誰も知らない最強にボクはなりたい。
@yukku_ringo
第1話【誰も知らない力】
静寂に包まれた森の奥。木々の隙間から差し込む陽の光が、揺れる葉の影を地面に映し出している。
その中で、小さな剣を握る少年がひとり、黙々と剣を振っていた。
「……はっ!」
鋭い声と共に、小さな身体が風を切る。
重くはない、しかし確かに疲労を蓄積させる反復動作。何度も、何度も、剣を振り続ける。
少年の名前は――ルア・エルンスト。
名家エルンスト家の長男にして、五歳にして既に人知れぬ目標を持つ少年だった。
(ボクは、誰にも知られていない、誰も知らない実力者になりたい…)
彼の手の中の木剣は、何度も使い込まれ、柄の部分がすっかり擦り減っている。
剣の重さも、木の硬さも、本物とは違うとわかっている。
それでもルアは振る。誰に見せるわけでもなく。褒めてくれる人もいない。それでも――
「ふっ、はっ……!」
汗が額を伝い、地面に落ちる。息はすでに荒い。それでもやめない。
心の奥に灯る、誰にも言えない強い想いが、ルアの体を動かしていた。
(目立つ英雄にはならない。ただの“モブ”として、でも誰にも負けない力を隠し持つ存在に――)
剣を振る少年の目は、静かに、しかし確かに燃えていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
陽が昇りきる前の、薄明の空。
木々の間から差し込む光の筋が、ひんやりとした森の空気を切り裂いていた。
「はっ……! せいっ!」
軽やかな足運びと鋭い突きを繰り返す少年。
黒髪の影が風に揺れ、瞳に真っすぐな意思が宿る。
(……誰にも知られず、最強になりたい)
その願いのために、幼少期から日々の鍛錬を欠かしたことはない。
自室ではなく、人目のない森の奥深く。
ここだけが、“本当の自分”でいられる場所だった。
岩を相手に剣を振るい、木々を飛び移り、川で身を冷やす。
肉体も感覚も、限界まで鍛え抜く。
「っ……今日の反応、悪くない。昨日より重心も安定してる」
独り言を呟きながら呼吸を整える。
と、そのときだった。
森の奥、茂みの向こうに――岩の裂け目のようなものが、ひっそりと開いていた。
「……あれ、洞窟?」
不自然なその影に興味を引かれ、ルアは足を向ける。
木々を分け入り、崖の下に下りると、それは間違いなく人の手が加えられていない自然の穴だった。
だが、妙だった。
普通の洞窟にしては、妙に空気が澄んでいて、肌にまとわりつく魔力の気配があった。
「……まぁ、ちょうどいい。実戦の代わりにはなる、かも」
腰の剣に手をかけ、慎重に洞穴の奥へと歩みを進める。
やがて――地下へと続く階段のような地形と、わずかに光を放つ石材の壁が現れる。
「……ダンジョン?」
だが、ルアはそうは呼ばなかった。
“洞窟”だと、そう自分に言い聞かせる。誰にも知られない強さのため、余計な詮索を避けるために。
そして――
現れたのは、魔物だった。
小型の獣型魔物、腕ほどの大きさのスライム、そして小さな牙を持つゴブリンのようなもの。
「ふふ……ちょうどいい、ボクの鍛錬に付き合って貰おう」
剣を抜き、無言で間合いを詰める。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それは姉の手伝い、もとい半ば強制的につきあわされてる時だった。
「ルア、そこは三滴だけって言ったでしょ。四滴目入れたら――」
ぽんっ、と可愛らしい音とともにフラスコの中身がはじけ飛んだ。
「うわっ、ご、ごめん、姉さん…」
「……はあ。ほんっとにダメね、あんた。」
スーリャ・エルンストは小さくため息をつきながらも、手際よく爆発の後始末をしていた。普段は感情をあまり表に出さない彼女だが、弟相手だと少しだけ表情が柔らかくなる。とはいえ、ルア本人はそれにまったく気づいていない。
ルアは学園入学前のある日、姉の実験室でポーション作成の手伝いをしていた。
もっとも、手伝いというより、**「平凡な弟が邪魔にならない程度に動いている」**というほうが正確だ。
「でもこれ、面白いよね。液体に色がついたり、匂いが変わったりして……錬金術って、魔法とはまた違う面白さがある気がする」
「ふうん?平凡なあんたにしては、珍しく興味持つじゃない」
スーリャは少しだけ驚いたように笑う。ルアはその笑顔に照れ隠しのように視線をそらした。
ふと、ルアの目に奇妙な粘液が映った。床の片隅に、薄く青白く光るスライム状の物体が、ゆっくりとぬめぬめと這っている。
「ねぇ姉さん、あれ何?ポーションの材料?」
「ああ、それ?魔力廃棄物よ。ポーションを作るときにどうしても出ちゃうゴミみたいなもの。魔力が抜けきってるし、素材としての価値もゼロ。触るとベタベタして気持ち悪いだけよ」
「へぇ……捨てるの?」
「もちろん。そんなの取っておく理由、ないでしょ?あんたも気をつけて。服についたら洗うの大変なんだから」
そう言ってスーリャは無造作に床の掃除魔法を使い、魔力廃棄物を煙のように消し去った。
(……魔力が抜けきってる、か)
ルアは心の中でその言葉を繰り返す。
けれど、自分の感覚がそれに違和感を覚えていた。
ほんの一瞬――たった一瞬だけだった。
あの粘液から、わずかに感じた。「微かに脈打つような反応」を。
他の誰にも気づかれないほどの、微細な魔力の流れ。
それは、あらゆる存在が“死んだもの”と見なす廃棄物の中に、
何かが眠っていることを、ルアの直感に囁いていた。
(……後で、拾って調べてみよう)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
――ひんやりとした空気が、肌を撫でる。
ルアは森の奥深く、以前偶然見つけた“洞窟”の奥へと静かに足を踏み入れていた。
それは彼にとって、鍛錬の隠れ場所であり、誰にも知られていない実験の秘密拠点でもある。
「……よし。今日はあいつの調査だ」
ルアは腰のポーチから、薄い粘液状の物体を慎重に取り出した。
あの日、姉の実験室の片隅で回収した魔力廃棄物。世間では“価値のないゴミ”として忌避されている存在。
「でも……やっぱり、感じるんだ。微かな反応が……」
ルアは小さく息を整えると、手にした粘液にゆっくりと魔力を流し込んだ。
――ビクリ。
粘液が微かに震えた。
それは生きているようでもあり、機械のような反応にも似ていた。
「……反応した」
目を細め、さらに魔力を注ぐ。すると、粘液がわずかに形を変え始めた。
ルアはイメージする――細く、鋭い刃のように。
すると、スライム状だったそれが刃物の形へと変形し始めた。
「……これ、イメージで……?」
彼は驚きと興奮を抑えながら、さらに魔力を注ぎ続けた。
今度は形状だけでなく――質感が変わる。粘液が硬化し、金属のような冷たい光を帯びていく。
(こいつ……魔力を通せば通すほど、変化する)
試しに、少しだけ魔力を込める手を止めると、スライムはふにゃりと再び形を崩した。だが、魔力を込めなおすと即座に刃に戻る。
しかもその反応は異常なほど速く、滑らかだった。
「まるで、俺の魔力に“同調”してるみたいだ……」
ルアは即座にメモを取り、観察を続けた。
魔力伝導率:極めて高い
可変性:魔力イメージによる自由な変形が可能
強度:魔力を込める量に比例して増加
応用①:魔力圧縮によりサイズを小さく保管可能
応用②:魔力制御によって色や質感の偽装も可能
これは――ただのゴミなんかじゃない。
「これが……誰も気づいてない可能性か」
ルアはゆっくりと、その“剣”を構えた。
重さはほとんど感じない。だが、手に伝わる“圧”は確かに“武器”のものだ。
誰も知らない。誰も気づいていない。
だったら――自分だけの力にしてしまえばいい。
「名前、つけなきゃな……」
淡く輝くスライムの刃を見つめながら、ルアは呟いた。
「――“スライムソード”」
その刃は静かに脈動し、主の命に応えるようにうねりを見せた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夜の森は静寂に包まれていた。
獣の気配も風の囁きもない。ただ月明かりだけが、木々の隙間から地上を照らしている。
ルアは木の上から、じっと獲物を見下ろしていた。
(……噂通り、いたな)
眼下には焚き火を囲む数人の男たち。
見張りも警戒も甘い。気を緩め、酒を飲み、女物のアクセサリーや財布を品定めしている。
彼らは最近この辺りで被害が相次いでいる山賊団の一味――
ルアは彼らを狙っていた。
理由は単純。資金集めのためだ。
(夜襲、人数は五人。装備は雑多だけど……魔法使いはいない。楽な部類か)
ルアは深呼吸し、左手の指輪に意識を集中させた。
「――展開」
青白い光が一瞬だけ灯り、スライム状の魔力廃棄物が指輪からあふれ出す。
魔力を流し、刃のイメージを明確に描く。
瞬間、空気が裂けるような音と共に、それは細く鋭い剣の形を取った。
――スライムソード。
誰にも知られていない、誰も使えない、世界に一振りだけの最強の刃。
「……さて、やるか」
ルアの姿が、木々の間に溶けた。
---
「うあっ――!? 何だ今の!」
「やられた!? どこからっ――がっ……!」
最初の一人が倒れるまで、ルアは一言も発さなかった。
二人目は音もなく背後を斬られ、三人目が気づくころには、もう目の前にルアが立っていた。
スライムソードは音を立てない。刃の角度も、長さも自在。
不意打ちも、連撃も、急所狙いもすべてルアの魔力制御次第。
「て、てめえ……何者だッ!?」
最後に残った男が、震える手でナイフを構える。
だがその刃が振るわれるより早く、ルアのスライムソードが男の足元を蛇のように伸び、絡め取った。
「うわっ!? あ、足が……動か……!」
刃が地面から湧き出し、足を絡め、膝を砕き、そして――
「もういいだろ。お前らみたいなのが、街にのさばってるのが気に入らなかっただけさ」
ルアの声は冷静だった。少年らしい無害な声音。けれど、その瞳の奥に宿るのは、まぎれもない“力”の光。
男はその瞳を見た瞬間、戦意を失った。
「お前、何者だ……」
「さあね。“ただのモブ”だよ」
そう言って、ルアはスライムソードを指輪へと戻す。
---
彼は盗賊たちの荷物から金貨袋だけを選び出し、他の装備や戦利品には一切手を触れなかった。
(物を持ち出せば、どこで手に入れたか足がつく。金貨だけなら……痕跡も残らない)
中身を確認することなく、袋をいくつか抱えて森の中へと消える。
静寂が戻った焚き火のそばには、崩れ落ちた盗賊たちと、無傷のまま残された戦利品だけが残された。
---
「ふう……これだけあれば、しばらくはやっていけるな」
ルアは森の奥、例の“洞窟”の一室で金貨を静かに並べていた。
誰にも知られずに得た、裏の資金。
彼は笑った。“誰にも知られてはいけない最強”に、また一歩近づいた気がしたからだ。
「やれやれ、明日は入学式か……ちゃんと“モブらしく”しなきゃな」
誰にも知られないように、誰よりも力を蓄えながら――
ルアの物語が、始まろうとしていた。
次の更新予定
毎週 日・金 17:00 予定は変更される可能性があります
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