第5話 緊急事態
むせ返るほどの土と若草、腐葉土の匂いに包まれた鬱蒼とした森の中。
一見して杉林のように見えた木々は、どちらかといえば原生林に近いような感じがした。
下草には鋭い葉をした笹が、熊笹がそこら中に生えている。
周囲の声と戦いは、未だ終わる気配を見せない。ざっと見渡したところ、手に手に刃こぼれの激しい刀や斧、小刀を棒にくくり付けた程度の武器を持ち、半分に割った竹や木の板を防具として体に巻きつけた滑稽な姿をする連中と、鍬や鋤、木の棒や竹槍などの粗末な武器を手にする連中との抗争のようだ。後者に至っては、そもそも防具をつけていない。
なんとなく気になって、優斗は我が身を見下ろした。そしてまた、ぎょっとする。
「えっ? なにこの服はっ?」
自分の着ている服もまた、彼らと同様なボロなのだ。あちこち擦り切れと継ぎ接ぎばかりが目立ち、もともとの服の色(かろうじて青とわかる)はおろか原形さえ定かじゃない。履物に至っては藁草履どころか、今まで気づかなかったのが不思議なくらいの裸足だった。
「うわああああぁ~~~っ!」
突如聞こえた悲鳴に、慌てて振り返る。
「今度はなにっ?」
見ると、なんとも情けない顔をした男が、やや遠方から駆けつけてくるところだった。
優斗は自然、敵から奪った刀を、すっと正眼の位置に構えた。
「た、助けてくれぇ~っ、じんえぇ~っ!」
こっちを真っ直ぐに見据えて駆けつけてくるところを見るに、どうやら敵じゃないらしい。だがその背後には、うじゃうじゃ五、六人ほどの敵を引き連れている。そんな彼らの手にも、それぞれ抜き身の武器を携えている。
「ちょっ、馬鹿っ、なんでこっちに来るんだよぉーっ」
「そんなことをいわず助けてくれよぉ~っ」
いいながら途端、なにかに気づいたらしく、男の目がまん丸に見開かれた。
「ああぁ~~っ! そいつっ、そいつそいつっ! そいつは敵の大将じゃないかあ!」
「いや、そんなことをいわれても、僕にはそもそも一体なにが起こっているのかもわからないんだけど……?」
そう思う間に、男は一散に駆けつけてきて帯の間に挟んだ小刀を、さっと抜き払った。
それを一体どうするものかと思案する間もなく、男は小刀を両手に持ち替え、地面に向かって飛び込んだ。横たわっていた男に向かい、大将と呼んだ相手の胸へと突き立てる。
「……へっ? ……は、はあああぁ~ッ!」
一体なにが起きたのか。大将の男は大きく息と一緒に血を吐いた。その身体が一度、びくんっと大きく震えた。それから何度も小刻みに震え、やがて動きを止めてしまった。
たった今起きた事態の重要性を理解する間もなく、駆けつけた男は、さらに何度も何度も、男の胸に刃物を突き立てた。そのたびに男の体が、びくんびくんっと小さく跳ねる。
「……やっ、止めろっ! 一体なにやってんだよっ、おまえっ!」
我に返ると、優斗は馬乗りになって刃物を突き立て続ける男を突き飛ばした。
横倒しになる男は、さっと優斗を見上げ、ついで駆けてきたほうを見返した。
手に手に刃物を持って駆けつけてくる連中が、すでに目前まで迫っている。
これを眼にした男は、優斗の行動をなにか勘違いしたらしく、
「敵大将っ、討ち取ったぞぉ~っ! この戦はっ、俺たちの勝ちだぁ~~~っ!」
なんとも誇らしそうに、声も高く勝ち名乗りを挙げた。
そしてすぐさま呆然と立ちつくす優斗の手を取り、急ぎその場を駆け離れた。
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