さよならなんて言いたくなかった
総督琉
別れの日
つまらない人生だった。
いつ終わっても悔いのない人生だった。
──いや、悔いはある。
悔いしかない人生だった。
私にはいつだって勇気がない。
だから友達ができない。
だから恋人ができない。
だから私は一人になった。
最初から一人だった。
せめて誰かが私の手を引いてくれたなら。
いつもそんなことを考えている。
他人任せの、受動的思考。
私は孤独に慣れたんだ。
孤独であることにもう苦しみなんて感じなくなっていたんだ。
本当に……
そんな日々を繰り返す中で、日課になったことがあった。
毎日山奥の高台に行き、静かな森の中で夜空を眺めること。
退屈な人生にもたらされる、唯一の癒し。
私はいつものようにその場所へ足を踏み入れると、いつもはいないはずの人陰がそこにはあった。
お気に入りの場所だっただけに、少しショックを受けた。
背を丸めて別の場所に移動しようとした私の背中に、その人陰が声をかける。
「ねえ、一緒に見ようよ」
まるで私がここに来た目的を知っているような台詞。
声は女性。なぜか安心感があった。
私は人陰に近づき、その横に腰を落とす。
暗いため相手の顔は見えないが、どことなく見覚えがあるのはなぜだろう。
相手の年齢は私より少しだけ年上だと思われる。
なぜか彼女の横は安心できる。
それから毎日のように彼女とこの場所で夜空を眺める日々が続いた。
「へえ、あなたは大学生なんですか」
どうやら彼女は大学生らしい。
こうして毎日話をしていると、少しずつ彼女に心を許し始めていた。
相談事もするようになる。
「私、いつも一人なんです」
彼女はそれをバカにしない。
それを分かっているから、彼女には気兼ねなく相談できる。
「私もあなたと同じくらいの頃、一人だったんだよ」
「へえ、そうなんですね」
意外だった。
彼女からはいつも大学での楽しい生活を聞かされているだけに、驚きは勝る。
「じゃあどうやって一人を抜け出したんですか」
「自分を変えたの」
それは私には無理なことだ。
「変われた……んですか……」
私は一人に慣れてしまった。
受動的思考に慣れてしまった。
だから新しい思考に移ることに恐怖を感じている。
変わることは、私にとっては不可能挑戦。
「大学に上がる前の私は、自分が大嫌いだった。声をかける勇気もない、そんな自分が嫌いで仕方がなかった」
「私も同じです」
声をかける勇気はいつからなくしてしまったのだろう。
それは薄々分かってはいる。
日々の積み重ね。
幼い頃は、何度も自分から声をかけたことだってある。新しい自分で何度も接したことがある。
でも──
「なんか変じゃね」
「ちょっとお前気持ち悪いよ」
「はいはい。分かった分かった」
親から、友達から、皆から、少しずつ私を否定されていった。
誰も自分を受け入れてはくれなかった。
だから、自分ですらも自分を拒んだ。
好きな自分はどこかへ消えて、嫌いな自分だけが残った。
変わろうとしたところで、私にはその才能がなかった。
もう……消えてしまいたいよ。
いつからかそう思うようになっていた。
それが日々の思考から抜けなくなっていた。
自己否定。
自己嫌悪。
自分で自分を拒絶する。
だからだ。
私は私に期待をしなくなった。
他人にだって期待をしなくなった。
常に最悪ばかりを考え、それに備えて逃げ道ばかりを探している。
真っ向から戦うことはしない。
いつだって逃げることを考えていた。
苦しいさ。
苦しいに決まっている。
でも、そんな自分が積み上げられてしまったから。
今さら変わったところで、私は誰にも受け入れてもらえないよ。
皆から好かれる自分を演じられる才能なんてないよ。
だからこの人には、才能があっただけだ。
私にはない──
「君にも才能はあるよ」
「──えっ!?」
まるで私の心を見透かしたような台詞に、私は硬直する。
「確かに君はこれまで否定され続けた。でも、でもさ、それは今までの君であって、これからの君が否定されることには繋がらない」
「…………」
「これからも失敗し続けるかもしれない。否定され続けるかもしれない。でも、いつかは肯定される。いつかは受け入れられる。自然体の自分を愛してくれる誰かに巡り合える。私が、少し先の私がそれを保証する」
「……え?」
その言葉に、私は首をかしげる。
でも薄々分かっていた。
彼女と話していく内に、とっくに分かっていた。
彼女は──
「これまで経験した失敗を糧に、どうか前に進んでね。そしたら大丈夫」
「未来の私は、幸せになれますか」
「大丈夫。今までの不幸なんて吹き飛ぶくらいの幸せを掴んでいるから」
そうだね。
大丈夫。
私は変われる。
それは苦しい道のりかもしれない。
でも確実に一歩を進められている。
だから
だからどうか
いつかの私が笑えるように
幸せになれるように
少しだけ背伸びをして
気楽に
たまには逃げて
幸せに近づくよ。
「またね」
「期待して待っていてください。未来の私は、幸せですから」
そして私は、大学生になった。
さよならなんて言いたくなかった 総督琉 @soutokuryu
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