第24話 これからのこと

「なんでそんな面白いことになってるの、すぐに教えてくれなかったんだよ」

 ケタケタ笑いながら話を聞いていたアーディンが悔しそうに言った。

 元斥候で勇者御一行の仲間の一人。

 底抜けに明るい彼が笑うと回りが一段と明るくなるのは気のせいではない。彼の持つ魔力が弾けて煌めくのだ。

 冒険者である彼は今日は正装してここにいる。

 王城の奥まった王のプライベートスペースで開かれたお茶会の参加者は王を含めて七名。

 即位早々に賢王と名高いエレミア。冒険者アーディン。王都で人気の学舎を開いた元冒険者のエフィーネ。大神官のバルトライ。王の魔法使いバレンシア。そして王の騎士エリックに元勇者の塔子だ。

「アーディンはこの国にいなかったんでしょ。呼べる訳ないじゃん」

 塔子は言ってから宝石のようなプチフールを口に入れてもぐもぐと咀嚼する。お茶会の作法ではサンドイッチなどから食べるのだが、今日は仲間しかいないから無礼講だ。

「呼んでくれたらすぐ帰ってきたよ。当たり前じゃないか。何せ、お前の窮地だろ?神殺し?めっちゃ偉業じゃん?ってか、呆気なく終わったって何だよ。神殺しだろ?それが呆気ない?は?魔王との戦いの方が何倍も苦しかったって?それ、笑える。そりゃ確かに魔王討伐の旅は大変だったよなあ。今思い出しても泣ける話がすぐ思い浮かぶし。ってか、もう一度やれって言われてもお断りだね。ってかさあ、英砥。俺が誰よりもお前の信頼を勝ち取っているのは知っているんだ。どうしてすぐに呼ばなかったんだよ」

 面白いところを見逃しちまった、と付け加えてアーディンはその野生的な美貌に悔しそうな表情を浮かべて塔子の頭をトントン叩く。

「それにしてもちっこくなりやがって」

 英砥は大柄だったからこの世界でもそれなりの肉体に見られていた。反対に塔子は元の世界でも小柄でこちらではもはや小人扱いである。

「アーディン、止めなさい」

 注意してくれたのは冒険者で大御所エフィーネだ。彼女は勇者と旅している時は短く刈り込んだ髪に鋭い目付き、更に筋肉隆々だったので女性として見られることはなく行く先々で男性に間違われていた。見目が良い分大変モテていたのだが、女性としてモテて欲しかった英砥である。惜しいなあ、と常々思っていた勇者であった塔子は今の彼女の華やかで柔らかな本来の美女の姿に大満足である。叶うのなら、もっと色々触ってみたい。胸とか、足とか、お尻とか。

 ワキワキと手が躍り出そうになる塔子だったが、ここではお行儀よくするとエレミアと約束してある。

「でも私も知らせて欲しかったな。英砥が戻って来てたなら役に立ちたかったもの」

「ありがとう、エフィーネ」

 正しくは英砥ではないのだが、懐かしい仲間にはどっちでも良いらしい。一度英砥が亡くなったと失意の底にいたらしい仲間たち。生まれ変わったとしてもまた会えたのだから細かいことは気にしない。ん、細かいことを気にしないのならば、あの逞しい体つきの中で唯一柔らかそうな豊満な胸に触ってもいいのでは?

 塔子の煩悩が炸裂し始めたところでエリックの射るような視線に我に返る。

 彼らが屈託ない笑いと共にお喋りしている様子を王であるエレミアは穏やかな瞳で見ている。忙しかった即位式も無事終え、外国との調整も終わらせた直後なので束の間の休息なのだろう。

「お、それじゃあ神官サマは何を拝んでるわけ?」

 揶揄い調子でアーディンがバルトライに尋ねる。

 対するバルトライは相変わらず神々しい美貌を澄ました様子で香り高い茶を嗜んでいたところだった。目を琥珀色のカップの中身に合わせたまま彼は口を開く。

「神殿の在り方は変わりません。国民にも誰にも真実は告げられませんからね。ただ、今後はこの国を救って下さった方々に祈りを捧げることになります」

 元勇者だった魔王、元王だった魔王。王から堕とされた彼らを神として崇める。

 それが魔王たちへの鎮魂なのだと皆理解している。

「そうか。なら俺は神殿の敬虔な信者になるよ」

 魔王討伐に参加したメンバーだから。

 アーディンの言葉にエレミアが目を伏せた。

 しばし沈黙が訪れる。

「それにしても」

 アーディンが意識的に明るい声を出した。

「エリック、お前、なんで異世界なんかに行ってたんだよ。こっちからは行けないって常識だろ?ずるいよなあ」

 悔しそうなアーディンに王の騎士エリックは優雅な所作で持っていたカップを置いて、その精悍な美貌を綻ばせた。

「英砥のいた世界で暮らせるなんて本当に奇跡のようだった」

 塔子と幼馴染でいつも一緒にいた時間。

 魔王のお陰で魂だけでも英砥だった存在のすぐ近くに在ることができた。

 宗十郎は元々生まれなかった命だ。それなのに生まれた奇跡。塔子と一緒に育った奇跡。そして一緒にこの世界へ戻れた奇跡。

 奇跡が続くなんて幸運はもう二度と起こらないだろう。

 神が消えた直後、宗十郎は消えたのだ。そして眠り続けていたエリックは目を覚ました。バレンシアの魔法のお陰ですぐに起き上がることに問題はなく、すぐに登城しエリック本来の姿で塔子に会うことが叶った。

 抱きしめた時、思った以上に小さかった、とエリックが塔子に呟いた途端に彼女の激しめの蹴りが炸裂し、優秀な騎士であるエリックは瞬殺されるところをギリギリ回避してことなきを得た。親友が誤解した内容を彼は知っているが公には口にできない。そう、塔子は身長のことではなく、胸のことだと勘違いしたことを激しく恥じてその日はエリックに謝り通しだったのだ。

 そんなこともありつつ、とりあえず塔子は月光宮預かりとなり、儀式やらなんやらが終わるまで大人しく過ごしていた。そうして今回、念願の仲間内のお茶会が開かれることになったのだ。

「良いなあ。外国には行けても異世界には行けないもんな」

 アーディンは冒険者らしい好奇心でしきりにエリックを羨ましいと言っては異世界の話をせがんだ。英砥と旅をしている時も異世界の話を聞きたがり、目を輝かせていたから相当な憧れがあるようだ。

 塔子は密かにエリックを盗み見る。

 アーディンの方を向いて貴公子らしい様子で話す彼は恐ろしく良い男である。

 英砥の記憶があっても、やはり動いている実物は別格だ。

 今まで異性にムラムラしたことのない塔子だったが、エリックは別だな、と高揚する胸を落ち着かせるのに忙しい。

「ところで英砥、いいえ塔子。あなたはこれから何がしたい?もし良かったら私の学校を手伝ってみない?」

 エフィーネに提案されて塔子は「うーん」と腕を組んで考える。

「英砥と違って、私はあんまり頭が良くないんだよね。宗十郎だったエリックは知ってるよね。それに剣も扱えないし、恐ろしく不器用だから家事もできないし。あれ、だとしたら私、どうやって生きていこう」

 塔子は自覚した現実にかなりの不安を感じ始める。

「大丈夫だよ、塔子。私の宮で永遠に面倒を見るからね」

 エレミアが笑っていながら笑っていない目で言った。ぞくっと背中に怖気を感じたが、触らぬ神に祟りなし。

「うーん、どうしようかな」

 適当に誤魔化すと今度はバルトライがトン、とテーブルを軽く叩いて塔子の視線を吸い寄せて口を開く。

「わたくしの元へおいでなさいませ。神殿で塔子様のことは最高の待遇でお世話いたします」

「いやいや、俺と冒険に行こうぜ?大親友の俺と一緒なら危険もないし、楽しいことだらけだろうよ」

 アーディンも仲間として放って置けないとばかりに言い募る。

「皆、悪いが私と英砥は約束していたことがある。塔子には英砥だった証としてその約束を果たしてもらわないといけない」

 エリックが静かに、だが良く通る声で言った。

 場が静まり返る。

 何を言い出したんだ、とバレンシアが心配そうにエリックを見ている。

「何を約束したって?」

 アーディンが面白がって問う。

「英砥とは一緒に暮らすと約束していた。塔子、覚えているかい」

 エリックの心地の良い低い声は聞き惚れてしまって何を言っていたのか把握できなかった。塔子は「え?」と聞き返してエリックの一瞬傷付いた瞳にかち合う。

「あ、いや、今なんて言ったのか聞き取れなかっただけだよ?」

「そうか?私は君と一緒に暮らす約束をしていたと言ったんだ」

 静謐な瞳に塔子は胸が締め付けられるような感覚を覚える。

「うん、約束したね」

 英砥の最後の時だね、と心の中に付け加える。

 果たされることのなかった約束。

 今、二人の前には「これから」がある。

「いや、ちょっと待て。王の騎士が婚約者でも妻でもない女性と暮らす?良いのか、それ」

 アーディンのツッコミに全員の目がエリックに集中する。

「ではこうしよう」

 エリックは立ち上がり、塔子の前まで来ると膝を付いた。

「私、エリック・メアリスフィールドはこの空に誓う。塔子を尊び、慈しみ、その幸せを見守ることを」

 穏やかでしっとりした声がそう塔子に告げる。

「いやいやいや、王の騎士が王以外にそれ誓っちゃダメだろ」

 またアーディンのツッコミが入る。正確には王へ誓う言葉とはまた別物だが、蒼穹の誓いは魂の誓いだ。みだりにしても良い誓いではない。

「婚約者とか妻に誓うやつがあるのに、なんでわざわざそれ言った?」

「これが一番相応しいと思った」

 真面目に答えたエリックはそっと塔子を見上げた。

 鍛えられた彼の大きな体が彼女を伺うようにしているから少し小さく見える。

 婚約者でも妻でもなく、それ以上の存在。彼はそう言っているのだ。

「妬けるな」

 どっちに、とは言わずエレミアが頬杖をついて彼らを見ている。

「俺も妬ける」

 腕組みをしてアーディンが言った。

「私たちのことは眼中になさそうですね。分かってましたけど」

 エフィーネが苦笑交じりに言うとバレンシアがうんうんとしきりに頷いている。

「人の心は移ろいやすいものです。わたくしにチャンスがないとは言い切れない」

 バルトライが余裕の表情でお茶を飲んだ。

「王命と言えば逆らえないものなんだけどな」

 ぼそっと呟いたエレミアはこの茶会の前に塔子に向こう何年かはここで暮らすように指示している。あれこれの後始末が終わるまでは移動させられないのが真実でもあるが、本音は一緒にいたいからである。

「仕方ないですよ、陛下。塔子ですから」

 バレンシアが慰めるように言った。

「そうだな。塔子だからな。そうか、彼女の欲を満たすエリック以上の条件を考えれば良いのだったな」

 エレミアは苦笑しつつ頭を働かせる。

「なんだかんだ仲良しの二人を引き裂くことはできませんよ」

 エフィーネの有難い忠告に本人たち以外の皆が笑った。

「とにかく、まあ、これから、昔以上に騒々しくなるんじゃね?」

 アーディンのワクワクした言葉にそれぞれの口端が上がる。

 彼らのこれからは予想に違わず賑やかになるだろうと誰もが思った。

 晴れやかに広がるハルシュフェスタの空と同じ爽快さをもって元勇者が歴史を紡ぎ出すのだ。

 勇者かれはここへ帰ってきたのだから。


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