どうしてそこに関税が

かたなかひろしげ

関税をかけよう

 「我が社も流行りに乗って、関税をかけてみようと思う!」


 また我が社の部長がおかしなことを言いはじめた。常々、とんでもない思い付きを実現させる行動力の人ではあるのだが、流石に今日のそれは、群を抜いておかしい。


 バリエーションが大事。常々、会社が言い続けている売り文句だが、どう考えてもこれはそういう話じゃない。


「わが社の今季の売り上げはいまいちだが、それは不公平が発生しているからに違いない。弊社でお昼に頼んでいる仕出し弁当、あれに関税をかけようと思うのだがどうだろう。Yes We Can!」


 いや、関税って国がかけるものだろ。うちは地方の零細企業で、そんな治外法権みたいなことしていいの? しかも最後のはオバマのセリフじゃないのか。話が無茶すぎてツッコミが追い付かん。


「え、それって、私たちが500円の弁当に550円払うことになるんですよね。そんなの嫌ですよ。例えば関税がかけられたとして、その結果、社内で仕出し弁当を外から頼まなくなったとしても、社内で弁当は作るようにならないし、そもそも社内では弁当作れないですよ部長。」


 こうして部長がおかしなことを言い始めた時の、最初のストッパー役は何を隠そういつも俺だ。

 多くの場合、普通の人であれば思い付いたアイデアがあったとしても、それが本当に実現可能か否かを軽く考えてから、口にするものだ。だが、この人の場合はそういうフィルターが皆無なのだ。なんなら、エフェクターがかかった状態で口から出てくる。BOSSだけに。


「そもそも社内で弁当作るようになって、会社にどんな利益があるっていうんですか正気になってください、部長」


 「いやいや、君、もちろん弁当は社内で作られても困る。実は社食の売り上げが下がっているのだよ、このままでは維持できん。弁当が値上げすれば社食の売上も伸びるし、これは会社としては良い話やぞ」


 社食。と聞いて、俺の積もりに積もっていた不満が火を噴いた。


 「いやいや、"実は" って秘密っぽく話して頂かなくても大丈夫ですよ。

 社員みんな知ってる話です。だってウチの社食って、この10年間、毎日同じメニューなんすよ。あれ、毎日食べろってのが無理がありますって。

 せめて日替わりとかにならないですかね。そもそも定食名の母さんの定食、って社長のご母堂の味なんですよね。あれが美味しくないわけではないですけど、流石にあれ一本鎗では飽きますよ。

 そもそも社長ご自身が、社食で見かけたことないですけど、あれ食べてます? あ、部長は毎日食べてるのは知ってます。」


 ───などという、俺と部長のいつもの無駄話の光景が繰り広げられた数日後、まさかと思ってはいたが、本当に我が社に関税が実施された。されてしまった。んな馬鹿な。


 仕出し弁当は50円値上がりされ、弁当ごみを事業ごみとして処分する際の費用に使われるらしい。仕出し弁当、500円というワンコインで頑張ってくれていたのに、弁当屋さんの企業努力、台無しである。


 しかし話はそれだけに留まらず、それから程なく、社内に更なる激震が走った。


 総務の若い子が、何故か俺の机の前までやってきて騒いでいる。

 いや、君、それわざとだよね。部長に聞こえるようにわざわざ俺の席の前にきて言ってるよね。


 「大変です。相手国に対抗措置として関税をかけられました。仕出し弁当が100円値上がりしてます。今日から600円です。」


 「いやいや、それは昨今の物価高が原因だろ。そもそも相手国ってなんだ、相手は仕出し屋だろ。って、関税ってのは買う側がかけるものだ。そういうのはただの "値上げ" 」

 

 ああ、どいつもこいつも、ツッコミが追い付かないポンコツ連中ばかりだな、この会社。それにしても、関税かかって弁当が660円かー。もう昼飯は外に喰いに行くかな。


 「部長、正直に答えてください。もしかしてこれって、そもそも弁当の値段があがっただけの話じゃないんですか?」


 部長はバツの悪そうな顔して、渋々と話し始めた。


 「せやな、最近の米の値段の上昇に耐えられなくなってきたらしくて、弁当代を値上げしたい、それと今まで無料だった配達料も取らせて欲しいって、相談されてな。

 でも社食もあるから弁当が値上がりすると、売れなくなるんじゃないか、って弁当屋も言うんや。


 でも弁当屋には、『いやぁ、実は社食もびっくりするほど人気ないんや、弁当値上げしても全然平気やでー』とは流石に言えないやろ。


 知ってるとは思うが実は社食の方もいま、赤字続きでな。でも弁当上げたからいうて、みんな社食食べるか? 食べんやろ。言うて毎日食べてるの俺だけやし。わはははは。」


 無理をごまかすように部長は大笑いしている。厄介なことに、こういう時の部長は俺でも手が付けられない。


 「実はな、最近、物価高のおかげで社食の食材の値段もあがってるのや。せやから弁当の値段上げるんやったら、併せて社食の値段も上げたい。

 弁当上げて、社食も上げる。で、これから弁当には配送料もかかる、と。そしたら配達料ぐらいは福利厚生として社で負担してやりたいとこやが、そうすると外で定食喰っとる連中から不公平やと不満が出る。」


 何かまた嫌な予感がする方向に部長が話を進めている。なにせ、厄介なことにこの人は、根はとことん善性なのだ、───ただそのやり方にちょっと癖が強いだけで。


 「そこでや、俺の茶色の脳細胞がぴっかーんと閃いてな、配送料分の値上げを関税という話にすることにしたんや。これでウチの社員達からの弁当屋の心象も悪くならないやろ。取った関税の使い道は、いつも弁当食べてる人の事業ごみの処分費にあてるとか、適当な理由があればええ。」


 たまらず俺も会話に横槍を入れる。あとその茶色の脳細胞、絶対それ、揚げ物とかで茶色く染まってるからだと思いますよ。どこかの名探偵とかと一緒にしないでください。


 「な、なんで毎回、そんな変なことを思いつくんですか、普通に値上げすればいいのに……弁当のごみの処分費なんてそれこそゴミみたいな金額しかかかってないですよね。

 総務のGODお局様に絶対バレますって、それ!

 バレたらまた二人で、フロアの冷たい床で重たい抱き石抱えさせられたまま30分お説教聞かされるの、俺もなんですから、少しは考えてくださいよ。」


 あのお説教は辛かった。正論だけで30分詰められるのは実に辛い。

 ここはこのまま畳み掛けよう。


 「俺もそんな話聞いたら、これ以上、なにも言えないじゃないですか。なんでいつも部長は……そうやって、好んで悪者のイメージかぶろうとするんですか。

 うーん、もうわかりました。それならそれで社食のメニューが、ホルモン焼き定食しかないの、まずは改善しましょう。どこの世界の社食でも、昼からモツ焼きしかでてこない社食はないですよ。バリエーション豊富、これが我が社のモットーですよね。」


 部長は俺の指摘に納得したような、したり顔で。


 「それでな、シマチョウ定食だけじゃなくて、ハラミ定食も始めようと思うんや。」



 ───バリエーションという言葉の意味を、今一度、この部長には念入りに説く必要がありそうである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

どうしてそこに関税が かたなかひろしげ @yabuisya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画