第3話 幼馴染
塔子は生まれて初めて「フケる」という行為を体験した。
そもそも、お嬢様育ちで真面目ではないが不真面目でもない塔子は基本大人しく授業にも出て、それなりに過ごしている。
それなのに八瀬という少年が塔子を有難迷惑にも校外へ連れ出してくれたのだ。
「あの、八瀬、せっかくお昼ご飯を買ったのに何で学校から出る必要が?」
カバンも置いてきた。何なら小銭入れだけしか持っていない塔子と無一文の八瀬が遠出できる訳がない。
ここは魔法で危険を避けるべきか、それとも知らぬふりをして八瀬を巻くか。
塔子の心中を知ってか知らずか、八瀬は川縁の道をゆっくり進んでいく。もうすぐ夏休みというだけあって、少し暑い。街路樹が青々と美しく輝き、流れのある水面はキラキラと光を反射して眩しいくらいだ。
「なあ、塔子。本当に俺の名前、思い出せないのか」
「はあ。八瀬でしょ。それ以外に名前があるの?」
全くもって興味なさそうな様子の塔子に八瀬がグッと詰まる。彼の不機嫌な様子に塔子も申し訳なく思わないでもない。
「八瀬、君が幼馴染だと言うことは分かったが、こうして授業をサボって外出するのは良くないと思うな」
前世では享年二十七歳。騎士の学校で教鞭もふるっていただけに八瀬少年を教育的指導を入れないといけないような気にもなる塔子である。
彼女の上から目線に八瀬の眉間の皺はますます深くなる。
「宗十郎だ。お前いつも俺を呼び捨てにしてただろ」
「そう?じゃあ、宗十郎。若気の至りで閉じられた世界から出てみたいのは分かる。だけど未成年のうちは親の庇護下にあり、そしてその権利は万全ではない。子供のうちは社会への責務を免除される代わりに学業や家庭の手伝い等の責を負う。君が今こうしているのは自由な選択に思えるのだろうけど、これは小さな反抗だよ。早く大人になって自分の責は自分で負えるようになるといい。そうすれば学生である自分がいかに恵まれていたのか、そして守られていたのか分かるだろう」
教師然とした塔子に堪忍袋が切れたのか、がっと力任せに彼女の両肩を彼は掴んだ。
「塔子、黙れよ」
「うん」
黙れと言われたから一切言葉を発しない塔子に宗十郎は肩透かしを喰らったように変な顔をする。
「何で黙るんだ」
「いや、宗十郎が黙れと言ったんだろう」
「……塔子、お前本当に塔子なのか」
「うん。私は私だけど」
前世は勇者、
「そうだよな。赤ちゃんみたいな仕草も頭の悪そうな感じも塔子そのままだよ。けど、口調は違うし、俺の名前忘れてるし」
悔しそうな少年の肩を叩いて、塔子は笑顔を向ける。
「頭の悪そうな感じ?」
「あ、いや言葉のあやだよ」
「ふうん?」
塔子は面白くなって宗十郎を見つめる。
前世では性格も才能も褒めちぎられた記憶しかないが、今世はかなり残念女子であるのは間違いない。それがいかに痛快な感情を伴うことなのか、きっと宗十郎には分からないだろうが。
宗十郎は気まずくなったのか塔子を掴んでいた手を放した。
「なあ、塔子。お前、趣味のBLどうした。最近女子の胸揉んでる姿しか見ないけど」
破廉恥な、と塔子が目を剥くが、実際親友たちの胸を揉んでいるのは事実なのでそこだけスルーしておく。
「BL?」
「ボーイズラブだろ。同人誌作ってただろ。俺と他の奴の恋愛話とか。モデルになれってうるさいくらい付き纏ってたのに」
「ボーイズラブ。ああ、確かにそんなの作ってたな」
記憶にはある。
麗しい男子と男子の恋愛物語をこよなく愛していた。
ただ今は柔らかい肉体にしか興味がいかないので忘れていたが、そんなこともあったなあ、と言う感じ。それに異世界では男同士の結婚は認められており、そう言えば男性が妊娠することもあったな、と思い出す。さすが異世界と変に感動したが、そのせいで自分の貞操が同僚の騎士たちに奪われそうになったこともあるので触れたくない事実だ。
「もう俺に興味はないのか」
何だか変に哀愁漂う雰囲気の宗十郎に危うい気配を感じて塔子は頬を引き攣らせながら、どう答えたものか悩む。
前世で同性の年下冒険者から迫られた時もこんな感じだった。相手を傷つけないように控えめな対応をして服を剥ぎ取られた嫌な経験を思い出して現実逃避をしたくなるが、おなざりに答えたら酷い目に遭うことは知っている。そもそも英砥は誠実な人間だったから恋愛トラブルも逃げていくくらいフラグは全てへし折られたのだ。だが塔子は俗な人間である。トラブルの予感しかない。
まずいな、と塔子は宗十郎を観察する。
以前の宗十郎の記憶でもあれば対応できるのだろうが、彼のことは綺麗さっぱり記憶から欠落しているのである。
うん、ここは魔法で逃げるのが正解。
「宗十郎、額に何かついてるよ」
何気なさを装って彼の額に指先を伸ばす塔子。
そして魔法を発動。
相手の体内に結界を構築。そして一時的に思考を奪い、塔子の言いなりにする。その間の記憶は残らない。
なんて人間の尊厳を奪う魔法なんだ。しかも、これ、禁術である。
魔法にも絶大な才能を有していた英砥は秘密裏に王族の一人から禁術を伝授されていたのだ。もちろん、秘密は墓場まで持って行った。ここはあっちの世界からすると異世界だから術を行使しても問題ないだろう、と言う楽観的な塔子の解釈だが。
「宗十郎、学校へ帰ろう」
「うん」
素直になった宗十郎は塔子と一緒に来た道を大人しく引き返す。
幼馴染だと言う彼の従順な様子に安堵しながら、塔子は彼と歩くキラキラした道のりを楽しく思った。
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