第02話 将来の暴力に備える裏取引

 さて、奴隷を獲得した後の私の役割は、邪魔なマカロニをギロチンから遠ざけておく係だ。

 小枝を箸のように使い、腹側に避けておくだけ。

 意外なことに、これがグラノラの興味を引いたらしい。


「器用だな」


「えっ? ──あぁ、これです?」


 一瞬「なんのこっちゃ?」と思ったが、洋食器が主流の世界で箸は珍しかろう。

 前世日本人の私からしたら、洋食でも箸で食べたくなるほど馴染み深く便利な道具だ。


「慣れたら便利ですわよ」


 せっかくだからと、ふと湧いた悪戯心を満たすパフォーマンスでもしてあげよう。


「ほれっ、ほれっ」


 マカロニを振り回したり、鎌首をもたげたりと挑発的な行動を主軸に、思春期の興味を刺激するよう動かし方に緩急をつけていく。

 まぁ箸にしている小枝がトゲトゲしているせいで、痛みしか感じないだろうけどね。


「おいっ」


「集中してください」


「できるかっ」


 と、せっかくのパフォーマンスにクレームを入れるグラノラだが、首チョンパを躊躇っていることは丸わかりだ。

 仕方ないので、次案を提出しよう。


「もうっ。仕方がないですね」


 マカロニ係を放り出して、池からスライムを掬い上げる。

 この方法は成功率がチョンパのように確実ではないことと、大きなデメリットがあるから避けていたのだが、意気地なしの兄のために一肌脱いでやろう。


 まずスライムの小さな核を手掴みで取り出し、亀の口の隙間へと押し込んだ。

 次に、まだ原型を保っているスライムの体を、少しずつ核へ近づけていく。このときスライムの体が崩れないように手早く作業し、核が体内へと進むように仕向けることがコツだ。

 極貧平民時代に近所のクソガキたちと遊んだ経験が意外なところで活きるとは。人生とは分からぬな。


「おい、何してる?」


「亀さん、満腹作戦ですよ」


 全てスライム任せの、スライム満腹作戦は首チョンパよりは安全な作戦だろう。

 しかしグラノラの罪悪感がチョンパ以上に大きいものとなり、一生いびられ続ける可能性も少なくない作戦でもあった。


 何故なら、首チョンパをしていればグラ豚の秘宝を取り戻せた可能性もあったが、満腹作戦を実行した場合は秘宝は取り戻せないからだ。

 まず間違いなく、スライムが取り込んで消化してしまうだろう。


 秘宝がないならないで専門の職に就けば良いだけだ。例えば後宮への出仕など。

 逆に秘宝が絶対に必要な職と言えば、家門を継ぐ嫡男くらいしかないだろう。それだって養子を取れば済む話だ。


「強く生きろ」


「はっ?」


「お兄様たちにはこれからあらゆる試練が立ち塞がると思いますが、今日の亀さんを思い出して気持ちを奮い立たせてください」


「「…………」」


「これ以上の屈辱と苦痛は、そうそうあることではないと思いますので」


「「…………」」


 それをやったお前が言うのか? とでもクレームを入れたそうな視線と表情を向けて来る兄二人。


「何か?」


「お、終わりそうだぞ……」


 言い返すことに利点が見い出せなかったらしいグラノラが、満腹作戦に意識を向ける方針を取る。


「あっ。作戦成功みたいですね」


 亀さんが口を開けた隙を狙って引っ張ったら、キュッポンって感じで抜けた。


「ほ、ほれた……」


「おめでとうございます」


 傷跡から出血しているけど、アドレナリンが出ていることと、亀が取れた安心感が痛みを上回ったことが影響して、今は痛みを感じずに済んでいるのだろう。

 早く治療した方が良いと思うけどね。


「兄さんっ! 大丈夫っ!?」


「大丈夫なわけっ」


 仇のような視線で見られているけど、確かに将来の子供を殺してしまったという点では仇と言っても過言ではないが、そもそも自業自得だ。


「あら? そのような態度でよろしいのですか?」


「何だっ! 恩でも着せようってかっ!?」


「はい。そのとおりです」


「誰がっ!」


 この兄弟は詰んでいることを理解できないのか?


「まず伯爵のものを害してはいけないのですよね? 私は害されました」


「被害は俺達の方が酷いぞっ。お前も害したから同じだっ!」


「あら、お馬鹿さん。私は害されたから反撃しただけで、言うなれば侵略者を撃退した英雄ってところかしら? 行動全てが称賛される人物ですわ」


「俺に対する行動が称賛されるわけないだろっ」


「敗者が何を言ったところで、全て負け犬の遠吠えですわよ。『勝てば官軍、負ければ賊軍』って言葉はご存知ですか? 勝者のみ正義を語れるのですよ」


「俺達は負けてないっ」


「泣きが入ったのに、今更負けてないとゴネるのは滑稽ですわ。まぁ現実逃避をしたい気持ちもわかりますが、話が進まないので無視させていただきますね」


「おいっ! 問題の根幹だぞっ?!」


 おいおい。問題の根幹はそこじゃない。

 勝敗が関係するのは私の反撃の正当性だけ。

 それも襲われたことが証明できれば無意味。


「いえいえ。貴方方はもう詰んでいますので、根幹ではございません。それよりも貴方方は女性にモテないからと親族に手を出したことを目を向けるべきです。勝敗以前に、そのような醜聞が流れたら貴族社会で村八分になりますよ?」


「だ、誰も信じないっ」


「信じるとかはどうでも良いのです。私が教会へ出向き、神官の前で宣誓して書類を発行してもらえば良いだけですわ」


「「あっ」」


 そして彼らが絶対に告げ口できない理由が──。


「次に、あなたは去勢されました。子孫を残して家を存続させなければいけない義務を行えないため、あなたは嫡男としての価値はゼロです」


 これだ。

 告げ口したら事情を聞かれるだろう。

 そしたら私も告げ口をすることになり、結果的に私以上に危機的状況に追い込まれるのはグラ豚だろう。


「おまえのせいだろっ」


「自業自得です」


「高位治癒師を手配してもらわねばっ」


 まぁそれだけの価値があれば高位治癒師を派遣してもらえるかもしれないが、そもそも欠損再生できる治癒師がいればの話だけど。


「通常なら次男が嫡男になると思いますが、伯爵は絶対にしないでしょう。となると、二人が大っ嫌いな分家の秀才が跡継ぎになり、グラノラお兄様は飼い殺し生活の始まりで、グラタンお兄様は幽閉とかですかね」


「「それは嫌だっ」」


 二人が嫌がる分家の秀才くん。

 私も彼が嫌いだ。

 典型的なクソ屑貴族なのだが、外面と外見が良く秀才であるという非の打ち所がないおかげで、何故かいつも称賛される立ち位置にいる。

 本当ならばこいつの秘宝を奪ってやりたかったが、秀才の下には優れた部下が集まるのか、女性問題は一切表に出ない。


 では、何故私がこいつを嫌うかと言うと、こいつの命に対する敬意が欠けている点だ。

 嗜虐性が強いらしく、狩りの仕方が残虐極まりない。特に、みんなが可愛いとかかっこいいと言って注目が集まっている人や動物が対象になり、そこに優越感を見出すそうだ。


 実情を知っているメイドたちが本気の押し付け合戦をしていたときに、同時に恐怖のエピソード大会が行われていたおかげで知り得た。

 趣味は奴隷購入で、秀才くんの家に入った奴隷は奴隷として帰ることはないらしい。


 つまり、死体として出ていくわけだ。

 しかし世の中とは不思議なもので、奴隷として帰ることはないという部分を美化して切り取った平民は、奴隷を解放していると勘違いしているらしい。


 洗脳でもしているのか?

 と疑問を持つほど悪く言われない秀才くんは、着々と地盤を築いているらしい。


「本来なら詰んでいた話です。しかし、私も鬼ではないので手心を加えさせていただきました」


「手心?」


「触って確認してみてください。一つ残っていますでしょう?」


「──ほ、本当だっ。あるぅぅぅっ」


 処置次第ではまだ間に合う。


「残しておいてあげていることに感謝していただきたいのです」


「──何が望みだっ」


「察しが良くて助かりますわ。来年の洗礼に向けて少し鍛錬がしたいので、面倒事が回って来ないように対処してほしいのです」


「鍛錬? マナコアに魔力を貯めるくらいしかすることないだろ。もしかしてサークルを作る気か? 悪いことは言わない。洗礼直前まで作るのはやめとけ」


 おや? 意外だ。


 一度痛い目に遭っただけだというのに、まともなアドバイスをする気になるとは。

 目下だと思っている女性に対しての行動は貴族らしく染まっているように感じるが、人間としてはまだまだ改善の余地はありそうだ。


「魔法的なことではなく、肉体的な鍛錬ということですわ。洗礼の後はお披露目やらお茶会やらの参加で一年があっという間に過ぎ、次の年は学園でしょう? となると、鍛錬できる時間は今しかなさそうです」


「肉体的に強くなってどうするんだ?」


「次は組み敷かれても一撃で意識を刈り取るくらいの威力は出したいです」


「「…………」」


 決して当て擦りではない。

 多分犯人が変わるだけで次はある。

 何故ならば、転生特典なのか知らないが我が身は超絶美少女だからだ。

 前前世はゴリマッチョのおっさんだったのに、前世は病弱な深窓の令嬢に転生した。本来は美少女だったのだろうが、病気のせいで血色が悪く発育もあまり良くなかった。

 そのマイナス値を反転したかのように全てプラス値にしたのが、現世での私の姿だ。


 すでに女性らしさの象徴である凹凸もある。

 瞳は母親譲りの金色で、髪色はファンタジー感溢れる珊瑚色。ふわふわで背中まである髪の毛には天使の輪ができている。

 美白で華奢な身体は庇護欲を掻き立てるに違いない。


 我ながら罪作りの女だ。


 外見だけで言えば、周を重ねるごとに進化していて成長を感じる。

 落し穴がなければ人生勝ち組なのは間違いない。


「わ、分かった。例の離れには食事以外で人を近づけないようにしよう」


「お願いしますわね」


「お前もな」


「もちろんですわ」


 二人は身なりを整えると、足早に去っていった。

 なお、グラノラの亀もスライムで取り外してあげた。

 グラ豚に無理矢理外されるか、自分で外すか、私に頼み込んで外すかの三択で、涙ぐみながら土下座してお願いされたら……ね。



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