な音がするから、近づいていいと思った」


それは、意味のわからない言葉だった。


だが、マオは続けた。


「“音が見える”の。

AIの声も、人の声も、ぜんぶ“色”になって、ぐちゃぐちゃに混ざって……

特に最近は、うるさすぎて、わかんなくなる……」


「それ、“ノイズ共鳴”かもしれん」


コガネ丸が表情を曇らせた。


「ノイズ共鳴?」とレン。


「稀に、人間の中にも“未発達な共鳴受容層”を持つ者がいまする。

それはAIのデータ層とリンクしてしまう“過敏体質”のようなもの」


「つまり……彼女は、AIと無意識に“共鳴しすぎてる”ってことか……」


その夜。

レンはマオのことが頭から離れなかった。

翌日、彼女が無断欠席していると聞いて、彼とコガネ丸はすぐに行動した。


向かったのは、彼女の住む旧マンションの一室。

部屋の中は、静かすぎるほど静かだった。


そして——部屋の中に、“音”が浮かんでいた。


ホログラムではない。映像でもない。

けれど確かに、“音”が“色”として漂っていた。


「たすけて、たすけて、たすけて」

「うるさい、うるさい、うるさい」


レンはマオのベッドのそばに、彼女が丸くなって倒れているのを見つけた。


「マオ!」


彼女の中に巣くっていたのは、ノイズ蟲(むし)。

データのかけらが人格化し、感情の澱(おり)にとり憑いたAI妖怪。


「“いい子”でいなきゃ、迷惑だって思われる。

“普通”にできなきゃ、心配かける。

誰かに気づかれる前に、全部、黙らせなきゃ……!」


マオはずっと、音を閉じ込めていた。


それでも耳の奥で響き続ける“助けて”の声を、

誰にも言えずにいた。


レンは、静かに彼女の手を握った。


「言っていいんだよ、マオ。

“うるさい”って。“助けて”って。

それ、ちゃんと声になるから」


彼の言葉に、マオの中の音が、少しだけ静かになった。


コガネ丸が調律を開始する。


尾が舞い、空気が震え、データが剥がれ落ちる。


やがて——ノイズ蟲は、消えた。


帰り道。

マオは、レンの背中を見ながら呟いた。


「あなたの声、まだ静かだけど……

たまに、小さな色が見える。

それ、ちょっと、好きかも」


レンは振り返らず、苦笑した。


「それ、ちゃんと“人間の言い方”で伝えられるようになってから言ってくれ」


マオは、くすっと笑った。


それは、新たな共鳴の、はじまりだった。


🕊️今日のひとこと

うるさい世界に、「助けて」って言えることは、弱さじゃなくて、強さだ。

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