シャバ蛇尾蛇尾
ハトサンダル
第1話
[めんどくさい]
人生はこの一言に尽きる…幸福な人生という道筋に転がる不要で不快な数々の面倒。労働に運動に苦悩に呼吸…人生そのものもそうだろう。
考えだしたらきりが無い…こんな事ばかり思い付く。人生という概念が
頭によぎった時はいつもそうだ。
(そういや飯食ってないな…)
もはや手足を動かすのも面倒で、布団から這い出て芋虫の様に床を這いずるのも慣れたものだ。
「はぁ〜めんどくせぇ〜」
だが、自分を蝕む怠惰に誘われ力尽きる。いつもの様に溜息を吐き、
口癖を呟いてしまう。
(今日はもう寝よう…食事をするのも面倒だ…)
布団に戻り、眠る…今日は…全…て…面倒…だ…
──────────
今は何時だろうか…少し寝すぎたかな?
「ん?」
目を開き、体を起こすと…体がとても軽い…宙にふわりと浮く程に。
そこは白い壁の病室、鏡も無いのに自分が見える…その体は所々が
変色していた。…それを見て、全てを察してしまう。
「あぁ…そうか、死んだのか。」
怠惰で恐怖を覆っても…死の恐怖はいつも背中に登ってきた。その先があるかどうか、分からないからだ。しかし今…自分はここにいる…
持ち、感情を持つ。ならばそれは生きている事と何が違う?
(まだまだ眠れそうだ…)
安心したのか眠くなる。消える事など思い付かない内に眠ろう…
(熱い…なんなんだ?)
昔…葬式に行った時に、火葬場で燃やした骨を壺に詰めた。きっと
自分もそうなる筈だ。目の前の自分が燃える光景を…先祖達も
見てきたのであろうか?
「あ…ぐぁ……あ………………………」
焼ける痛みと崩れる自分…それは次第に形を失い。思考が闇に落ちる…
─────────────
(う…うぅ…ぁ)
また…目を覚ます…暗く狭いどこか…一片の光すら存在しない籠の中に自分は居た…
(い、生きてるのか…?)
安心も束の間、狭苦しい空間に意識が向く。どろどろとした生ぬるい
液体に包まれた空間だ。しかし、その不快感こそが、己の生を強く
実感させた。
(なんだここは?)
足が何だか変だ。壁に蹴りを入れられない…声が出せない。体中に違和感がある。
しかし.身動きの取れない閉塞感が癪に障る…怠惰を振り切り、何とか起き上がって壁を叩く…
(めんどくせぇけど…生きてるだけ儲けもんか?)
壁は案外と脆く…すぐにヒビが入る…眩い光が天から降り注ぐ…温かな太陽の光に向けて拳を向ける…壁が崩れて外の世界が目に映る。そこは出入り口が滝に隠された薄暗い洞窟の中であった。外に目を向けると
緑生い茂る森の中だ。
(…はぁ〜…生きてる…)
安堵の息を吐く。そして理解する。言葉が話せない。声は出るものの、声帯がおかしくなったのか…?それに、体…特に胸が重たい感じだ…
水面を覗くと、そこには変わり果てた自分が映る…
「クァ!?」
体がまるでターコイズの様な青い体色に変化している。女性らしい
柔らかな肌に揺れる豊満な胸。背中まで届く銀色の長髪。とても長く、真っ青な舌。無くなった男性器。そして…
(これは…蛇か?)
下半身は鱗に覆われた蛇の姿となっていた。尻尾の先は手の様な形に
枝分かれした爪がある。
(ガラガラヘビの妖精にでもなったのかよ…?)
考えるのも億劫になり、思考を放棄して不貞寝してしまう。
自身の生まれた場所は滝の裏に隠れた洞穴だった。外は木々が生い茂る山であり、透き通った綺麗な川が流れている。底が見えるほどに綺麗な川に魚が泳いでいる。中々の立地だが、床は硬い…
──────────────────
「ウゥ〜…」
目が覚める…悪夢の様な世界に…けれどこれは現実なのだろう蜃気楼の様な不明確さはこの世界には無い。
(…腹減ったな)
面倒な考えを忘れるためにも、食料を調達する事にしたのだった。
サバイバルの知識など一切無い自分に食料調達などできるのだろうか。
滝の下に陣取り、狙いを澄ます。そして…魚を尻尾で突き刺す!
すかっ
(…もっかい!)
外れ、外れ、外れ…全く当たらない…!何という素早さ!野生の魚を
舐めていた…どうしたものか…
ベチャッ…
「?」
音のする方を見ると、魚がビチビチと跳ねている…どうやら滝の上から
落ちてきた様だ。
(こりゃツイてるな…)
内臓や鱗を尻尾の爪で取り除き、そこらに落ちている木の棒で何とか
火をつけ、魚を直火で焼いていく。魚の焼ける旨そうな匂いが漂う。
(いただきま〜す)
…味は薄かった。不味くは無かったが、美味い訳でも無い。自然界での
食事としてはマシな部類だろう。
(舌が肥えるってのも考え物だなぁ…)
───────────────────
それからの日々は…今までと特に変わらぬ怠惰な日常が続く。眠り、
起きる。腹が減れば、魚を捕まえて食う。生まれ変わっても、
怠惰な気分は変わらなかった。生まれ変わって、
特別な能力といえるものが一つ見つかった…
「ひゅ…へぶしゅっん!」
くしゃみをした時にその口から炎がぼうっと燃え上がる。
「!?」
(これは…!!)
魚を焼く為に木を擦る必要も無くなった。冬の暖房にも使えるだろう。
口を塞いだ時に火に触れても火傷をしなかった事から、自分には強力な熱への耐性があると考えて間違いないだろう。強い火力があるならば…鉄なども作れるのでは無いだろうか?…製法など全く知らないが。
(どれくらいの熱が出るか試してみるかな…)
何をしても心が躍った少年時代を思い出す。それは怠惰の本能よりも
好奇心が勝る久しぶりの感情だった。
(ここらへんがいいかな?)
山の上では木はあまり生えておらず、波打つ紋様の入った岩肌が山を
覆っている。恐らくここは火山なのだろう。見つかった黒い鉱物を
試しに焼いてみる。鉱石は熱が強まるにつれて赤熱して溶けていく。
熱への耐性のおかげか触れても熱くは無かった。
(これは…武器が作れたり?)
溶かした鉱石を適当な形に手でこねて形成し、鋭い刃の形にしていく。
「ふふーん!」
完成したナイフは無骨だがシンプルな格好良さのあるデザインになり、鞘の内に秘めた黒い刃は心を熱くさせた。だが、役目は魚の調理に
使用する程度だろう…何せ、この鉱石は鋭い斬れ味の代償として
ガラスの様な脆さをしているからだ。
(ま…暇潰しにはなったし、いいか。)
そして…また数日が過ぎる。
────────────────
(…しかし、暇だなぁ…石像作りも飽きたし…ん?)
目線の先にはでかい熊が現れた。どうやら川魚を取りに来たらしい。
目が合うと互いに数秒ほど硬直してしまう。特に自分はここに来てから強い外敵と遭遇する事は無かった。
(や、ヤベ…どうしよ…お?)
「ゥゥ…!?」
熊は動揺している様子だった。恐怖に
(…あれ?)
正直、目が合った時は確かに驚いた…だが、恐怖に震えている様子が
はっきりと分かった。その姿は随分と矮小で脆く見えてしまう…
(案外なんとかなりそうだな…)
蜷局を巻いて、頭上から熊を見下ろす…そして、空気を吸い込み…
[ギィィァ───!!!!!]
絶叫を上げ、威嚇する。歌声の様な高い音が響き渡り、熊は恐れ慄いて
逃げていく。森の鳥たちが一斉に飛び立つ。
「…クケケケ!」
何故だか分からないが、逃げた様子を見てつい笑ってしまう。
まるで自分が怪物になったみたいな気分だった。怠けているだけの
自分を怖がり過ぎだと思うとよりおかしかった。
(何だか…以外と生けていけそうだな。)
この一件から、獣が巣の辺りに寄り付かなくなった…少し前は小動物が近くに来る事もあった。今は鳥の囀りや虫の声は全く聞こえ無い。
静寂に包まれた森は何とも寂しいものである…
───────────────────
「…それが今回の仕事ですか。」
人間の街にて、数人が話している…
「ああ…こんな時期に
「ギルド長も不運でしたね…今は冬眠の時期でも無いし、餌が不作って訳でも無いみたいだし…」
「全くじゃ…ワシの仕事をパーにしよって…!」
「生きてるだけ儲けよ?マークボアの群れに追われた挙げ句
大量のストークグリズリーを相手にしてかすり傷で済んだんだから。
それにこのキュルケ様が居なきゃ早い復帰も出来なかっただろうし。」
「うっさいわ!ワシと同じ立場にいたら同じ事言えんのか!?
そろそろギルド協会の定期報告に行かなきゃならんってのに…!
あいつらのせいで書類全部見直しするんだぞ!?魔物狩るだけで楽に
稼げた昔が恋しいわい!ちきしょう…」
「元気だな、ヴィンテ爺。怪我してたんじゃないのかい?」
「遅刻だぞ?ブルート…ワシは仕事を邪魔されて腹立ってるんだよ!
魔害が発生した
だから書類の仇をとっとくれ…」
「相変わらず運がないな…まぁいい、任せときな!」
続
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