神社の思い出

今日、私が最初に向かったのは、家から少し離れた古い神社だった。飼い主に抱かれながら、懐かしい道をゆっくりと進む。この道は若い頃、私が一人で探検した思い出の小道。自由に外を歩き回れたあの頃、好奇心に導かれるままに駆け抜けたこの道には、数えきれないほどの思い出が埋め込まれている。


やがて朱色の鳥居が視界に入ってきた。長い年月を経た鳥居は、何十年もの風雨に耐えてきた証。木目が少し剥げ、色も褪せているけれど、その姿にはどこか懐かしい安心感がある。飼い主は私をそっと地面に下ろし、「ここに来たかったのね」と優しく微笑んだ。私はゆっくりと鳥居の方へ歩み出した。


神社の境内に入ると、深い静寂が私を優しく包み込む。訪れる人はほとんどおらず、風に揺れる木々の囁きだけが耳に届く。この清らかな静けさは、昔から少しも変わっていない。私は足元の苔むした石畳を踏みしめながら、若かった頃ここで過ごした輝くような時間を思い出していた。


あの頃、この神社は私にとって格好の冒険の場だった。小鳥や小動物が集まり、私は茂みに身を潜めて獲物を見定めた。実際に捕まえることはほとんどなかったけれど、その一瞬一瞬の緊張と高揚が何よりも楽しかった。それは猫としての本能に従った、純粋な喜びの時間だった。


境内の隅には古い石のベンチがある。その下の空間は雨の日の私の隠れ家だった。一度、突然の大雨に降られた時、このベンチの下で震えながら一晩を過ごしたことがある。その時の冷たい雨の音や湿った土の匂いは、今でも心に鮮明に残っている。夜が明けた時、心配で目を真っ赤にした飼い主がこの場所で私を見つけ、抱きしめてくれた温もりも忘れられない。


私はそのベンチへゆっくりと近づき、その下をじっと見つめた。不思議なことに、あの日と同じような湿った土の香りが鼻先に蘇る。飼い主も同じ記憶を思い出したのか、「あの時は本当に心配したわ。もう二度とこんな思いはしたくないって思ったの」と静かに語りかけた。その声には深い愛情と懐かしさが溶け合っていた。


ベンチから少し歩いたところには神社の社務所がある。古い木造の建物には広々とした縁側があり、ここもまた私の特別な場所だった。若い頃、私はこの縁側で日向ぼっこをするのが何よりも好きだった。温かな日差しを全身で浴びながら、目を細め、うとうとと居眠りする時間。それは世界の全てを忘れ、ただ存在することだけを許される至福の時間だった。


飼い主は私をそっと抱き上げて縁側まで連れて行ってくれた。「ここも覚えてる?よく日向ぼっこしていたわよね」と彼女は優しく言った。私は縁側にそっと降ろしてもらい、慣れた場所であるかのように歩み寄った。木の板は日差しを浴びて心地よい温かさを保ち、かすかに木の香りがする。私はその場所に座り込み、太陽の光を感じた。昔と変わらぬ温もりが私の古い体を包み込む。飼い主も隣に座り、そっと私の背中を撫でる。その手の温もりと木漏れ日の優しさに包まれていると、過去と現在が溶け合うような不思議な感覚になった。


さらに奥へと足を進めると、境内の中心に立つ大きな御神木が姿を現した。この木は神社の守り神であり、何百年もの時を超えてここに根を張っている。その幹は太く力強く、枝葉は天空へと広がり、訪れる者を見守るように立っていた。この木にも忘れられない思い出がある。好奇心いっぱいだった若い日、一度この木に登ろうとして途中まで登ったものの、急に恐怖に襲われて降りられなくなったことがあった。その時、私の必死の鳴き声を聞いた年老いた神主さんが木に登って、私を安全に地上へと連れ戻してくれた。


御神木の前で飼い主は私を優しく地面に下ろし、「ここでも色々やらかしたわよね。神主さんにはさんざん迷惑をかけたわ」と懐かしそうに微笑んだ。その声には溢れんばかりの愛情と、共に過ごした日々への感謝が込められていた。私は木の周りをゆっくりと歩き、その大きな幹へ鼻先を近づけてみた。木から漂う匂いには、湿った土や木の樹液、そして何よりも長い年月そのものの豊かな香りが混ざっていて、それだけで心が満たされる感覚があった。


突然、頭上から小さな物音が聞こえた。見上げると、一匹のリスが枝から枝へと軽やかに飛び移っていた。その素早く優美な動きに見入る。若かった頃なら、すぐさま反応して追いかけていただろう。でも今は、ただ見上げるだけで十分に幸せだった。そのリスもまた好奇心いっぱいの瞳で私を見下ろし、お互いの視線が一瞬交わった後、木々の間に姿を消していった。


神社で過ごす時間は、まるで別世界のようにゆっくりと流れていた。私は境内のあちこちを歩き回りながら、一つ一つの場所に刻まれた記憶の欠片を拾い集めるような気持ちだった。そして疲れを感じる度に、飼い主は気づいたように私を抱き上げてくれる。その腕の中はいつも変わらず、この世界で最も暖かく安心できる場所だった。


神社を後にする頃には、空が少し明るくなり始めていた。雲間から漏れる柔らかな日差しが私たちを優しく包み込み、その温もりが体の隅々まで広がっていくのを感じた。「次はどこに行きたい?まだ元気?」飼い主がそう尋ねる声には、心配と期待と深い愛情が混ざり合っていた。


私は彼女を見上げ、小さく返事をするように鳴いた。そう、まだ訪れたい場所がある。この古い体に残された時間で、もう一度見ておきたい景色がある。そして私たちは、新しい思い出と古い記憶が交差する旅路を、ゆっくりと歩き始めた。

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