第6話 罪悪

 突然の凶行に及んだ男に手を引かれるまま走り続けることしばらく。

 ふと振り返ると、追手の男たちが足を止めていた。殺されてしまった敵大将という男の生死を確認しているのが木々の隙間から、かろうじて見える。

 大変なことになった。そんなつもりがなかったとはいえ、優斗が気絶させた相手を、この目の前の男が殺してしまった。これでは、優斗は無関係とはいえない気がした。少なくとも優斗自身が、まったく責任がないとは、どうしても思えないのだ。

「おいおいっ、やってくれたなっ、笹治郎っ」

 熊みたいに大柄な、顔中髭だらけの大男が近づいてきて、優斗の手を引く男の背中を乱暴に何度も叩いた。

「おかげで俺たちの大勝利じゃないかっ」

「まったくまったく。まさかビビリのおまえさんが、笹治郎が一番手柄を挙げちまうなんてよ、まったく見直したってもんだぜえ」

 戦場から離れると、次から次へ、おそらく彼の仲間と思われる連中が駆けつけてきて合流した。そうして口早に、優斗の手を引く男、笹治郎と呼んだ男に称賛を浴びせた。

「いやいや、俺だけの手柄じゃないって。俺がやったのは止めを刺しただけだ。敵の大将を打ち倒したのは――ほれっ、こっちの『じんえ』の手柄だってばよ」

 謙遜していいながら、彼は優斗の手を引いた。そうして皆に示す。

 すると連中は一転、今度は優斗を褒めそやしたが、しかし優斗には、この言葉を素直に受け取る気には、どうしてもなれない。……だって、そんなのは当然だろう。

「何いってんだっ、人が殺されたんだぞっ! それなのに一体なにをそんなに喜ぶことがあるっていうんだよっ!」

 目の前で人が死んだ。……それも、優斗が殺したも同然の出来事。

「……たしかに、そうだよな。じんえの言う通りだ」

「そうだのう。いくら戦とはいえ、俺たちの仲間だって、かなり殺されちまった。一度勝ったぐらいで、そう喜んでばかりもいられんよな……」

「まったくだ。それくらい俺たちだって、いわれなくてもわかってるさ」

 彼らは何度も頷きながら、しかし優斗が意図した思惑とはまったく違う、別の解釈をした。

 どうやら彼らの頭の中では、人を殺すのは当たり前になっているのかもしれない。

 それを証明する言葉が、さっき笹治郎が口にした“戦”という言葉に集約されている、そんな気がした。

 ……殺さなければ、殺される。

 ……殺したから、殺し返される。

 この繰り返しだ。それが戦であり、また戦争というものだ。

 優斗だって言葉としては知っていた。理解しているつもりでいた。けれど実際、自分が人を殺す側に回ったとき、その言葉の意味を他人事としか捉えていなかった事実を、まざまざと教えられた。優斗は直接、自分の手で人を殺したわけでもないのに、止める暇なんてなかったのに、それでも間接的とはいえ人を殺す一助を担ってしまった気持ちの悪さ、胸くその悪さは到底拭い去れるものではなかった。

「おお、そうだ。手柄といえば、じんえ。おまえさん、その刀をいい加減、仕舞ってはどうだ。こいつは奴の帯から抜き取っておいた物だが、その刀のものだろう」

 敵を刺し殺したときに、ついでに持ってきた物だろう。笹治郎は黒塗りの鞘を優斗に、すっと差し出した。鞘には、少しばかりの血がついている。

 優斗は鞘を受け取ると、手慣れた仕種で、するりと音もなく刀を鞘に納めた。

「そういえば、さっきからずっと気になっていたんですけど……」

 優斗は皆を見回した。

「その『じんえ』というのは、もしかして僕のことですか?」

「何をいっておる、じんえ? おまえが『じんえ』でなければ、一体誰がじんえなのだ?」

「まったくだ。おまえさん頭でも打ったんと違うか?」

「いやいや、実際打っておるだろ。ほれ、今もまた赤いのが、頭から垂れておるぞ」

 自分の頭を指していった大男の言葉に、優斗は実際、なにかが垂れてきた気のする額に手を当てた。そこには確かに、濡れた感触がある。見ると手は、やはり赤く染まっていた。

(ああー、だからか……。だからずっと頭がぼうっとしていたのか?)

 それは寝起きの頭の鈍さではなく、どこかで頭をぶつけ、それでぼうっとしているだけだった……。

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