「36度の膿」

登場人物:

成瀬(なるせ):男・恐怖を威勢で隠している。基本的にツッコミ。

照井(てるい):女・明るくてサバサバしている。

坂和(さかわ):女・冗談をよく言う。飄々としている。

新田(にった):男・坂和の冗談に付き合っている。基本的に優しそうな人。


計四人


あらすじ:目が覚めると二人は筏の上にいた。見渡す限り海で、試行錯誤する二人。海流でたどり着いた島には住人がいた。話していく内に徐々に判明していくこの島の摂理、二人はある選択を迫られる。彼らが下した選択とは。


舞台は二段、手前に黄色のベンチ(バス停)があり、奥に筏のような四角い立方体。


Act 1 海の上

明転。筏の上で横たわっている成瀬と照井。SE:海の音


成瀬 …うぅう、あああ、頭いてぇ… あぁ? …あれ、うわあああ、え、ここ、海?


周りを見渡す成瀬


成瀬 …おいおい…嘘だろ、え、マジで海じゃん。てか、誰だ、この人。…なぁ、なぁって、おーい。はぁ。今、倒れている女性に男が触れることははばかられる時代なのに。くそ、まぁここ、海の上だし、通報されることはないか、おーい起きろー!(体を揺さぶる)

照井 …うぅん

成瀬 あ、起きた

照井 きゃあああああ

成瀬 うるさいうるさい

照井 え、海? あ、あなた…誰?

成瀬 俺は、えーっと、成瀬、君は?

照井 えーっとって何? もしかして偽名使おうとした?

成瀬 どこつっかかってきてんだよ、本名だよ。んで、君は誰?

照井 私は、照井

成瀬 …えー、照井ね

照井 え、呼び捨て?

成瀬 あぁ、ごめん、照井ちゃん?

照井 きも、なに、私たち面識あったっけ?

成瀬 ごめん、もしかしたら君は俺のこと知ってて、俺は君のこと知らないっていう気まずい雰囲気かと思って…だから、今の返答的に、たぶんお互いのこと知らないよね

照井 長々と何言ってんの、知らないわよ、他人でしょ

成瀬 決めつけるの速くない? 知り合いだったら傷つくだろ

照井 …なんでよ

成瀬 だってさ、こうやって筏の上に乗るまでの記憶ないでしょ?

照井 …あれ、思い出せない

成瀬 ほらね

照井 …あんたが黒幕なんでしょ

成瀬 こんな海のど真ん中でなにするんだよ俺

照井 …じゃあ、あんた何者よ

成瀬 多分君と同じ一般人だよ

照井 …あんたと一緒にしないでよ

成瀬 一緒だろ

照井 ていうか、本当に海じゃない、どうすんのよ

成瀬 俺が聞きてぇよ

照井 …ねぇ

成瀬 今度は何?

照井 吐きそう

成瀬 船酔いかよ! ちょっとちょっと、吐くなら海に吐いてくれ

照井 なんでそんなこと言うの

成瀬 筏の上で吐かれたら困るからだよ

照井 おえええ(後ろを向いて)

成瀬 あーあーあ、大丈夫かよ(背中をさする)

照井 …はぁ、なんで、私がこんな目にあってるんだろう

成瀬 前世で悪いことしたからじゃない?

照井 前世?

成瀬 え、よく聞かない? 前世で徳を積むと、生まれ変わった時良いことが起きるって

照井 私が前世で悪行を積んでたからこうなってるって言いたいの?

成瀬 なんでそうなるんだよ

照井 そもそも、前世で良いことした人でも、生まれ変わった時別の人生になるんだから、他人の幸福のためにわざわざ自分の人生犠牲にしてまで、良いことしようなんて思う必要ないのにね

成瀬 めちゃくちゃ言うじゃん

照井 変なこと言ってる私?

成瀬 多分間違ってるよ

照井 憶測で話さないで

成瀬 はぁ、ん? …あれ、島じゃないか?

照井 ねぇ、憶測で話さないで

成瀬 いや、これは憶測じゃなくて…近づいてきてるよ、ほら、あの島。多分このまま流れていけば

照井 なんだか桃太郎みたいね

成瀬 桃じゃなくて筏なんだけどね

照井 おばあさんに拾われるかもよ

成瀬 おじいさんかもしれないだろ、なんだ、急に機嫌を取り戻してくれたな。…なぁ、敵対しててもあれだし、俺たち仲良くしよう

照井 …

成瀬 ん? どうした?

照井 吐きそうおえええええ

成瀬 おいバカここで吐くな!

照井 誰がバカだってぇ、おえええええ

成瀬 吐きながらしゃべんな!


暗転。暗転後もBGMの海の音は継続。


Act 2 バス停


明転。ベンチには坂和と新田が座っている。


坂和 ねぇ

新田 ん、どうした

坂和 なんだか、話し声がきこえない?

新田 ん? 

坂和 ほら、耳を澄ましてみて

新田 …

坂和 …ほら、声が聞こえるわ

新田 …俺にはなにも… どうした? 詩人気取りか

坂和 噓じゃないわ、わたしにはわかるの、動いてる

新田 動いてる? じゃあ、見てくるぞ、どっちにいるんだ

坂和 えーっとね、あっち、あっちから声が聞こえる。楽しそうな声が

新田 はぁ、俺にはさっぱりだ

坂和 …あなたにはわからないわよ

新田 どうして?

坂和 これは私にしかわからないの

新田 …第六感ってやつか

坂和 ええ、運ばれてくる。まるで、そう、どんぶらこって感じ

新田 そんな桃みたいに

坂和 それも二人

新田 二人もかよ

坂和 いいじゃない賑やかよきっと

新田 …今日は天気がいいな

坂和 どうしたの急に、詩人気取り?

新田 いや、なんとなくな

坂和 その感性好きよ。それにしても最近、別にスタバは好きじゃないんだけど、新作が出たらとりあえず、友達を連れてインスタに乗っける女子高生みたいな気分なの

新田 どんな気分だよ

坂和 あらそう? 最近ベリーハッピーって感じなの、超エモいでしょ

新田 最近覚えた言葉を使うな、ダサく見えるぞ

坂和 それもそうね…こんな無駄口叩いてないで見てきたらどう?

新田 急に毒づくな

坂和 ほら、あの鳥についていけば、きっと、たどり着くわ

新田 変な間で喋べらないで、あと鳥なんて飛んでねぇよ

坂和 あら、詩人気取りだったのに

新田 表現者になりたい大学生じゃないんだから

坂和 …あなたも人のこと言えないじゃない

新田 それもそうか…

坂和 …あら、噂をすれば

新田 え? (坂和が向いている方向を向く)

坂和 …

新田 …

坂和 言ってみたかっただけよ

新田 まんまと騙された

坂和 うふふ、今のあほずら、Berealで撮っておけばよかったわ

新田 Z世代じゃないんだら

坂和 Z世代とか言わないでよ

新田 …なんか俺たち老害みたいじゃないか?

坂和 話のオチが見つからないからって、自虐で笑いを取るのやめた方がいいわよ

新田 お前今日どうした?


暗転。


Act 3 島


明転。舞台は筏の方。海の音。


成瀬 …うおおお、でかいな

照井 初めて島に来たわ

成瀬 お、俺もだ、無人島かな

照井 人がいるかもでしょ

成瀬 そ、そうだな

照井 まぁでもさっきこの島の奥で煙が上がってたように見えたんだけど…

成瀬 え、もしかして

照井 ええ、おそらく

成瀬 木に落雷したのか

照井 バカじゃないの? こんな日差しのいい日に雷が降るわけないでしょ。どんだけ人がいる可能性を否定したいの?

成瀬 ごめんごめん

照井 どうするのよ、もし、原住民族とかだったら。食べられちゃうかもしれないじゃない

成瀬 急に子供じみたこと言わないでくれ

照井 ごめんなさい、でも、もう進むしかないのね

成瀬 そうだ

照井 …

成瀬 …

照井 …

成瀬 おい

照井 なによ

成瀬 筏から降りるぞ、もう座礁してんだから

照井 わ、わ、私、ここで、見張りをしてるわ

成瀬 …は?

照井 そんなに行きたいんでしょ

成瀬 おい、俺一人だけじゃ、その、怖いだろ

照井 はぁ? なに怖気づいてんのよ

成瀬 くっそ、わかったよ、行けばいいんだろ、何かあったら戻ってくるから、だから、なんだ、すぐに出れるように準備していてくれ

照井 任せなさい!

成瀬 急に元気になるなよ

照井 ふんっ! わかったら早くいくのよ!

成瀬 あーくそ、貧乏くじひいちまったな

照井 ふんふん、私は襲われてもいいように武器でも探そうかしら

成瀬 第一に、筏の上で漕げるやつを探してくれ

照井 もー、ケチね、いいじゃない別に

成瀬 …

照井 そんな怖い顔しないで、冗談よ、探しておくからほら、行ってちょうだい

成瀬 わりとすぐに戻るかもしれないから、最優先で頼むぞ

照井 わかってるわよ、そこまでバカじゃないもの。私だって死に急ぎしているわけじゃないわ

成瀬 ああ、俺だってお前のせいで死なれちゃ困る

照井 まっ! 心外

成瀬 お互い様だろ。あー、こんなだらだら話している暇ねぇよ

照井 ええ、そうね、私も探さないと。あー、ごめんなさい、眠気が…ちょっと、そうね、五分だけ仮眠させて

成瀬 雪山で死ぬフラグ立てんな

照井 馬鹿ね、ここは筏の上よ、それも、こんな晴れた日なんて、日和ぼっこ日向じゃない

成瀬 日向ぼっこ日和だろ。はぁ、死ぬかもしれないってのに

照井 はいはい

成瀬 はいは一回だろ

照井 はーい

成瀬 まったく、人の神経を逆なでするやつだな

照井 …

成瀬 …え

照井 …

成瀬 うわ、こいつ寝てる…

照井 …

成瀬 はぁ、覚悟決めていくかぁ


場からはける成瀬。筏の上で寝る照井。暗転。



Act 3 バス停

明転。ベンチに坂和が座っている。


成瀬 おお、やっと開けた場所に出た。え、人いる。…うーん、寝てるみたいだな

坂和 …

成瀬 それにしても、きれいな女性だな

坂和 あら、どうもありがとう

成瀬 うわあああああ

坂和 ちょっと、そんな大きな声出さないで頂戴、耳が痛いわ

成瀬 すいませんちょっと、急に声掛けられたから

坂和 それは私もよ

成瀬 隣、座ってもいいですか

坂和 えぇ、かまわないわ。あなた新幹線でもちゃんと椅子倒す時言うタイプの人ね

成瀬 まぁ、普通そうじゃないですか

坂和 全然無言でやる人もいるわよ

成瀬 そういう人は苦手です

坂和 私もよ。それにしてもさっきはごめんね。びっくりさせようと思って話しかけたわけじゃないわ。私、坂和っていうの 

成瀬 …坂和、さん。そうですか、僕は成瀬です

坂和 噓よ

成瀬 …え? 噓なんてついてませんよ

坂和 本当はあなたが鼻息荒くして私の顔をのぞき見ていたから、びっくりさせてやろうって意気込んでたの。

成瀬 そっちかい。え、そんな、僕そんな鼻息荒かったですか…

坂和 噓よ

成瀬 また噓…もう、なんなんですか

坂和 あなた面白い人ね、見た感じ、あなた、とても若そうに見えるけど。、どうしてここにきたの?

成瀬 そ、それは

坂和 …記憶にない?

成瀬 …はい

坂和 …やっぱり

成瀬 やっぱり?

坂和 いや、なんでもないわ

成瀬 なにか、知っているんじゃないんですか?

坂和 えぇ、本当はこの世のすべてのことを知っているわ

成瀬 何言ってるんですか

坂和 本当のことよ

成瀬 んなわけねぇだろ

坂和 んなわけねぇだろ?

成瀬 すいません、つい癖で…

坂和 ていうか

成瀬 ていうか?

坂和 あなたおひとり?

成瀬 …あぁ、一人です

坂和 噓よね

成瀬 …二人で来ました。なんで、そんなこと知ってるんですか

坂和 感覚派なの

成瀬 すごいですね

坂和 それほどでもぉ

成瀬 …まぁいいや。来たというか、正確にはたどり着いたんです

坂和 たどり着いた?

成瀬 はい、目が覚めたら筏の上にいて

坂和 筏…

成瀬 筏の上にもう一人、照井っていう女が

坂和 あら、あなたは女性のことを女っていうのね、今はそういう時代なのに

成瀬 …女は女、男は男でしょう

坂和 そうね、でも品にかけるわ

成瀬 まぁいいや、んで

坂和 んで?

成瀬 筏のとこに照井を置いてきていて

坂和 置いてきていて、ね。女性を物扱いするのね

成瀬 あの

坂和 なに?

成瀬 人の話の腰を折ってまでする話をしてもいいのが許されるのは、大学生の飲み会までですよ

坂和 あれ、絶対おもんないわよね

成瀬 しかも、そういうやつに限って自分が話の中心になろうとする

坂和 絶対おもんないのにね

成瀬 大体趣味はギャンブルか古着屋巡りなんだよ

坂和 クズな自分に酔ってる年頃よね

成瀬 そういうやつらって、大体インスタうるさいし

坂和 ミュートするのに限るわね

成瀬 んで大体そういうやつらの近くにいる女って貞操観念もゆるいんだよなぁ

坂和 クズな自分に酔ってる年頃よね

成瀬 …はぁ

坂和 …すっきりした?

成瀬 あ、ああ、まぁ、少しは。ここまで来るの、怖かったんですけど、何か、和らぎました

坂和 そう、ならよかったわ

成瀬 そうだ、照井に伝えてこないと

坂和 照井? あら、例のお嬢さんね、なんて伝えてくるの?

成瀬 えっと、ここには人もいて、でも怖い人じゃない、と

坂和 そう、あら、その必要はないみたいよ

成瀬 なぜ?

坂和 ほら、噂をすれば

成瀬 …(坂和が向いている方向を向く)

坂和 …

成瀬 …

坂和 言ってみたかっただけよ

成瀬 冗談じゃない


暗転。

Act 4 探し物

明転。照井は筏の上で寝ている。


照井 …ふわぁ、よく寝た。多分五分以上寝たわね。まぁ、何も起きてないってことは大丈夫だってことだから、その分多く寝れてラッキーね

照井 さてと、あの冴えない男の命令を聞くのも癪だけど、漕ぐやつさがしますかぁ

新田 …おお、おお?

照井 やばい、死ぬ、え、うそ、私死んじゃう

新田 とって食おうとしてるわけじゃない。安心してくれ

照井 ほ、ほんとに? あなた食人族なんじゃないの?

新田 だったらどうする

照井 きゃああああ

新田 ああうるさいうるさい、ほんのアイスブレイク! 冗談! ただ、ここら辺で話し声が聞こえたからな

照井 …

新田 …

照井 …

新田 急に黙るなよ、寂しくなっちゃうだろ

照井 あなた、誰?

新田 新田だ、新田

照井 へぇ、私はクリスティーナ

新田 んなわけあるか

照井 なんで、外国籍かもしれないじゃない

新田 もしかして、外国籍なのか

照井 違うわ

新田 違うのかよ

照井 初対面の人に名前なんて教えるわけないじゃない

新田 じゃあ何て呼べばいいんだよ、少女とか?

照井 きんも

新田 ひっど

照井 まぁ、いいわ、新田…おじさんは何でここに?

新田 言い直すなよ。とある人に行けと言われてな

照井 とある人?

新田 そうそう、坂和っていう…

照井 ちくわ?

新田 さ・か・わ!

照井 ああ、坂和さんね

新田 そう、そいつが二人いるから見てこいって…でも、結局一人じゃねぇか

照井 …すれ違わなかったんだ

新田 ん? すれ違い?

照井 いや、なんでもない

新田 まぁ、いいや、お前も乗りに来たんだろ?

照井 乗りに? 何に? 私たちは筏で…あ

新田 私たち? やっぱり二人できたのか

照井 …だとしたらどうするのよ、とって食おうっていうの!?

新田 まてまて、とりあえず、来るだろお前も

照井 どこによ…

新田 どこって、あの場所だって

照井 だからどこよ

新田 あの場所だって

照井 …はぁ?

新田 あの場所はあの場所、公園は公園であるように、そういうものだと認識してくれ

照井 えぇ

新田 いいから、もしかしたらあんたの付き人もいるかもしれないぞ

照井 確かに…あ

新田 引っ掛かりやすい性格してるな。やっぱり二人か

照井 …

新田 悪い悪い、それじゃ行こう

照井 いやよ

新田 …なんで?

照井 だってあいつ、戻ってくるって言ってたもん

新田 あいつ、そいつが二人目だな

照井 私、待ってなくちゃいけないの

新田 そうか、でももう

照井 もう?

新田 …もう時間がないんだ

照井 時間? まだこんな昼間なのよ? あのでっかい日が落ちるまで、最低でも四時間は必要でしょう

新田 ちがうそうじゃない、来るんだよ

照井 …なにが?

新田 あの場所に、来るんだ

照井 なにが来るのよ

新田 それはお楽しみ

照井 あー、もう気になる!

新田 でしょ? 一緒に行こうよ

照井 えー、成瀬もいるのかな

新田 …成瀬、それは一緒にいた子かな?

照井 えぇ、そうよ。もうあなたに隠しても無駄ね

新田 多分、もう着いてそうだね

照井 え? どういうこと?

新田 だって、あの場所まで特に寄り道しなければ、一本道だからね

照井 ええ!?

新田 びっくりしたぁ、え、どうしたの?

照井 いや、もし、あなたの話が本当ならすぐに帰ってきてもおかしくないでしょ、だって一本道なんだから…もしかしてその、あの場所ってところに女の人がいたり…?

新田 …する

照井 坂和さんって、女性?

新田 …あぁ

照井 そういうことね。口説かれて満更でもない表情でその場にとどまってるに違いないわ

新田 もしかしたらな

照井 はぁ、私の睡眠時間返しなさいよ

新田 …

照井 よっこいしょっと。じゃあ私をその場に連れて行きなさい

新田 あぁ、わかった

照井 あとさ

新田 はい

照井 一本道だったのになんですれ違わなかったの?

新田 …

照井 あなた、噓ついてるでしょ

新田 …君は勘がいいな

照井 あなたの目的は何?

新田 ただの審判さ、ただ、俺にはできない選択を君たちにしてもらう

照井 …

新田 どうした? 行きたくなくなったか?

照井 いーや。ただ、その選択を、成瀬にもするの?

新田 成瀬? ああ、その子か。どちらかというと二人でしてもらう

照井 二人で…

新田 そう。あれ、どこまで言ってよかったんだっけ…まぁ、もういいか

照井 それはさ

新田 あぁ

照井 どっちか死ぬの?

新田 …それ以上は言えない

照井 絶対死ぬじゃん!

新田 どうかな

照井 …覚悟、決まったわ

新田 そうか

照井 じゃあ、連れてって

新田 あぁ

照井 あ、ねぇ

新田 どうした

照井 一応武器とか持って行っても

新田 ダメ

照井 ですよね


新田、照井はける。暗転。


Act 5選択の時間


明転。ベンチに坂和と成瀬が座っている。 


坂和 それでさぁ

成瀬 はいはい、わかりますよ、僕にもねぇ

坂和 あはは…あ、見て、来たみたい

成瀬 もう騙されませんよ


新田と照井がやってくる


成瀬 あ、照井! (立ち上げる成瀬)

照井 いた、成瀬!


照井は成瀬にラリアットをくらわせる。


成瀬 ぐはぁ!

照井 もう! 女の子一人を筏に残して、自分はこの人と楽しくおしゃべりですか!?

坂和 品がある女の子ね、それにど正論を吐けるんなんて、将来有望ね

照井 えへへ

成瀬 おい無視すんな! 筏の方に行かなかったのは、この人が行かなくてもいいって言ったから

坂和 …さぁ

照井 噓つかないでよ!

成瀬 しらばっくれやがって! 噓じゃない! そんでその人は誰?

新田 新田です

成瀬 誰だよ!

照井 新田さんだって

成瀬 俺初対面! 

新田 君が成瀬君ね

成瀬 え、なんで知ってるの!?

照井 私が教えた

成瀬 ころころ教えやがって

照井 えへへ

成瀬 ほめてねぇよ。今更だけどなんでラリアットしたの?

照井 普通に置いてけぼりにしたから

成瀬 それはごめんじゃん

坂和 あら、あなた最低ね。女の子を海に置いてけぼりにするなんて

成瀬 好き放題言いやがって…

新田 まぁまぁ、みんなとりあえず、座って話そう


みんなでベンチに座る。成瀬と照井は口パクで会話している。


新田 あれ、坂和、成瀬君に話してなかったの?

坂和 えぇ

新田 はぁ、まったく、二度同じ説明しなきゃいけないじゃん

坂和 ちょっと話が盛り上がっただけよ

新田 結構時間あったろ

坂和 ほら、好きな人といると、一分が六十秒に感じることがあるでしょ

新田 変わってねぇよ

坂和 冗談よ、好きな人といると時間が短く感じることがあるでしょう

新田 相対性理論な

坂和 そう、あなたといると一日が一週間に感じるの

新田 すごい嫌われてない俺?

坂和 噓よ、一時間が六十一分に感じてるわ

新田 まだほんのり嫌われてるな

坂和 ほんとは大好きよ

新田 だから一緒にいるんだろ


新田と坂和が口パクで会話する。


成瀬 え、中学生のステータスメッセージ見せられた気分なんだけど

照井 まぁ、見た目のわりに中学生みたいな会話してたわね

成瀬 サイゼリヤでも許されないからね

照井 サイゼリヤといえば、辛味チキンの骨を抜く食べ方知ってる?

成瀬 フォークを使うやつだろ

照井 あれ、知ってるの?

成瀬 元カノとの思い出がフラッシュバックして死ぬからやめてくれ

照井 元カノ? 何言ってんの?

成瀬 あれ、なんで、こんな記憶残ってるんだ

照井 変なの。私も何かないかなぁ。何か青春みたいな言葉頂戴よ

成瀬 えーとじゃあ、花火大会

照井 うーん、あ、思い出した。浴衣を着てさ、彼氏と花火大会に行ったの。かき氷を買ったんだけど、花火見ながら食べてたら、彼の甚平にかかっちゃって、少し身長の高い彼が笑って許してくれたんだけど、その瞬間にパっと咲いた花火が忘れられないの

成瀬 …噓じゃん

照井 バレた?

成瀬 よくそんな恋愛経験のないやつの理想みたいな話出せるな。SNSに死ぬほど転がってるよ。なんだよ、パッと咲いた花火って、下からも横からも横から見てるんじゃないんだからさ

照井 そうそう、結局造花なのよ。作られた花なの。でもあるでしょうね、実際に

成瀬 そうだよな、あるんだよな世の中には。まじで幸せな奴ってネットとかに書き込まねぇもんな

照井 なに、悲しくなってんのよ

成瀬 …どうでもいいよこんな話。はぁ、これから一体どうなるんだろう

照井 …ね

成瀬 なんだ、その間の悪い相槌

照井 そんなことないわよ、あんたの口が臭いだけ

成瀬 え、あ、ごめん

照井 噓よ。

成瀬 女子からの口臭いは男子を三日寝込ませることできるんだぞ。気をつけろよまじで

照井 ごめんじゃん

成瀬 はぁ

照井 もし、どっちか死ぬとしたらどうする

成瀬 …知ってても、もう少しマシな言い方あるだろ。…てか、死ぬの!?

照井 うん…

成瀬 え、ガチ?

照井 うん、まじ

成瀬 そんな話きいてないよ…

照井 ドンマイ

成瀬 ぶっとばすぞ。え、なんで、死ぬの?

照井 私もよくわかってない

成瀬 なんなんだよ

照井 でも、何かがここ来くるんだって

成瀬 何か? ああ、あれが来るんだろ?

照井 え、知ってるの?

成瀬 知ってるのってお前…

照井 ねぇ、もったいぶらいないでよ

成瀬 いや、だってここ、バス停だろ?

照井 え?


暗転。


Act 6 審判


明転。


坂和 …もうすぐ来るわ

照井 バスがですか?

坂和 ええ、勘がいいわね

照井 だって、ここはバス停だって

新田 ああ、そういえば言ってなかったな

照井 あんなに伏せるから…

新田 ドッキリだドッキリ

成瀬 あの…

新田 ん?

成瀬 単刀直入に聞きますけど、どちらかが死ぬんですか?

坂和 …なぜ?

成瀬 照井から聞きました

坂和 …ええ、そういうことになるわ。心苦しいけどね

新田 …申し訳ないな、できることなら、二人とも連れて行きたかったけどな

坂和 仕方ないのこればっかりは…

照井 ちょっと、どういうことなんですか

新田 ごめんね

成瀬 ごめんねって、…ん、仕方のないこと?

新田 あぁ…

照井 …ねぇ

成瀬 ちょっとまって、なんだこの違和感…

照井 …え?

成瀬 そもそもおかしいって思ってたんだ、なんだよ、筏に乗って島に漂着して、そんで、どちらかが死ぬ?決まっていたように? 仕方のないこと? そして残ってるのは、筏に上で目覚める前の記憶。もしかして、前世の記憶か? じゃあここは…

照井 ちょっと、ちょっと、どういうこと?

成瀬 黙って、俺についてきてくれ

坂和 …二人とも、ほら、来たわよ


SE:バスの音が聞こえ、目の前で止まる。


新田 ほら、どちらかが乗るんだ

成瀬 …そういうことか! 俺たちはこのバスに乗らない!

新田 なぜ?

成瀬 そもそも、ここって、母体の中だろ。そこで、どちらか二人を堕ろす。ここでは、乗るだけどな

照井 ねぇ、頭おかしくなっちゃったの?

坂和 何を言ってるかさっぱり

新田 君の想像力はすごいけど、現実だよ

成瀬 いいや違うな、メタファーにしては少し解像度が粗い。なぁ、照井、お前には、このベンチ、何色に見える?

照井 え、赤色、じゃないの?

成瀬 俺には黄色に見える。お前にはこの時間表、バス停看板が見えないんだろ?

照井 バス停看板表? うん見えない、ただのベンチがあるだけじゃないの?

成瀬 やっぱりな。これは、生きてた記憶から抽出された幻で、共通の世界観を生み出している

照井 え、え? じゃあやっぱり、私たちもう死んでるってこと…

成瀬 あぁ、そしてここは、多分、坂和さん、あんたの腹の中だ

坂和 …なにいってるのよ

新田 死にたくないから、今更狂人ぶっているのかい?

成瀬 堕ろされてたまるか! 俺たちは乗ってやる。いくぞ、照井!

照井 え、あ、うん!


   照井と成瀬がはける。


新田 まて!


新田が追う。ベンチに座っている坂和。


坂和 勘のいい子供たちね…ごめんなさい、運転手さん。先に行っていいわ。ええ、危険? もう承知の上よ、私が頑張ればいいの。夫は死ぬかもしれないって心配してた? 当り前じゃない。命を産むんだから、多少のリスクはないと。命って、やっぱり尊いのよ


暗転。


Act 7 筏の上


明転。奥の筏がある舞台。


照井 はぁ、はぁ、ここまで走って来たけど

成瀬 くそ、ほら、急いで筏に乗ってこの島から出るぞ! 

照井 うん…おーけー、乗ったよ

成瀬 まて、くそ、畜生、くそ! くそ!

照井 もう、どうしたのよ! 

成瀬 一人がこの筏を押さないと、出れない…

照井 うそ…

新田 まぁぁてぇぇ!

成瀬 はぁ、来ちまったか

新田 なぁ、考え直してくれ!

成瀬 いやだ

新田 早いって、なぁ頼むよ。坂和さんが、瞳が…

成瀬 瞳さんっていうのか、あの人。でも、俺達も命だ。死ぬわけにはいかない。あんたらの判断でな

新田 君たちの判断で瞳が死ぬとしてもか!

成瀬 …

新田 俺だって、いやだよ! やっとの思いで子宝に恵まれたんだ。だがな、産むには母体へ大きなリスクが伴うって医者が言うんだ…

照井 それは…

成瀬 …

新田 頼む、戻ってきてくれないか

成瀬 すまないな。俺達は生きたい。また人間になりたいんだ。前世の記憶があるってことは、俺たちには魂があった。そして、運よく命の器が見つかったってことだろう。俺はそんな神様の選択を尊重したい。あんたの選択で、貴重で尊いこの命を、無駄にはできない

照井 そうよ、私だって、こんな所で死ねないわ!

新田 君たちは…っく、わかった。わかったよ。賭けてみる。坂和とも、いや、瞳とも話してみるよ、きっとわかってくれる。ほら、乗ってくれ、俺が押す

成瀬 …いいのか?

新田 あぁ、生まれてくる命に、そんな選択はあまりにも冷酷すぎる

成瀬 …ありがとう、父さん

照井 …ありがとうね、お父さん

新田 ふはは、今度は産まれた後に、その言葉を言ってやってくれ

照井 …うん!

成瀬 …もちろん!

新田 …いい子だ、それじゃあ、またあとで


暗転。


明転。筏の上にて、照井と成瀬のみ。


照井 ねぇ

成瀬 なに?

照井 私たち、兄弟ってこと?

成瀬 …かもな

照井 ええ、いやよ

成瀬 …どうして?

照井 だって、前世、私たち恋人だったでしょ

成瀬 なんでそう思うんだよ

照井 辛味チキンの話、あの骨抜くやつ教えたの私だもん

成瀬 なんだ、思い出したのか

照井 ええ! 気づいてたんじゃん!

成瀬 そりゃ気づくだろ! 

照井 え、まさか、最初から?

成瀬 いや、徐々に記憶がよみがえってきて、試しにカマかけたら…

照井 はぁ、私ってほんとに引っ掛かりやすいわね

成瀬 照井はそのまんまでいいよ

照井 何よ急に

成瀬 いや、思い出したんだよ。あの日の花火大会のこと

照井 …

成瀬 甚平にこぼしたのはフランクフルトのケチャップだけどな

照井 めっちゃ覚えてるのね

成瀬 その後さ、カラオケ歌ってたら終電逃しちゃって、二人コンビニでお酒買ってさ、縁石に座って雑談したじゃん?

照井 大学生みたいな恋愛してるじゃん

成瀬 俺達大学生だったんだよ

照井 そっか

成瀬 そうそう、んでその帰り道、車に轢かれて…うう、頭いてぇ

照井 そうだったっけ

成瀬 そうだったんだよ

照井 そっか、じゃあやっぱり、私、あんたと付き合ってんだ

成瀬 …あぁ

照井 じゃあ、いやよ

成瀬 なにが?

照井 兄弟になるのが! 

成瀬 そうか?

照井 だったら、生まれ変わって。また、別の形で出会って付き合いたかった…

成瀬 まぁいいじゃん。俺は死ぬ前に、ずっと一緒になりたいって強く願ったんだ。だから叶いそうでうれしい

照井 ふーん…

成瀬 なに照れてんだよ

照井 …なんでもないわ

成瀬 うわ揺れる…

照井 …多分産まれたら、この記憶もなくなっちゃうんでしょ

成瀬 …そうだな

照井 そっか、じゃあ兄弟になってもよろしくね

成瀬 あぁ、よろしく… お、急に波が荒くなったぞ…しっかり筏に掴まってろ

照井 うん!

暗転。


Act 8 答え合わせ


筏の上で起き上がる成瀬と照井。


成瀬 んん…

照井 んん…

新田 大丈夫ですか!?

成瀬 あれ、ここは…ベッド…病院?

照井 …どういうこと?

新田 もしかして、成瀬君と照井ちゃん?

照井 え、もしかして、新田さん?

成瀬 なんで…坂和さんは!?

新田 安心してください、無事二人の赤ちゃんを出産したところです

照井 よっったぁ…

成瀬 よかったぁ…

照井 じゃあ、一体今までの記憶は…

新田 ええ、その件について医者に聞いてみたんです。四人とも共通の意識で夢みたいなものを見たって

成瀬 …なんて言ってたんですか

新田 お医者さんの見解はこう。人は命の瀬戸際になったとき、助かろうと近くの人間とコミュニケーションを取ろうとする、それが今回の夢につながった、と。それがさっきの夢のような何かだったんでしょう

成瀬 なるほど。たまたま、ベッドが隣だったんですね

照井 でも、新田さんは、なんで、無傷なのに…

新田 ああ、私は妻の声が怖すぎて気絶したんです

成瀬 なんだそれ

新田 あはは


SE:電話の音


新田 あ、すいません、ちょっと電話が…ではまた

成瀬 あ、はい

照井 またお話しましょう

新田 はい、瞳とも話してあげてください

成瀬 もちろん


新田がはける。


照井 ねぇ

成瀬 なに?

照井 結婚しよ

成瀬 早いって、まだ俺たち学生だぞ。あ、窓から花火見える

照井 え


SE:花火の音


照井 ほんとだ綺麗だね

成瀬 横から見たの初めて。丸一日寝てたんだ

照井 確か花火大会って、三日間やってるよね

成瀬 そうだね

照井 …明日も見に行こうよ

成瀬 いいよ。何回でも


暗転。 終。

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