月はなんと敵役だったのだ
のーと
満月じゃなかった。
言葉の意味は、複雑すぎる。ひとつの単語に確かな軸があり、それから導かれる解はよかろう。だが、有った意味がひとつに収束してしない、細かいところはシーンに応じて判断しろ、というのは言葉の存在をナンセンスなものにしかねない。
私は告白をしたことになっていたらしい。
私は、いつ死んでも良い、と思っていた。
寒空に吐く息がコントラスト。私から出た苦い煙はゆっくり夜空に溶けていって、月光が鮮烈に現れた。夜空の、彩度の低いところと、濃く、ずっと上まで続いているだろう!と思わせる宇宙色とのまだらを、ぐぐ、と引き締めて煌々とただそこにある。
「ね、月、めっちゃ綺麗! ! 」
わざわざサッシを開けて、暖かい室内に叫ぶ。彼は、寒いから閉めてよ、とでもいいたげな顔でコタツに四肢をしまい込んでさらに縮こまってしまった。
あいにく私は閉じこもっている人間を連れ出したくなるタイプなので、そういう反応をされると、ムキになって、灰皿にベランダ唯一の火種を名残惜しいけれど押し付け、手招きした。
私が引かないだろうことを─少なくとももう数分は粘るだろうということを─彼は察したのか、のそり、と立ち上がった。天井が低く見えるようになって、私の方まで彼の影がおちた。
最も私は既に地球の影の中にいるため、彼の闇が届くことはなかったのだけれど。
ベランダに彼が足を踏み入れ、肩がぶつからないように、私は端に角に寄る。おもむろに私たちは月を見上げた。
彼はしばらく何も言わず、おかげで首が痛くなってきたので、私は彼を見あげた。自分が綺麗だと褒めたものを真顔でこうじろじろと観察されては、私のセンスを吟味されているようで大変居心地が悪かった。
彼のメガネにはふたつ月が映り込み、代わりに表情は霞んでしまった。何を考えているのか、いつも以上にわからない。目元が隠れると私たちは途端に不安になる。
「……うん、死んでもいい程。」
やっと口を開いた彼はそんなことを口にした。しかもわざわざ私を見据えて。やっと闇の中にも関わらず明瞭になった彼の目元は爛々としていた。
その後のことはあまり思い出したくない。長い、長い夜だった。くたくたに横たわってカーテンの隙間から見えた月が恨めしかった。彼は、月をナンセンスに定義していたのだと今更気がついた。月光は、霞んで灰色に見えた。
月はなんと敵役だったのだ のーと @rakutya
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