勇気4、愛4

「謝罪なんて要らねぇよ」


 私はまず勇気のところに向かう。このあと愛さん、校長先生、妹、最後に現実だ。


「生まれ持った才能をどう使おうが人の勝手だ、多少の迷惑なら仕方ねえ話だ。何もかも元通りって言うならなおさらだ。それはつまり賠償が完璧に済んでるってことだ」


「謝罪って言うのはそう言うのとは別問題じゃないのか」


「まあな、でも、友達にはそういうのはなあなあでいいのさ」


「友達こそそういうのは大事じゃないのか」


「必要なのは謝罪じゃなくて赦しだぜ。そのために謝罪が必要ってこともあるかもしれない。だけどよ、いま、ここで、俺は、赦すぜ」


「ありが――」


「そういうのもいい。なんつーか正直に言うと、謝られたらこっちも謝らなきゃいけないだろ? それが嫌なんだよ。『いえいえこちらこそすみませんでした』って。馬鹿みてえだ」


「謝りたくないのかお前は」


「そういう部分もあるけどよ、謝ることぐらい自分で決めたいってのが正確なところだ」


「わかった。私もお前を赦すよ。私だって謝られたって困るってのが本音だ」


「分かってくれてうれしいぜ。全くこの世は面倒だ。そう思わねえか?」


「お前は自分から面倒にしてるような気がするが」


「否定はしねえよ。俺が俺らしく生きて、それが一番楽で楽しいって世の中が来て欲しいもんだ」


「永遠に来ないし、来させる気もないから安心していいよ」


「つれねえな。全く、お前ももうちょっとお前らしく生きたっていいと思うぜ」


「そう生きてるつもりなんだけどな」


「それならそれでまあいいや。このあと姉貴に会うんだろ? そんならこれ届けてくれねえか」


 飾り気のない小さな紙袋を手渡される。軽いし薄い。


「なにこれ」


「届けるまでは見るなよ」


「まあいいが。自分で渡さなくていいのか」


「最近会ってなくてな。避けられてるのかもしれない」


「無理矢理乗り込むくらい出来るだろう」


「姉貴が望まないことは俺には出来ねえよ」


「ちょっと意外だな。乙女みたいだ」


「いけないか?」


「いや、全然。ちゃんと届けるから」


「たのむぞ」




「いろいろすまなかったね」


「いえ謝るのはこちらの方です」


 会った瞬間に先に謝罪されてしまう。


「よし、これでチャラだね」


「なんだか、勇気とは全然違いますね」


「形式ってのは大事なんだよ。裏がなければそれに沿うのが一番手間がない」


「そういうものですか」


「ところで私に何か渡すものがあるんじゃないのかな」


「ああそうでした。これ、勇気からです」


 紙袋を渡す。


「ありがとう」


「勇気が寂しがってました。避けられているんじゃないかって」


「実際避けているしね」


「何故?」


「勇気もいい加減本気になってるからねえ」


 紙袋から中身を取り出す。きらびやかなペンダントだ。一目見て高いものだと分かる。正直引く。


「中身が本物でもそれを演出するっていうのが嫌いなんだよね、勇気は」


「彼女の気持ちに答えようって言う気持ちはないんですか」


 そこら辺の倫理観はもうだいたいぶっ壊れていた。


「うん、好きだよ。でもつきあうのはねえ」


「何故ですか」


「僕はもうすぐ死ぬんだよ」


「……病気は治ったのでは」


「病気はね。体質は治っていない。僕が僕である以上、ここら辺が寿命の限界だよ」


「それが勇気とつきあえない理由ですか。妹の悲しみを大きくしないために」


「そんな殊勝な理由でもないよ。僕はただの姉と妹のまま逝きたいんだ。恋人なんかより、その方が純粋で、特別だ」


「なにか含みを感じますけど」


「別にそんなつもりはないよ。不純でも普通でもそれはそれで美しい。そういうのも大好きだ。でも、純粋も特別も、本当の意味ではたった一つしか持てない。それを私は妹に捧げたいし、妹にもらいたい」


「あなたがそんなロマンチストだとは思いませんでした」


「感情なんていつもあふれ出しそうさ。それを理性で何とか制御しているだけなんだよ」


「制御してる割に誰にでも好きだっていうんですね」


「嫌いっていわれるよりずっといいだろう?」


「そうですね。あなたになら」


 でも理想先生に好きって言われても嫌な気分になるだけだと思う。


「うん、まあ、それは否定できないね。僕はうれしいけど」


「あなたが死んだら、先生は悲しむと思いますか?」


「一日、大げさに悲しんで次の日はけろっとしてるだろうね」


「それでいいんですか?」


「別にいいよ。言っただろう、特別なのはたった一人、僕にとっての彼女も、彼女にとっての僕も、そうじゃない」


「そうなんでしょうか」


 僕は先生は三日間は泣く気がする。その後けろっとしてるというのは同じ意見だが。


「そうかもしれない。でもどっちでもいいさ。僕は死んだ後のことなんて気にしないことにする。死ぬまでと、死ぬ瞬間。死ぬ人間に必要なのはそれが全てだよ」


「……私、あなたのことを生き返らせるかもしれません」


 何故そう考えたのかは自分でも分からない。何もかも捨てて、それで満足そうにしてるのが許せないのかもしれない。


「生き返らせることに躊躇いはなくなったのかい?」


「今でも少し躊躇いはあります。不公平だなんてのは言うまでもないことですけど、でも、できるし、したいからします。死ぬ前のあなたと生き返った後のあなたが同じかなんて知りません。でも、眠る前の私と目覚めた後の私が同じかさえ私は知らないんです。それにそんなのは私一人が決めることじゃないんです。あなたとみんなが決めるまでもなく知っている。あなたはいつだってあなただって」


「死ぬのが楽しみになる答えだ。いいね、ますます惚れてしまう」


「やめてくださいよ。あなたにとっては特別じゃない恋人って言うのは、私や多くの人々にとってはたった一人の特別なんです」


「そういうものらしいね。それはそれで美しい生き方かもしれない」


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