第4話登場人物のその後

三宅(看護師)


結月と夜勤を共にしていた数少ない同僚。

彼女の死を知ったとき、表情一つ変えなかった。

ただ、最後に交わした言葉——「生きてるって、なんなんだろうね?」が頭から離れなかった。


彼は、監査が入り結月の死に疑念が向けられたときも、一言も口を開かなかった。


職場では「なにも知らない」と言い続けたが、心のどこかで、自分はずっと彼女の異変に気づいていたのではないか、と思い続けていた。


その罪の意識から、彼は半年後、介護施設を退職。


今は訪問看護の仕事をしている。

病院ではない、家庭の中で人の命と向き合う中で、彼はようやく「命の重さには答えがない」ということを、少しずつ受け入れ始めている。


結月のことは誰にも話さない。ただ、彼女の名前を聞くだけで胸が締めつけられる。



大川ユメノさんの家族


通夜にも葬儀にも姿を見せなかった家族は、施設からの連絡に対して淡々と対応していた。


「そうですか、ありがとうございました。お世話になりました」


それだけだった。


それから数か月後、長男が相続問題で施設に連絡を寄越した。

「母が亡くなったタイミングで口座が凍結されてしまって、手続きに必要な死亡診断書を送ってください」と。


人は死んでも、書類だけは生き続ける。


施設長はその連絡を処理しながら、虚しくなった。

“家族”とは一体なんなのか。

彼は書類をFAXしながら、ただ無言だった。



施設長・管理職たち


結月の死と、その後の監査により、施設は一時的に“疑惑”の対象となった。


正式な調査の結果、結月の行為を証明する決定的な証拠は見つからなかった。

ただ「倫理的配慮に欠けた施設運営があった」として、行政指導が入った。


職員の研修が強化され、記録も厳密になり、心のケアの相談窓口も設けられた。


けれど、誰もが知っていた。

それらは、すべて「あとづけ」の形だけのものだと。


結月がなぜそうなったのか、施設は真正面から語らなかった。


「過去の出来事」として処理され、彼女の名は職員の口から少しずつ消えていった。



佐藤忠さん(ALS末期の利用者)


結月が“何もしなかった”唯一の人。


今も生きている。

人工呼吸器と胃ろうに支えられ、ベッドの上でまばたきだけができる。


彼の目は今も時折、何かを語ろうとしている。


結月が最後に見た、あの“生への意志”。


新しく配属された若い介護士が、彼の目に気づき、少しずつコミュニケーションの練習を始めている。


指は動かなくても、文字盤で目を使って言葉を紡ぐ訓練。


それにより、彼が最初に伝えた言葉は、


**「ありがとう」**だった。


何に対する感謝なのかは、誰にもわからない。


もしかしたら、あの夜、何もされなかったことに対する感謝なのかもしれないし、今なお生きていることへの感謝かもしれない。


結月には、もう確かめる術はない。

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静寂の後で ゆずちゃ @mts_1003

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