第9話|素直になれない距離感

月曜日の朝。**岩井蓮**は少しだけ早くオフィスにきて、作業をしていた。


フロアに入ってきた**瀬戸さん**を、私は一瞬だけ目で追った。


週末、何をしてたかなんて、聞かなくてもだいたいわかる。


——たぶん、**成海さん**とどこかに行ってた。噂じゃ、神楽坂。


写真好きな瀬戸さんが、前にInstagramで載せてたあの場所。


「ふーん……そうなんだ」


心の中で、誰に聞かれたわけでもない返事を呟く。



午前の進捗ミーティング。


プロジェクト資料を共有すると、瀬戸さんがうなずいてくれる。


「いいね、この構成。かなり分かりやすい」


「……ありがとうございます。あ、でも別に、瀬戸さんに褒められたいからやったわけじゃないですからね」


「知ってるよ。でも、ちゃんと伝えた方がいいと思って」


そんなの、知ってるくせに。


そんなこと、言われたら——意識しちゃうじゃないですか。



昼休み。


私は珍しく、ひとりでコンビニに行った。


いつもなら、先輩や同僚に合わせてランチに出るけど、今日はなんとなく、ひとりになりたかった。


手に取ったのはサラダとおにぎり、あと、プリンとアイスカフェラテ、——。


……この組み合わせ、どこかで見たような。


「ま、別に……たまたま、だし」


誰に聞かれるわけでもない言い訳を口にして、レジへ向かう。



午後、給湯室。


お湯を入れに来たところで、**西園寺アスカ**さんとすれ違う。


「あ、こんにちは〜。蓮ちゃんだよね?瀬戸くんと同じプロジェクトの」


「……はい。岩井です」


「彼、仕事できるよね〜。資料もすっごい見やすいし、しかもちゃんと人の話聞いてくれるし」


「……まあ、そうですね」


「あ、でも蓮ちゃんも結構仲いい感じ?なんか、話してるとき、ちょっと雰囲気違うし〜」


「っ……そういうの、気のせいだと思います」


「そっかそっか〜。なんか、ちょっと微笑ましくてさ。ふふっ」


その笑顔が、妙に胸に引っかかった。


私より、あの人の方がずっと“大人”で、


私より、ずっと“慣れてる”感じで。


そういうの、なんか——ずるい。



夕方。


自分のデスクに戻って、ひとつ深呼吸をする。


気持ちなんて、伝えなくてもいいって思ってた。


どうせ私なんて、ただの後輩だし。


でも、それでも——伝わってほしいと思ってしまう自分がいる。


今日も、瀬戸さんはやさしかった。


それが、うれしいのに、ちょっとだけ悔しかった。



帰り際、メールを打つふりをして、彼の背中を見送る。


「……瀬戸さん、ばか」


心の中でだけ、そうつぶやいて。


私はゆっくり、PCをシャットダウンした。

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