第2話 最後の振り付け

放課後の空き教室。

ミユの姿は、どこにもなかった。


ユリは無言で三脚を立て、録画ボタンを押す。


「ミユのいないダンスなんて、意味がない」


そう思っていたはずなのに、体は自然に動き出していた。


でも、数歩で足が止まる。

胸の奥に、黒い靄がじわじわと広がっていく。


(……何してるんだろ、私)


音楽を止めて、床にしゃがみ込む。

そのとき、ポケットのスマホが震えた。


ミユからのグループLINE通知。


《明日の撮影ねー、カイが飲み物持ってきてくれるって!ユリも来れるよね?》


……一瞬、嬉しかった。

でも、それ以上に胸を締めつけたのは、“嫌な予感”だった。


「飲み物……」


思い出す。

ミユの“ちょっとしたノリ”が、たまに笑えないことを。


──辛すぎるタコス。むせて涙目になるユリ。

あの時は未投稿だったけど、ミユは笑って言った。


「ごめんってば。でも、あれ、絶対バズったよね〜!」


軽さ。悪気のなさ。

“いいね”がすべてをチャラにする、あの危うさ。


ミユはもう、あの頃のミユじゃないのかもしれない。


**


翌日。

指定された撮影場所は、崩れかけの廃墟だった。


「ヤバくない? 映えるって、こういうこと!」


ミユははしゃぎながら、カメラの前でポーズをとる。

カイは黙ったまま、無機質にセッティングを進めていた。


「ほら、これ飲んでテンション上げよ。撮れ高、命じゃん?」


ミユが差し出したのは、ラメ入りの怪しい液体。

見たこともないブランド名。アルファベットが踊っていた。


「なにこれ……?」

「特製エナドリ。カイが取り寄せたんだよ。強いけど、バズるって保証付き」


冗談にしては、目が笑っていなかった。

けれど――


「怖いなら、無理しなくていいよ? でも……今しかないチャンスかもよ?」


ミユが笑った。

その声が、あの日のように優しくて。

だからユリは、信じてしまった。


**


音楽が流れる。

世界が、ゆっくりとゆがみ始める。


音が遠のく。視界がにじむ。

けれど、体は止まらない。


(これが……“最後の振付”?)


足元の床が消えていく感覚のなかで、ユリはなぜか笑っていた。

その笑顔は、確かにカメラに収められていた。


そして──ユリは、そのまま崩れ落ちた。


**


「え、ちょっと、ユリ……? 起きてよ、ねぇ……!」

「カイ、マジでやばいって……!」


ミユの声は震えていた。

だが、すべては──遅すぎた。


病院での診断は、「持病による突然死」。

ミユとカイは疑われることなく、解放された。


SNSでは、“悲劇を乗り越えて踊り続けるふたり”として、

さらなる人気を集めることとなる。


でも、その夜。


ミユのスマホに、見知らぬアカウントから通知が届いた。


《覚えてる? 最後の振付、私が見せたやつ》


添付されていたのは、誰にも見せていないはずの、

あの日のユリのラストダンスの動画だった。


(つづく)




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