第3話

マクドナルドをあとにした俺達は、犯人と連絡を取り呼び出すことに成功した。場所は海岸線の崖の上ではなく、近くのコンビニの駐車場だった。空は夕日に照らされ紅く染まり始めている。いつもなら綺麗だと感じるのだろうが、今はそうは思えない。なにしろ、唯一無二の仲間だと思っていた俺達の中に『削除した者』と『削除された者』が存在すると知ってしまったのだから。

駐車場でしばらく待っていると、スウェットの上に黒のベンチコートを着たケンタが現れた。今から起こることを予想しているとは思えない、普段通りの笑顔のケンタだった。

「どうした?休みの日に急な呼び出しかい?」

俺はユウトの顔をちらりと見やる。

「さっきは急に変な質問してごめん。ちょっとケンタに聞きたいことがあってさ。」

ユウトはケンタに優しく語りかける。それはユウト自身、自分を冷静に落ち着かせようとしているように見えた。

「とりあえずさ。すんげぇ寒いし。すぐそこ、俺んちだから中入ろうぜ。」

俺達はケンタの提案に乗り、ケンタが母親と2人で暮らすアパートに向かった。ケンタは両親の離婚により中学1年から俺達と同じ学校になった。母親はケンタを育てるため、朝から夜遅くまで働いているらしい。だから中学生の時から家のことはケンタがするようになっているとアパートまでの道中に教えてくれた。こんなにいつも一緒にいた仲間なのに何も知らなかった。何が仲間だ。俺達は長い時間を共にしてきたのに。結局、上辺しか見えてなかった。

俺達が急に訪れたアパートは古さを感じるものの室内は整理整頓され、ケンタは手際よく俺達にコーヒーを出してくれた。ケンタに促され俺達は食卓の椅子に座る。いつもは椅子は二脚しか無いのだろう。ケンタは折り畳みの椅子を出してきて座った。そして、少しの沈黙が先程までより更に緊張感のある空気に変える。ケンタとユウトの静かな闘いは始まった。それはドラマでよく見る、探偵が犯人を威勢よく名指しし追い詰めるアレとは明らかに違った。


「もう、全部分かっちまったって顔だな。」

ケンタは全てを悟ったかのように言った。

「ああ、わかった。」

「じゃあ聞かせてくれ。なぜ俺なんだ?」

「ケンタは海に行った日の車の話を聞いた時『席は全部埋まってた』と言った。」

「そうだな。ラインに証拠も残ってるしな。」

「でも、それはおかしいんだ。」

「・・・」

「あの車は前の年にカイトの両親が購入したもので、カイトの両親、兄弟3人、祖父母がみんなで乗れるように選んだ車なんだ。だから、あの車の定員は7人以上。仮にカイト以外の兄弟が12歳未満だとしても全員が乗るには7人乗り以上でないといけない。あの日は運転してくれたカイトの父親と俺達が乗っていた。カイトも俺も、今の俺達の記憶の中でのいつものメンバーの数は5人。んだ。ケンタ、お前には俺達とは違う記憶がある。なあ、そうだろ?」

「ああ、もう1人いるよ。ダイスケがな。」

「ダイスケ?」

「田中大輔。中学3年のときに転校してきた。そして俺達のグループに入って、いつも一緒にいた。ユウトの言う通り、俺達は6人だったんだ。」

「でも、どうやって?」

「俺も半信半疑だったんだ。まさか、本当に・・。」

「どういうことだ?」

「俺は、ある人から『削除する能力』をもらった。去年のクリスマスイヴのことさ。」



ケンタから告白された内容は俺達にとって信じ難いものだった。去年のクリスマスイヴ。ケンタはクリスマスイヴも仕事をして遅く帰って来る母親のため、サプライズで2人だけのクリスマスパーティーをしようと考え、ケーキとなにかクリスマスっぽい食べ物を買いに出た。街には去年も一昨年も見た同じイルミネーションが点灯していた。すでに漆黒と化した空からはイルミネーションの光に照らされてキラキラするものが舞い落ちてくる。それらはケンタの黒いベンチコートに降り立つと、すぐに消えてしまった。いつものスーパーへ、いつも通る道。今日はいつもより人通りが少ない。みんな、夜景の美しいレストランでも行っているのだろうか?それとも温かな自宅で家族だけのクリスマスパーティーをしているのだろうか?今日もいつもの5人の親友からはカラオケでパーティーをしようと誘われた。だけど、今日だけは断った。母にはいつもの友達とカラオケに行くと嘘を言っている。もちろんサプライズのためだ。今日だけは、母と過ごそうと思った。

金銭的に苦しいのは分かっているので、ケンタはいつも安くて美味しい料理を作ろうと心がけている。でも、今日ぐらいいいだろ、神様。ケンタはスーパーで売れ残ったローストチキンを2本とパック寿司を2個、ショートケーキが2個セットになったものを買った。これでも親子にとっては贅沢なものだった。

帰り道、ケンタは誰かに呼ばれている気がして立ち止まった。振り向くと灰色の頭巾を被り、それと繋がるように全身を灰色のポンチョのようなもので覆った何かがいる。最初、子供かと思ったが、どうやら老婆のようだ。頭巾に隠れ、顔はよく見えない。

「のう、お前。」

「どうしました?おばあさん。道でも迷いましたか?」

「道に迷っとるのはお前だろが。ばかもんが。」

「はっ?なにもないなら、もう行きますね。」

「のう、お前。特別な力を欲しくはないかえ?」

「大丈夫ですか?頭でも打ちました?」

「おい、若造。年寄の話は最後まで聞かんか。お前、好いとる女子おなごがおるのではないか?」

「なんでそんな事言わないといけないんですか?」

「では言い方を変えよう。消えてほしい、邪魔なやつがおるじゃろ?」

「だから言いませんて。てか、いたらなんなんです?」

「お前に『削除の力』を授けよう。邪魔なやつを思い浮かべて、消えろと念じるだけじゃ。簡単じゃろ。」

「そんなことしませんよ。そんなの人殺しと同じじゃないですか?」

「それは大丈夫じゃ。この世界からその者がいたという記憶全てが消える。誰も悲しまん。」

「だいたい、そんな魔法みたいなこと。あるわけないじゃないですか?」

「お前はこの世界に違和感を覚えたことはないのか?」

「はっ?今度はなんですか?」

「阿呆には1から10まで教えにゃならん。よく聞けぇ。阿呆や、お前のおる世界はなぁ。『小説の中の世界』じゃ。お前たちはその小さな世界の中で自由に動いていると錯覚しとるだけじゃ。実際には著者の筆一つで何にでもなれるし、全てを破壊することもできる。まあ、信じるも信じないもお前次第じゃ。能力だけは授けておいてやる。使うかどうかはお前が決めろ。」

次の瞬間、ケンタは目の前でカメラのフラッシュを焚かれたような光を浴び、世界が真っ白になったかと思うと、すぐに元の暗闇の帰り道に戻った。

「なんだったんだ。」

ケンタは今の出来事をどう処理していいか分からず、とりあえず家に帰り、サプライズパーティーの準備を済ませた。22時過ぎに母が帰宅すると「あれっ?友達とカラオケは?」と案の定聞かれた。

「今日は母さんと一緒にいようと思って。母さん、いつもありがとう。」

と言うと、それだけで母は泣き出してしまった。湿っぽい雰囲気に耐えきれず

「ご飯食べよ。待ってたらお腹減っちゃったよ。」

と、ケンタは不自然なほど明るく振る舞った。食事を済ませ、買っておいたプレゼントの手袋を照れくさそうに渡して母子の小さな小さなクリスマスパーティーは幕を閉じた。


「邪魔なやつを思い浮かべて、消えろと念じるだけじゃ。」

自室に戻りベットに入ったケンタはどうしてもあの老婆の言葉を思い出してしまう。

「そんな事できるわけ・・・」

「俺にとって邪魔なやつ・・・」

「ダイスケ・・・」

そんなことを考えていると、いつの間にか眠ってしまっていた。そして・・・



「翌日、この世界から、ダイスケは消えたんだ。」

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