第3話
「いい加減家でじっとしていてくれませんかねぇ王子様」
「嫌だ、俺は絵里香と共にいたい」
「家でいるじゃん」「布団別じゃん」
「当たり前じゃん……って真似しないでよ!」「あははっ、可愛いな愛してる」
いちいち子供みたいな態度で茶化すくせに、突然キザな口説き文句を言ってくるから油断できない。
だから私はそういうのに慣れてないから不意打ちされると胸がドキッてしちゃうんだってば。
人目を確実に引くネイさんと共に街を歩くと必ずしも女性は受け身なだけではないと思い知らされる。
肉食女子って逞しいな、ちょっと見習った方がいいのかな、ともかく私を睨みつけないでよ面倒だな。
どうも自分が注目されるのに慣れ切っているネイさんは周囲なんて気にしない、そのあたりは本当に王子様みたい。
「今日はあのコーヒー店に行かないのか?」「落ち着いて楽しめないから嫌」
「なら図書館は?」「静かな場所が騒がしくなるから嫌」
「なら二人っきりになれる場所に行こう」「嫌」
「どうして?これはデートなのに?」「はぁ?」
互いの認識にズレがあったらしい……が擦り合わせるのも面倒なので放棄した。
ともかく仕事だ!あの私が辞める原因となった元上司を見返してやるんだ!
忘れもしない長年勤めた会社を辞める原因となった新しく赴任してきた元上司。
妻帯者の癖に女癖が悪くて、あげく大人しく泣き寝入りしそうな女だけを的確に狙う……はい狙われました。
酔ったふりして私に介抱させ抱きつかれ、耳元で気持ち悪い愛の言葉を囁かれ押し倒されそうになった。必死で抵抗して脱出した次の日に上司権限で呼び出されたあげく脅された。
誰かに相談しようとしたけれど、昔から私と仲良くなると運の悪さが伝染るから私は仲良しを作ってこなかった。
それが裏目に出て結局私は妻帯者の上司に迫った不倫女のレッテルを貼られてしまう。
抗えば良かった?それは頑張れば報われる人が言える言葉だよ。だって私の不運はどれだけ頑張っても私の努力と無関係に降り注ぐんだもん。
「ほら、暗い顔するな絵里香」
いつしか過去を思い出して険しい顔をしていたらしい。綺麗な深い湖みたいな瞳と目が合う、これカラコンじゃないんだよね。
この人を当てた私は幸運なのか、それとも不幸なのか。
ともかくネイさん自体は記憶がおかしくなってるナンチャッテ王子だけど、この顔だから幸せに生きていけるはずだ。
じぃちゃんは気が済むまでいればいいって言うけれど、本当の家族の元に帰してあげたい。
ちなみに警察は大げさすぎて怖いので、ほら探偵さんとか頼めたらいいんじゃない?
その為にも資金は必要、何より私の未来の為にも早く仕事を探さなければ。
心配してくるネイさんの手を掴んだまま私は近くの公園に辿り着く。ここならば落ち着いて話ができるはずだ。
ベンチに二人して並んで座り絵里香は話を切り出そうとしたのだが、突然ネイさんが立ち上がった。
「どういう事だバンツァー!」
「は?何?」
「父上が拘束されただと……そこまで愚かな弟だったのか」
いきなり劇団ひとりを始めたネイさんにギョッとするが、必死で何かと会話している様子。
そういえば耳に小さな石のピアスつけてたのがチカチカしてる気がするが、それと通話してるらしい。
まあ、はた目から見ても変な人だ……確実にイッてる人。
どうも彼の設定の中では現在、自分がいた国で弟がクーデターを起こして父親を監禁したらしく作りこんでいるなあ。
そんな弟に命を狙われて逃げるついでに運命の番?とやらの私に会いに別世界やって来た。
前にチョロっと聞いたけど、私の存在は以前から知っていてこっそり観察していたからコチラの文化にある程度知識があったらしい。
間違いなくストーカーじゃん !いいの顔だけじゃん !
空を見上げて真剣な顔で一人しゃべっているネイさんは確かにカッコイイんだけど、私はソロリとその場を離れた。
公園の奥にある自販機でまず自分用の紅茶を買い、少し悩んでネイさんが最近ハマっていた緑茶も買ってあげた。
戻ろうとすると、人生で一番再会したくない男と目が合った。
即座に去ろうとしたのだが、相変わらず向こうは目ざとく私を見つけあざ笑いながら声をかけてきた。
「やあ上原さん昼間からいい身分で羨ましいよ」
「そうですね失礼します」
「まあ待てよ、俺はちょうどお得意さんの帰りなんだか一緒に食事でも行こうか」
「結構です」
「俺のせいで辞めたんだ、次の就職先も紹介してやりたいしほら行くぞ」
以前と同じように強引に私の手首を掴まれる。
怒りと恐怖で鳥肌が立ち、大声を出してやろうとした瞬間。
「おいお前、何してるんだ」
掴まれた手は、ネイさんによって解放されたあと彼の腕の中に私はホールドされた。
突然現れた超絶美形に、ちょっと顔がいいと自慢の元上司は顔を青ざめている。
そりゃレベルが違いすぎるもん。
うちの子ネイさんは顔だけはいい子なんだからね !
というかネイさんが本気でキレてる、美形の本気キレは迫力と圧があり過ぎてコワイコワイ。
なぜか涙目になる私と、もっと涙目になっている元上司を見てザマーミロと涙が引っ込んだ。
目で殺す勢いでネイさんの背中に黒いオーラすら見える、ちょっとホラー展開入ってない?
「とっとと失せろ下種が」「はいっ!」
口調まで変わってるよ!勿論言われた元上司はガクガクと震えつつ全力で去って行った。
しかし下種って……と、つい笑ってしまいネイさんに緑茶を差し出す。
「はい護衛のお礼」
「すまん俺が目を離したせいだ」
緑茶を受けとりながら謝罪されたが私は首を横に振る。
「ところで通信終了?」
「その件で祖父殿と絵里香に話がある、ひとまず帰ろう」
うながされて私はネイさんと共に帰宅した。
その日までは当たり前の普通の生活が、まさかこの日から劇的に変化するとは思ってもいなかった。
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