第2章 サキュバスとのひととき
「まずいドキドキする……」
それから数時間後。夜半。草木も眠る時間帯。魔王城の最上階。その寝室にて。ディオスはベッドの上で待機していた。
ディオスは緊張の面持ちで待機していた。パルティナとは良好な主従関係にあるが、ある意味では一番遠い存在である。
かつて命を救った間柄――今でこそ魔王とメイドという関係ではあるが、幼なじみということで独特の距離感がある。それを壊したくなかった。
「――お待たせしました」
戦々恐々な魔王が待っていると、寝室の扉を開けられ、銀鈴の声が鳴り響いた。
ディオスは思わず息を呑んだ。
銀に輝く長い髪。その肢体は神話の精霊のごとく美しく、夜月に映えている。薄い衣装を盛り上げる豊満で形の良い双丘は見事。宝石の如き紅色の瞳が映える。綺麗に整ったその美貌。
くびれた腰回りはまさに妖艶の一言。それだけで一つの芸術品と言えるシルエットであり、薄いネグリジェを着ている様もじつに魅惑的。煌めく銀髪と女性らしい曲線美も相まって、デ彼女から目を離せない。
「お、お前! どうしてそのような格好をしている!?」
「手記に記されていました。貸与魔術を行う際は、出来るだけ『薄着で』露出せよと」
「そんな破廉恥な本は捨ててこい! ――ではない……く、来るな」
パルティナは優美に口元を押さえ、くすくすと笑いだした。
「さて、シャワーも浴びて準備万端ですし、早速始めましょう」
キスやハグだけと聞いていたのだが、なんだか以上のことに聴こえてしまう。
先程からディオスの心臓はドクドクドクと高鳴りしてベッドの上で石像となっていた。
「魔王さま、いつまでも置物になっていても仕方ありません、横になってください」
「う、うむ」
「楽にしてください、わたしが最後まで導いて差し上げますから」
「う、うむ……」
そのときパルティナの中にふと悪戯心が芽生えた。
「……魔王さま。この世で最も美しい女性は、わたしですか?」
「う、うむ……」
「この世で最もクールビューティーで可憐なのは、わたしですか?」
「……う、うむ……」
「やった嬉しい! ……とかやっている場合ではないですね。始めさせてもらいます」
パルティナはベッドの縁に座ると、ディオスの胸元に手を添えていく。前もって知らされていたため彼も薄着。胸元など透けていてワイルドな寝間着の魔王といった印象。
「わあ、魔王さまの心臓、とっても高鳴っていますね」
「は、恥ずかしいからやめよ」
パルティナはベッド上で硬直するディオスの隣へ座り込むと、おもむろに体へ抱きついた。
細く、白い腕が首筋に回される。起伏に富む双丘が胸板へと優しく押し付けられた。甘美で柔らかな感触がディオスに伝わってくる。――大胆な行為だった。けれど決して彼を困らせるようなものではなく、暖かさを伝えようとする優しい抱擁。
「魔王さま。わたしの心臓の音、聴こえますか?」
「う、うむ……」
トクトクトク……と、優しい心音が鳴っている。芳しい石鹸の匂い。至近でパルティナの銀髪や美しい相貌が映える。この世のどんな宝石ですら敵わないだろう、可憐な少女の美貌。
「お慕いしております魔王。あなたの配下として。魔族の幹部として」
「うむ……そ、そうだな。うむ、大儀である」
まだ小さい頃から一緒だったパルティナ。共に苦楽を乗り越えた彼女と、こうして寝室で過激なことに及んでいる――そこに不思議な感覚が芽生えてくる。
最下層の悪魔だった時に、励ましてくれた幼なじみ。魔王となってからも、癒やしてくれた恩義は忘れない。彼女は、一番近いところでディオスに尽くしてくれた、恩人なのだ。
今の彼を形作ったのはパルティナと言っても過言ではない。穏やかな心境に至ることが出来た功労者でもある。本当に優しい――穏やかな時間を作ってくれた。だから――。
「……好きだぞ、パルティナ」
「(ふぁあ~~~っ!) ありがとうございます、魔王さま。わたしも好きですよ」
パルティナはすました表情で、ディオスは感謝の意を込めた。二人はゆっくりと抱き合っていく。そうして、パルティナは目を瞑り、嬉しそうに手に力を込めていき。
そのまま――二人は朝までずっと抱き合っていた。
「――おはようございます、魔王さま。昨晩はお楽しみでしたね」
「変なこと言うのやめよ!? 余、ろくに眠れなかったのだから!」
ディオスは昨晩のことを思い出して悶えた。魔王は威厳が必須。そのために可能な限り感情を抑えているが、昨夜のことは恥ずかしさで死ねる。
「うふふ、冗談です。ともかく、おめでとうございます魔王さま」
パルティナが細く白い両手を合わせ、魅惑的な笑顔を浮かべる。
「これで貸与の魔術が無事に終わりました。わたしのレベル貸与が完了致しましたよ」
「そ、それは良かった」
瞬間、パルティナの体をまばゆい光が包み込んでいく。暗黒色の、邪悪に染まった魔王の力。その力の一部が彼女に備わっている。
渦を巻き、爆発的な魔力が飛び交う部屋。風が、暴風が、部屋の調度品を揺らしていく光景。
「さあ、魔王さま、レベルを確認してください。あなたの貸与結果が確認出来ると思います」
ディオスはその言葉通りに、己の中の力を見た。魔族は集中すれば己の力を『数値化』し、垣間見ることが可能である。これまでは限界である【9999】だったが――。
【ディオス クラス:魔王 レベル:9998 貸与値:1】
「……おい。たった1しか、レベルが減ってないのだが……」
「え!? そんな馬鹿な……!」
パルティナは急いで解析魔術で魔王を見た。そして引きつった表情で応える。
「……ええと。おそらくは抱擁と愛の言葉一回だけでしたから。効力が低いのだと思われます。……その、男女の愛ではなく、臣下としての愛だけでしたから。これだけかと」
「いやいや! あれだけの思いをして、あれだけの緊張をして! たったの1だと!? 少なすぎるわ! もっとこう、すぱーんとレベル下がるものとばかり!」
「……まあ、そうですよね。もっと『大人の階段』な行為なら、凄まじい貸与だったかと」
「む、無理だ! それは余には色々と難しすぎる!」
昨日の時点でいきなりそんなこと出来るはずがない無理強いにも程がある。
悲鳴を上げるようにディオスが呻くと、銀髪の少女は淑やかに笑みをこぼした。
「――でしたら、『何度』も行えば宜しいでしょう?」
「なに……?」
パルティナは優雅に窓際に寄って、可憐に微笑みを返す。
「ただ、わたしはメイドの身なのでそんな恐れ多いことは出来ません。ですが、魔王さま――貴方にはいるでしょう? 多くの『王妃様』が。そう、貴方を愛し、恋い焦がれる、沢山の花嫁たちが」
「ま、さか……」
戸惑いのディオスにパルティナは腕を指し出した。一緒に飛ぼう、という意思表示だ。
仕方なくディオスはパルティナの手を取り、浮遊魔術で魔王城を飛び出した。音速を超え、風を切り、瞬時に高度五千メートル、魔王領の広大な全てを見渡せる上空にまで到達する。
「――見えるでしょう? 魔王さま。あなたの王妃様の宮殿が」
ディオスは眼下に広がる、いくつもの荘厳で奏者な巨大宮殿を見下ろす。
「ああ、見えるな。皆、余の伴侶たちだ」
魔王ディオスには多数の『王妃』がいる。いずれもディオスと様々な理由で出会った娘たち。それぞれの境遇で会い、逢瀬を重ね、感銘し、恋慕を覚えて花嫁となった乙女たち。
その王妃の数――じつに二十人。
第一王妃――強大なる竜を従え、戦いの化身の『竜姫』
第二王妃――亡国から逃れ、再起の時を待つ『人間の王女』
第三王妃――血と戦いを糧とする、読書狂の『吸血姫』
第四王妃――万物を捕食する、寝坊助な『スライムの皇女』
第五王妃――海に愛され、至上の歌を歌う『人魚の女王』
第六王妃――十センチの美少女、『妖精の姫』
第七王妃――巨大なる娘。邪悪の使徒を収容する『魔王城』
第八王妃――鍛冶の天才。宝剣、魔槍、魔剣を創る『幼女』
第九王妃――森の狩人、しかし弓が苦手な『エルフの王女』
第十王妃――魔術の申し子。けれど勇者に捨てられた『女賢者』
第十一王妃――元神官だが魔王に憧れ、弟子となった『魔王見習い』
第十二王妃――数万の信者に愛され過ぎて魔王領へ逃げてきた、『聖女』
第十三王妃――極上の舞と言われた美貌の『踊り娘』
第十四王妃――ごく普通の娘。とある農村出身の『村娘』
第十五王妃――騎士の中の騎士、戦場では一騎当千の『聖騎士』
第十六王妃――戦いを極めるため、百人の美女と鍛錬を行う戦闘民族の『女王』
第十七王妃――魔王幹部の一角、最強の美しき『獣王』
第十八王妃――正体不明。数年前に魔王へ襲いかかった『何者か』
第十九王妃――過去の覇者。ディオスに敗北した『先代魔王』
第二十王妃――至高の存在。世界を創造した一柱――『女神』
「改めて見渡すと、多いな……」
「そうですね。いずれも世界中から集った乙女たち。将来の世継ぎを得るため、集めさせた美女たちですからね」
「世継ぎとは程遠い現状だけどな」
実際は王妃とは名ばかりで、パルティナが強引に婚姻させた相手ばかりではある。
朴念仁なディオスに対し、業を煮やしたパルティナが、無理やり半分以上集めた。それでも、ディオスには広大な二十の宮殿と、それに住まう二十人の王妃たちが存在している。
「魔王さまには、二十人の王妃がいます。ゆえに、全員に愛を注げば良いのです」
「いや待て。確かに彼女らは愛すべき王妃だが、全員へ貸与を!?」
「はい。本当はわたしが全てを担いたいところですが、わたしはメイド。貴方に仕えるのが本懐。よって本当の儀式はこれからです」
「し、しかし……これはちょっと、数が……」
パルティナは月夜の中、盛大に嘆息をこぼした。銀髪が月光に映える。
「一つだけ問題があるとすれば、魔王さまが初過ぎてデートに誘えないチキンというですか」
「やかましいわ!」
パルティナはうっすらと笑って美しい銀髪をなびかせる。
「まあ、そうですね。彼女らと愛を交わし、交流を深めてこそ魔王としての嗜み。多大な力を注ぎくださいませ。そして大いなる愛をささやき、目的を成すのです」
パルティナは、艷やかに笑った。それは愛しい者がさらなる高みに至るための、その補佐が出来ることへの、喜びの笑顔。
「さあ、魔王さま。これから忙しくなりますよ?」
数分後。魔王の居城へ戻り二人は相談を続けていた。
「さて、これから魔王さまは王妃さまと接するわけですが、誰からでも良い――というわけではありませんよね」
「まあ、確かにな。順番は大切よな」
ディオスは小さく頷く。あまり面識がない王妃もいる以上、いきなり事情を伝えても「本気?」「冗談?」としか言われないだろう。そうしたら多分引きこもる自信がある。
「面識の薄い王妃は、後回しにするべきだろう」
「そうなると、最初はそれなりに交流があって、応じてくれる可能性が高い王妃さまですね」
「ふむ。では、候補として真っ先に思い浮かぶのは……『竜姫アルフォニカ』か」
「……あ、いいですね」
銀色の髪を揺らし、ぽんとパルティナは手を叩いた。
「五百年前に真っ先に婚姻しておきながら、デートの一回もしていない、放ったらかしの第一王妃様。適任ですね」
「……余、すごく不安になってきた」
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