追憶の道標
紫苑
プロローグ
曰く付きの宝石や骨董品は古今東西存在する。数多の持ち主を不幸にさせたそれらに、マニアではなくとも興味を持つ者はそれなりにいるだろう。……いや、この賑わいを見る限り、どいやら多くの人間は興味を抱くらしい。
「ルミナス・ルビー」
今世間を賑わせている宝石の名前だ。
その宝石は詳細不明。しかしながらいつの間にか歴史上で存在感を放っていた。ルミナス・ルビー……彼女は主を転々と変え続けた。まるで主が気に食わない、と言うかのように。自殺、他殺、事故、不審死……様々な方法で主を変える。
そんな彼女が次の主を決めたのだ。それはもう世間は大騒ぎだ。彼女は海を渡って、この地へとやってきた。それゆえにここ━━日本では数多くのニュース番組に取り上げられ、誰しもが口を開けば彼女の話をする程だ。
そんな彼女の新しい主の詳細は不明であった。
マスコミは間違いなく知りたがっているだろうが、彼女の経歴がそれを許さない。触らぬ神に祟りなし、探ってやろう、などと言う不届者はいなかった。
彼女は今、新しい主の元で暮らしているのだろう。━━彼女が新しい主を気にいるのか、それは神ですらきっと分からない。
「落としましたよ」
涼やかな声が耳に入り、もしかして、と振り返ればこちらの差し出されたソレ。
電車の遅延でバイトに遅れそうになり、足早に駅の改札を出たところで無くした事に気がついた。どこで落としたのかすら検討がつかず、探すにもバイトに遅れるわけにいかなかった。諦めるしか、と悲しみが襲ってきたところで声を掛けられた。
「あ、ありがとうございます! 僕のです!」
それは祖父から譲り受けたブローチ。高級品ではないが、気に入って着けていた祖父に強請ってもらった物だ。
「本当にありがとうございます……良かった……」
今は亡き祖父の遺品とも言える物だ。無くしていたらきっといつまでも引きずっていただろう。
拾ってくれた涼やかな声の男性は、見つかって良かった、と笑ってくれている。何かお礼を、と思うも今からのバイトをすっぽかすわけにもいかない。
「あの、お礼をしたいんですけど今からバイトで……良かったら連絡先を」
「気にしないでください。見つかった、それだけで充分ですので」
「確かに見つかったのは嬉しいですけど、それじゃあ僕の気がすまなくて……」
バイトの時間が迫っているが、お礼をしないのも座りが悪い。僕はどうにかお礼をしようとあれこれと言うも、男性は気にするな、とそればかり。しかしこちらが折れない事も感じ取ったのか、男性はそれなら、と一言僕に言った。
「そのブローチを大事にしてあげてください。それが俺にとっては礼になるので」
それを聞いて、きょとんとしてしまった。ブローチはもちろん大事にする、これからだって。それにしてもそれがお礼になる、って随分と謙虚な人だ。
「もちろん、このブローチは大切にします。でも本当にそれだけでいいんですか?」
「俺はそのブローチを拾ってあなたに届けただけです。それより、バイトに遅れますよ」
その言葉にハッとして腕時計を見れば、針が随分と進んでいたようで。
これは急がないとまずい、と納得は出来なかったけれどその場を離れる事にした。
「本当にありがとうございました!」
男性に何度もぺこぺこと頭を下げ、早足でバイト先へと歩みを進める。最後に見た男性はひらり、とこちらに軽く手を振っていた。
……あれ?
「あの人、なんで僕がこれからバイトだって分かったんだろう?」
足早に去った青年に軽く手を振って、自身も目的地へと向かう。
バイトに間に合うだろうか。ギリギリだったかもしれない。三丁目のあの店だと言っていたから、そう遠くはない。
ブローチを届けるのも、間に合って良かった。
綺麗なアクアマリンのブローチだった。高級品ではないのだろうけど、とても大切にされていたようだ。ブローチを見れば分かる。……丁寧に使われているからではない。ブローチが大切にされている、と言ったのだ。ついでにバイト先も出勤時間も教えてくれたが。
届けられて本当に良かった。ブローチが喜んでいたから。
目的地━━家へと帰れば家政婦が迎えいれてくれた。バッグやコートを私室へと置き、我が家で一番日当たりのいい部屋へと向かう。持ち歩いている鍵を鍵穴にさし扉を開けば、部屋の中央で光り輝いている彼女。
「ただいま。ルミナス・ルビー」
その紅は、返事をするように輝きを放った。
追憶の道標 紫苑 @shion_01
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