【短編】社長秘書の私はイケおじ社長に絶賛推し活中!
真白めい
第1話
私には好きな人がいる。
好きと言っても恋愛の好きとかじゃなくて
推しは私よりふた周り年上のおじさんだ。だけど見た目マイナス10才以上は若く見えるかなりのイケおじである。
推しは会社の社長であり、私はその秘書を務めている。ずば抜けたコミュニケーション力と機転の利く性格から、年齢よりも早くに出世をしたエリートだ。
前任の秘書が出産を機に退職し、私が総務部から異動し社長の秘書を担当するようになってからおよそ4年が経つ。
初めて出会った頃は失敗だらけの私にも一切怒らず、丁寧に仕事を教えてくれた。
エリート社長の指導のお陰で、私は立派な社長秘書へと育った。
「それでは、ご検討の程お願い致します」
社長が取引先のお偉い方と握手を交わす。
私は社長の一歩後ろに立ち、澄まし顔でその姿を見守る。
しかし、内心の私は大暴れであった。
(今日も推しが格好良い。相変わらず柔軟剤の良い匂いがする……ずっと嗅いでいたい。ていうか今気付いたけど後ろ髪にちょっと寝癖がついてる!?普段は凄い人なのにたまにちょっと抜けてる所もツボなんだよね。
はぁぁぁ、控えめに言って好き)
「湯浅さん、行くよ」
数メートル先に進んでいる社長が振り返って、私の名前を呼ぶ。完全に自分の世界に入ってしまった。
「すみません」
怪訝な顔をしている取引先のお偉い方に頭を下げながら社長の元へと急ぐ。
建屋を出て車の運転席に乗ろうとすると社長に引き止められた。
「帰りは俺が運転するから良いよ。昨日も残業で夜遅かったし、湯浅さん疲れてるでしょ」
「あ、いやえっと……」
社長に見惚れていたなんて口が裂けても言えない。
「ほら、助手席乗って」
完全に心配させてしまっている。
取引先の会社でぼーっとするなんて、秘書として普通は注意されても当然なのに。
「すみません、ありがとうございます……」
言い訳が思いつかないので、大人しく助手席に座る。基本的に移動中も社長は仕事をしているので、秘書の私が運転している。そのため社長が運転する車に乗るのは初めてだ。
チラッと運転している社長の横顔を盗み見る。
きっともう私が助手席に乗る事は無いだろうから、しっかり心のカメラに焼き付けておかないと。
どう見ても30代後半くらいにしか見えない容姿に『若いな』と改めて思う。
社長のファンは当然私だけではない。社内でも取引先でも社長の人気は顕著である。
あまり詳しくは知らないけど、私が入社する数年前に奥さんを亡くされたらしく社長は独身だ。
そのせいか社長を狙っている女性社員も多くいる。
まぁ、私は親子ほどの年齢が離れているから社長と恋愛関係に発展する事は無いけどね。
推しは推し。それ以上になる事は許されない。
およそ20分程度の社長とのドライブを終え、自社に戻ってきた。
「今日は帰って休んで……って言いたいところなんだけど、どうしてもまとめてもらいたい資料があって」
社長室へ入るなり、社長が申し訳なさそうに言った。
今日の取引きは大型案件だ。例え本当に体調が悪くても、仕事を片付けるまで休むわけにはいかない。
「いえ、本当に大丈夫ですので!ただちょっと……」
「どうした?」
「珍しく社長の寝癖を見つけてしまって」
私はこれ以上社長に心配をかけさせまいと思い、見惚れていた事は伏せて白状する。
「……えっ、どこ!?」
「右上の後ろら辺……もう少し後ろです」
背伸びをしてそっと社長のハネた髪に触れる。
50代になるのに白髪なんて1本も見当たらない綺麗な黒髪だ。
「うわぁ、結構ハネてる。え、俺これでさっきの商談してたって事? 恥ずかしすぎるわ……」
途端に焦り出す社長が愛おしくて、胸がきゅうっと締め付けられる。
「私、ヘアアイロン持ってるので直させて下さい」
まるで下心なんか全くないよう気丈に振る舞う。
「ほんと? ちょっとお願いするわ……」
私はいつも持ち歩いている小さめのヘアアイロンを鞄から取り出して、社長をソファに座らさせハネた髪を整えていく。
もっと触れたい。
もっと社長を知りたい。
もっと私の事を知って欲しい……。
途端に抑えきれない程の感情が押し寄せてきて苦しくなる。苦しいのに嫌な感じはしなくて。
気付いてしまった。
私は『推し』という都合の良い言葉を使って自分の気持ちを誤魔化していたという事に――。
「社長、寝癖直りました」
「おぅ、ありが……」
社長が振り向いた瞬間、私は社長の唇に自分の唇を重ねていた。
24個も年上だとか、社長と秘書だとか、もうどうでもいい。ただ社長の事が好きで好きで堪らない。
◇
――リリリリリリリ!!
聞き慣れたアラーム音が鳴り響く。
朝日が眩しい。唇に違和感を感じて薄目を開けると、寝る時の相棒であるクマのぬいぐるみが顔に当たっていた。
徐々に頭が冴えてきて先程見た夢の内容が蘇ってくる。
「……って、夢!?」
かなり恥ずかしい夢だった。ホッとしたような残念なような……複雑な気持ちだ。
てか私って社長の事好きなの!?
いやいや、そんなはずはない。だって相手はおじさんだよ?(イケてるけど)
きっと社長も私の事娘くらいにしか思ってないだろうし。さっきのは夢!きっぱり忘れよう。
今日は取引先と大型案件契約の日。
私はいつも持ち歩いているヘアアイロンが鞄に入っている事を念入りに確認して家を出た。
【短編】社長秘書の私はイケおじ社長に絶賛推し活中! 真白めい @may_612
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