第4話 見てはいけない動画

「これは、ただの噂。ただの、ネットの遊び」


何度そう言い聞かせても、胸の奥の冷たいざわめきは消えてくれなかった。


ミユは、夜になると鏡を避けるようになった。

スマホは伏せて机の上に置き、通知が光るたびに指先が震えた。

それでも、あの言葉たちは届く。


《見た? ユリの“本当の最後のダンス”》

《再生数ゼロなのに、コメントだけが増えてる》

《夜中だけ開くリンクがあるって》


「見るな」と言われるものほど、人の好奇心を煽る。

それは、危険な香りをまとう果実のようで。

そして今、誰かがその果実に、手を伸ばそうとしていた。


──カイだった。


**


「ミユ、今夜さ、あの“ゼロ再生の動画”見てみようぜ」


カイから届いたのは、見たこともないURLだった。

どのSNSを探しても見つからない。

ファイル名は、「red0dance.mov」。再生数ゼロ。いいねもゼロ。投稿者名も、ない。


「怖いくせに、気になってんだろ? 俺もそうだった」


カイは、笑ってそう言った。

その無邪気さに、ほんの少しだけ救われそうになった。


けれど、彼が再生ボタンを押した瞬間。

ミユの心のどこかが、ちりちりと警告を鳴らした。

止めなきゃ、と思った。けど──声が出なかった。


画面には、崩れかけた無人の廃墟が映っていた。

古びたカメラが、ゆっくりと中央を捉える。


そこに、赤いドレスの少女が現れた。


──ユリだった。


まるで、まだ生きているかのように。

まるで、こちらの顔を見つめているかのように。


「……なに、これ……?」


カイの声が、少し震えた。


スマホのスピーカーから、女の声が囁いた。


「ねぇ、踊ろうよ。今度は最後まで、ちゃんとさ」


その瞬間、空気が変わった。

蛍光灯がちらつき、風もないのにカーテンが揺れた。

ミユの呼吸が浅くなる。


「うるさい……やめろ……ユリが……頭の中に!」


カイが叫んだ。スマホを手から放り投げ、頭を抱えて部屋を飛び出した。


それきり、彼は戻らなかった。


**


翌朝。


SNSに、自動投稿された動画が上がっていた。

タグは《#RedDressDance》。


そこに映っていたのは、誰もいない部屋で、ひとり踊るカイだった。

空っぽの目で、ぎこちないステップを繰り返している。

その終盤。

画面の隅に、赤い影がにじむように現れた。


──そして、彼の腕を掴んだ瞬間。

映像は途切れた。


再生数は瞬く間に伸びていった。

でも、コメントはひとつだけ。


《今度は、ミユの番だね》


**


ミユは、震える手でスマホを床に叩きつけた。

それでもその夜、鏡の中にユリがいた。


赤いドレスをひるがえし、踊っていた。

あの日の振付を、狂いなくなぞるように。


気づけばミユの身体も、勝手に動き出していた。

指先が、足が、ユリの動きをなぞる。


「やめて……お願い……!」


涙がこぼれたそのとき、ユリが微笑んだ。


「ねぇ、思い出して。“あの日のこと”」


そうだ。ミユは知っていた。

ユリの死は、ただの事故なんかじゃない。


ユリは、踊らされていた。

“バズるため”という名の、目に見えない糸で。


──少しなら、いいと思った。ほんの、出来心だった。

でも、その「少し」は、取り返しのつかない深さだった。


今、ミユの胸には、後悔しか残っていない。

そして、その悔いは──静かに身体を蝕んでいく。


(つづく)


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