きみはいましあわせですか?

奈月沙耶

episode8

「って、渾身の手紙と離婚届を残して、親友はいなくなったんです」

「ドラマティック~」

「残された男友だちの方は大泣きしてタイヘンでした」

「軽そうにしてても繊細な子なんだろうねぇ」

「すぐに浮気相手の女の子とくっついたわけですけど」

「ほうほう」

「またすぐ別れました」

「だろうね!」

「親友の方も親友の方で、再婚しました、赤ちゃんが生まれますって連絡がきて。先週、出産祝いを渡しに行ったんですよ。赤ちゃんかわいかったです」

「その子がすくすくと育ちますように」

 あゆみさんはきゃらきゃら笑って、大きなお玉と一緒に自分の両手をぬぐった。

 私も最後の寸胴鍋を洗い終えて手をふく。

 地元の地区センターの調理室。無料配達のお弁当の調理ボランティアに参加するようになって数週間たつ。

 仕事以外になにかしたいなって考え、料理教室にでも……って調べたときに調理スタッフの募集を見つけた。手順に添って作業するだけで個人のスキルは必要ないっていうから軽い気持ちで申し込んでみた。

 狭い世界って、りこの手紙にあって、それは私には目からウロコだった。狭い人間関係で終わっていたのは私も同じ。

 だから新しいことを始めたいって思った。

 スケジュールによって入れ替わり立ち代わり一緒に作業するメンバーは、想像通り子育てを終えた母親世代が中心だけど、私と同年代もけっこういたし、学生も数人いた。

 一時間ほど立ちっぱなしの作業は疲れるけれど、黙々と手を動かすことは気分転換になるって気づいた。

 まったく別のコミュニティに参加してリラックスできる自分を発見した。面識のないひとたちの中で、素でいられることが心地よかった。

 あゆみさんは同い年の既婚者で、単純に料理が好きだからってここに来ている。話しやすい人だけど、おしゃべりではない。

 今日は最後の片付けでふたりきりになったから、お騒がせな友人たちのことを話してみた。

「聞けば聞くほど、ちさちゃんはお姉さん体質なのね」

「実際、弟がいますし」

 そのわが弟が、なんと、ぱると付き合い始めた。ふたりが同じ会社で顔見知りだったとは。びっくり。

 恋愛ってほんとわからない。

 そしてつくづく思うのは。

 恋愛って、したい人がすればいいんだよなってこと。

 恋愛したいって準備しているから、出会いがあれば恋がはじまる。

 恋愛なんてしたくないって心が閉じているうちは、秋波もアピールも受け入れられない。その気もないのに恋に落ちるなんてそうそうない。

 願望ないのに流されて先に進んだっていいことなんか絶対にない。

 だから。無理して恋愛することない。これが今の私の結論である。

 恋愛したっていいし、しなくたっていい。そういう自由な気持ちでいたい。まわりの圧とか、ほんといらない。

 帰り支度をして外に出ると、幹線道路に沿って植わっている染井吉野がきれいに咲いていた。お天気の良いあたたかい日の午後、一気に蕾が開いたみたいだった。

 あゆみさんも私も、思わずスマホを取りだす。

 シャッターを押す間にもひらひら花びらがおりてくる。

「わたしねー、こうやって桜が散るのを見ると、問いかけられてる気持ちになるの。きみはしあわせでしたか?って」

「なんかわかります」

 スマホをおろして、私は桜の薄紅色に目を細める。

「区切りの季節に咲く花だからですよね」

 門出の季節を祝って咲き誇り、散り際に問いかけるはなびら。

 きみはしあわせでしたか?

 しあわせですか?

 大切なひとたちに問いかけ、願う。

 きみはいましあわせですか?

 どうか、しあわせでいてください。

 願える自分が、しあわせだから。



     ~おしまい~

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きみはいましあわせですか? 奈月沙耶 @chibi915

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