第6章 聖騎士の神装
「――ほう、神装を手に入れたか」
十分後。レティシアへ愛欲神装の説明をし。その効力を確かめるようとしたディオスが宮殿を出た瞬間。待機していた彼女が仁王立ちをしていた。
無論、竜姫アルフォニカだ。
「お前……アルフォニカ? なぜここに?」
いつもの聖騎士鎧に着替え、騎士然としたレティシアも驚きをあらわにする。
「なぜも何もあるまい。様子を見に来たのだ。――お前も魔皇神装を手にしたという事は、愛を交わしたのだろう? ……さすがは我が夫、人間の聖騎士すら堕とすとは」
「やめろアルフォニカ。言い方」
羞恥心を抱くディオスをよそに、アルフォニカが傲然と、レティシアへと告げていく。
「人間ながらよく大任を果たした。だが勘違いするなよ聖騎士。お前がたとえ、神装を手に入れても、魔王どのは私に真の愛を注がれている。最初の晩に、九回……我が体に寵愛をくれた。魔王どのの愛は――私こそが一番である」
威風堂々とした竜姫の言葉に、レティシアはきょとんとする。
「え、九回? 竜姫、たったそれだけしかキスされなかったのか?」
「え?」
アルフォニカが堂々とした表情のまま硬直した。
「私など、もっとされたぞ? こう……魔王と昨晩、その前の晩も……合計で二十八回か? ちゅーを沢山した。あれは凄かったな」
「……え、にじゅうはっかい!? ……え!? 嘘だろう? ……え!?」
ディオスが羞恥心で顔を押さえた。アルフォニカの表情から余裕が消え失せた。
「わ、私のときの、三倍以上ではないか! いいい、一体どういうことだ魔王どの!?」
「……聖なる皮を被った、淫獣に襲われてな……」
「ちなみに! その間、私は様々な行いをしてやったぞ? ふふ、この場では言えないが、あんなことやそんな事まで! それはもう、何度も魔王を悦ばせてやった」
「嘘だろう、本当なのか!?」「本当ですか!?」
なぜかパルティナまで狼狽えだした。もうディオスは穴があったら入りたい気分である。
「よせレティシア! というかお前、勝手にやったのだろう、別に余がやらせたわけでは」
「はは! どうだ竜姫! お前が待機していた間、私は魔王と愛を交わしていたのだ! 偉そうに登場しておきながら、たったそれだけとは!」
「くっ……私が愛で負けた……そんな……」
がっくりと、地面に手をつくアルフォニカ。翼と尾がしおれていく。
レティシアが屍に鞭打つようにその頭をぽんぽん叩く。
「ふふ……甘美なあの二日間の営み……それはもう濃厚で、濃密で、忘れがたい夜だった。……もう、私は離れることなど出来ない。今後毎晩、魔王の夢を見て、」
「やめろ! 本当にやめろーっ! これ以上私を惑わすな!」
騒ぎを聞きつけレティシアの配下、ミミックたちが大勢寄ってきた。
「何があったのです?」「レティシア様が魔王さまと契ったそうだ」
「ええー!? レティシア様、二晩で二十八回も愛されたのですか!?」
「さすがはレティシア様、おめでとうございます! おめでとうございます!」
「あれほど『魔王なんて嫌だ嫌いだ』とか言っておきながら、淫らすぎるその所業、見事なツンデレでございます!」
「うるさいぞ! ツンデレって何だ!?」
「そして魔王様は、やはり魔王の鑑ですな!」
「普段は『女なんて要らぬ知らぬ』と硬派を気取っておきながら、実質は情欲の権化!」
『権化!』『権化!』
もう駄目だ。レティシアとディオス共々叫びを上げるが、ミミック達は聞く耳持たない。
「ええと、レティシア様?」
仕方がないため、平静に近いパルティナだけが注意する。
「とりあえず言葉を謹んでください。そのままでははしたないですよ?」
「……確かに。私と魔王はすでに真の夫婦。なら、相応の気品は必要か」
言って、竜姫の方を居丈高に見やる。
「――竜姫、試しに私と再戦してみるか? 互いに魔王どのと契りで得た魔皇神装、その武力でもって決着といこう」
「……ふん。まあいいだろう」
アルフォニカは、竜姫としての威厳を完全に取り戻し、泰然と立ち上がる。
「私も竜の姫だ。挑戦は受けよう。――だが聖騎士、お前の願いは叶わない。なぜならお前の鼻っ面、へし折るのは私だ!」
瞬間――場の空気が一変した。大きく翼を広げ、竜姫として膨大なる魔力をまとうアルフォニカ。爪は尖り尾がやや肥大化し、角もわずかに先鋭化――戦闘時の形態となる。
レティシアも魔皇神装、《朧聖剣フレイア》を構え、優雅に斬りかかる。
直後、レティシアが猛然と突撃し、爆発的な突風が辺りを埋め尽くす。
疾風めいた斬撃がアルフォニカを強襲する。代わりにアルフォニカはお返しとばかりに尾の一撃を放った。それに跳躍し聖剣で勢いを殺しつつ応戦するレティシア。負けじとアルフォニカも防御、爪で受け流し三連続で完璧にしのぐ。
明らかに――それは一昨日とは異なる攻防だった。一方的にアルフォニカがレティシアを打倒した一昨日と違い、レティシアはアルフォニカと遜色ない動きを行っている。
「――ほう? たった二晩でずいぶんと強くなったな、聖騎士!」
「当然だ! 今の私は魔王に愛され、そのレベルは126!」
「え!? 126!?」
アルフォニカが呆然とした。ミミックやパルティナの視線がディオスのもとへ向く。
「だってレティシアがしつこくせがむから……」と顔を覆う。
アルフォニカが尾の凄まじい薙ぎ払いを放つ。レティシアは受け身こそ取れたが、大きく体勢は崩され、地面に着地する。
「――くっ。聖騎士、確かにお前は強くなった。だが攻撃を凌ぐばかりで私に反撃が出来ていない。これはお前との間に、まだ差があるためだ」
「確かに、な」
いかにレティシアが二晩でレベルが50以上増そうとも、アルフォニカはレベル304。彼女の力は一般的な魔王並み。普通なら魔族の頂点に君臨していてもおかしくない領域だ。
だがレティシアは不敵に笑う。
「ふ。レベル差だけなら確かにお前に分がある。……しかし、神装の性能はどうかな?」
「……どういう意味だ」
「魔皇神装、発動。《朧聖剣フレイア》。――私に力の全てを貸せ!」
その直後、膨大な魔力が溢れ出した。陽炎の如き曖昧模糊としたゆらぎ。空気が歪み、風が瞬き――そして次の瞬間、アルフォニカの眼前から、レティシアが『消えた』。
「な、なんだとっ!?」
アルフォニカが驚愕する。いない。どこにも。真上に跳んだ? 否、そうではない。
即座に彼女は看破魔術で辺りを索敵する。しかし見つからない。それよりもなお悪い状況に陥っていた。
「……? え、あれ? ……なぜ私は、こんなところで戦っているのだろう?」
ミミックらが驚愕の顔を浮かべた。直後、アルフォニカの腕をレティシアの聖剣が打ち払う。
「ぐ……っ!? な、何もないところから攻撃が!?」
驚く彼女に続いて突き、打ち払いが襲いかかる光景。しかしアルフォニカはその攻撃に対処できない。いや、『視えていない』のだ。
目の前で聖剣を扱う聖騎士を認識出来ていない。狼狽え、「どうなっている」と驚くばかり。
「まさか、これは……」
ディオスとパルティナだけが鑑定魔術で能力を看破していた。
「――存在の、隠蔽攻撃か?」
存在の隠蔽攻撃とは、術者の存在自体を『相手から消し去る』能力だ。
自身の気配、音、魔力、その他あらゆる痕跡を抹消し、完全に意識の範囲外と化す異能。
アルフォニカは今、レティシアの攻撃を認識出来ていない。いや、レティシアの存在自体が『隠蔽』されている。
アルフォニカの主観において、何者かに襲われているという事しか判らず、完全にレティシアのことを忘れている。この戦いに至る経緯も、何もかも記憶から抹消されている。
『何もない所から、いきなり攻撃が襲って来る』
結果的に、そんな状況に陥っている。
もちろんアルフォニカの眼の前には変わらずレティシアがいる。しかしアルフォニカにはそれが認識出来ず、彼女と戦う経緯そのものを認識から消されている状況。
それはアルフォニカだけに作用している現象であり、ディオスとパルティナ、それにレティシアの配下のミミックらには視えている。よって――。
【戦闘の演習。相手は『聖騎士』レティシア。理由は魔王ディオスとの『魔皇神装』の性能テスト。一昨日の因縁も含め、魔王ディオスの結界で好きなだけ試して良い】
これが、今のアルフォニカには次のような認識となっている。
【 の 。相手は『 』 。理由は との『 』の性能テスト。一昨日の も含め、魔王 の で好きなだけ 良い】
「(――性能テスト? 誰と? どのような経緯で? 判らない、判らない……!)」
普通なら、看破魔術を使えば打ち破る事が可能。しかしその力すらレティシアの神装は上回り、朧聖剣フレイアは無効化。アルフォニカの隠蔽無効という耐性すら上回る。
「――くっ、ならばっ! 我が奥義で一掃を! ――くらえ、《竜皇烈牙――」
しかし、その途中でアルフォニカは中断してしまった。
「――何だ? なぜ私は『技名』を叫ぼうとしたのだ? 《竜皇烈牙……? 駄目だ、私は何をしようとしていたか、思い出せない……」
相手から、『技の記憶も隠蔽させる』――それがどのように強力な技でも、強大な魔術だろうとも忘れさせ、封じる能力。それがレティシアの聖剣の能力。
「ぐあ!?」
これ以上はアルフォニカのためにならないと判断し、ディオスが終了を宣言する。
「そこまで! レティシア、お前の勝利だ。お前の魔皇神装、素晴らしい能力だった」
「……え? ……え、ええ?」
アルフォニカが訳も分からず当惑する。「何なのだ、一体~~~!?」と困惑していた。
「はい。というわけで、アルフォニカ様が見事に袋叩きされた結果、レティシア様の魔皇神装の強さが判明しました」
数分後、隠蔽の効果が切れた後にて。パルティナが勝敗を宣言した。
「な、え、馬鹿な!? 私、そんな状況に陥っていたのか? 何も判らなかったのだが?」
「『万物の隠蔽』――相手から自分の事を忘れさせ、さらに技すらも封じる、か。――いや、本当に強力な魔皇神装だ」
「……まあでも、姑息な武器ですよね。相手に存在すらも忘れさせるとか。えげつなくて聖騎士の武器と思えません」
ディオスが総評するとレティシアが嬉々とする。だが上機嫌なレティシアはそんな呟きすら気づかない。――ふと、パルティナが心配そうにアルフォニカに聞いた。
「それよりアルフォニカ様、忘れた記憶、今は思い出せていますか」
「……ああ。全部思い出した。しかし万物の隠蔽か。恐ろしく能力だ」
「そうだろう、そうだろう!」
レティシアが得意げに喜びをあらわにする。
「何しろ私と魔王の愛の結晶だからな! 『私と魔王の』!」
後半を特に強調され、アルフォニカはひくひくと頬を引きつかせた。
「……言っておくが聖騎士。これは神装が強いだけで、お前が強いわけではないぞ?」
「ふ、負け惜しみか。竜姫のくせに。だが聖騎士は傷口に塩は塗らない。たとえ相手がレベル306でも。レベル126の聖騎士にボロ負けしても! 負けた事すら判らずに、おろおろしている駄竜姫でも! 聖騎士は、決して傷口に塩は塗らない!」
「うぐぐ、ぬぐううう……っ!」
応じればまた似たような結果になると思ったのだろう、アルフォニカは悔しそうに自重していた。
「まあ粋がっていられるのも今のうちだ。魔皇神装は私にもあるのだから」
「ほう?」
「そう、この《覇王爪ティアマト》がな! これさえあれば私だって強力な力は扱える!」
アルフォニカがその大きな胸を張った。そしてディオスへと視線を向けると――。
「魔王どの、私の神装はきちんと視ていなかった。試しに調べてくれないか?」
「ふむ、よかろう」
ディオスは鑑定魔術を発動させ、アルフォニカの神装の性能を解析した。
【《覇王爪》ティアマト 王妃アルフォニカとの愛の証 効果:よく斬れる】
――効果、よく斬れる。説明、それだけだった。
「これは、マズいな……」
ディオスの心象とは裏腹に、アルフォニカが得意げな表情を浮かべる。
「どうだ!? 私の魔皇神装、もの凄い性能だろう!? 何しろ私は竜姫だからな! さぞや強力な性能なのだろうな!」
「まあ……うん。ソウダナ」
横を見ると、パルティナも困惑していて、『どうしましょう?』と視線を向けてくる。
――知らんよそんなの! とディオスの内心も知らないアルフォニカは満面の笑みを見せる。
「ふふ、魔王どの! 私の魔皇神装、素晴らしい性能なのだろう!」
「ある意味、そうだろうな」
ディオスは目を逸らしつつ呟いた。世には、知らない方が幸せになれる事がある。
しかし知らさないわけにもいかない。ディオスは言葉を選びつつパルティナと一緒に説明した。
はじめ、アルフォニカは笑って話を信じなかった。しかしパルティナをはじめ、その場の誰もが『本当だよ』と口を揃えると、アルフォニカは自分で鑑定魔術を使い、絶叫した。
「そんな~~~~っ!?」
その後、ショックのあまり、アルフォニカは半泣きで宮殿に飛んでいってしまった。
ディオスはこの一軒を魔皇神装事件と名付け、しばらくアルフォニカを慰める事にした。
『魔王ディオス、レベルのレンタルの完了。――【9992】→【9999】』
『竜姫アルフォニカ、レベルの授与の完了。――【304】→【318】』
『《愛欲神装》ティアマト、レベル上昇。――【1】→【2】
(武器の『爪』が前より一センチ伸びる)』
――アルフォニカの神装は、レベルアップしても残念な結果であった。
† †
【魔王日誌】
――余、魔王ディオスは、これから魔王としての日々を綴った日誌を記そうと思う。
貸与魔術は前代未聞の技ゆえ、考えるべきことは多い。
そのため自分への反省点や、備忘録として記していくのが目的だ。
――と、堅苦しいのはここまでにして。
いや、もう今日は本当に疲れた……。
アルフォニカもレティシアも退かないし、手加減というものを知らない。余のことを想ってくれるのはいいが、後始末するのはパルティナだ。彼女、怒ると怖いため心臓に悪い。
アルフォニカの神装については……うむ、触れないでおこう。
あの後部屋にこもって、めちゃめちゃ大変だったがな! 慰めるのにすごく苦労したが! 忘れたい記憶して余の中に留めておこう。
まあ、何はともあれ。王妃と交流をし、余との関わりも強くなることは良い流れだ。
余は、ずっと修行ばかりに明け暮れていた。戦い以外に興味を示さず、口を開けば修行ばかりだった。
このまま王妃たちと交流を重ねていけば、余の魔王としての器も増していくだろう。
あとは余計な横槍さえ入らなければ、良いのだかな。
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