妹3
病院に着くと地獄絵図だった。そこら中に死体が転がっている。かじられたような傷がいくつもあるが、血はほとんど流れていない。
ロビーの真ん中でつぶれた肉塊がうごめいている。それが妹だと、なぜだか分かる。
肉塊を蹴り飛ばし踏みつぶし続ける人物がいる。勇気だ。ほぼ無傷である。肉塊が少しでも動くと、そこめがけて攻撃する。笑っている。
「そんな、なんで……」
駆け寄ろうとしたところで、生首に止められる。
「やめておけ。肉塊が増えるだけじゃ」
「でも、こんな一方的に、」
「我が娘がピンピンしとって残念じゃったのう?」
「そんなことは……」
「だがおぬしが言いたいことはそれと大して変わらん」
「……誰だって肉親の方を優先します」
「おぬしにはアレが肉親に見えるのか? 肉塊の間違いじゃろう」
「さすがに怒りますよ」
「怖い怖い。しかしまあ、実際肉親ではあるまいよ。見た目ではなく、魂から全く違う」
「そんなものが見えるんですか」
「神様じゃからの。しかしまあ、それほど大層なものではないのう。性格、というのと大差ないものじゃ」
「しかし、性格の違うきょうだいなどありふれているのでは」
「まあな、だが一卵性双生児となれば話は別じゃ。たとえ育った環境が違っても似た部分は残るものじゃ。しかしお主等の場合は逆じゃ、全く異なるものを無理矢理そっくりになるように捏ね回したような、そんな違和感を覚える。おぬしとあやつが、姉妹でない何よりの証拠じゃ。それが具体的にどういうことを表しているかまでは知らぬがの」
「血のつながりがなくても、魂が違っても、姉妹であることに変わりはありません」
「まあおぬしがそれで良いならそれで良いわ。それよりおぬしの妹、さすがに死にそうじゃぞ」
肉塊の動きが弱まっているのが見える。
「死ぬのは別に構わないんです。問題はボロボロにされてることです。こんなはずないんです。死んでも、殺されても、それは一時のことで、たいしたことじゃないんです。でも、おかしい。ここまでぼろぼろになる必要はないはずです」
「おぬしにとって妹の死が些事であるように、妹にとってボコられることも些事なのじゃろう。そんな姿を見たくないというのはおぬしの勝手な願望じゃ。まあ、辛かろうな、自分にとっての絶対の存在がゴミのような姿をさらしておるのは」
「ゴミなんて、そんな」
「さらに言うなら、結局宝の持ち腐れなのじゃろう。どんなに大きな力を持っていようと、それを振るう目的と意思を持たねば。『しない』と『できない』は同じことじゃ。……それにしてもあやつにあんな力を与えたのはどこのどいつじゃ。明らかに過剰、持て余しておるではないか」
「助けなきゃ」
「どうやってじゃ? あそこに割って入ってどうにかなるものかのう」
「勇気を説得します」
「今の勇気が聞く耳持っておるかのう」
「それでも、何もしないわけにはいきません」
「まあ、せいぜいやってみるが良い」
近づくのはやめておいた方がいいかもしれない。だから、その場から勇気に向かって声を張り上げる。
「おーい」
勇気はあっさりと振り向く。
「なんだ? 幻と……、お袋はずいぶん縮んだじゃねえか」
「もういいんじゃないか。大分弱っているようだぞ」
「いや、これはこの場で殺す。滅ぼすって言った方が正しいか? 蘇る気なんて起きないように完膚なきまでに消滅させる」
「なんでだ?」
「危険だからだ。こいつを生かしとくと結局ろくでもねーことが起こる。実際起こった」
「これからもそうだとは限らないだろう?」
「あり得ねえな。戦ってみて分かった。こいつはなにもかもをぶち壊す、そのために生まれてきたんだ」
「ばかげている。そんな生き物が居てたまるか」
「だったら生き物じゃねえんだろ」
「妹は確かに血の通った人間だった。一緒に過ごした日々がそれを証明している」
「お前の中ではそれでいいよ。俺がそれに乗ってやる義理はないけどな」
「そうかもな。だから私はただ私の妹を助ける」
「いいねえ。でもどうするんだ?」
「とりあえず、お前を殴ろうと思う」
「やって見ろよ」
私は拳を握りしめて彼女に向かい、右腕で思いっきり顔面を殴りつける。ひるんだ様子さえない。一方私の拳は大ダメージを受ける。指が折れたかもしれない。
避けない様子だったので、威力の高い後ろ回し蹴りで踵を脇腹にぶち込む。鋼を蹴ったかのようで、やはり踵が辛い。もちろん相手には全く効いてない。
「いい蹴りだけどな」
引こうとした足を掴まれてそのままぶん投げられる。壁にたたきつけられ、気を失いかける。
妹の姿が見える。私の稼いだ時間を使い千切れた肉をつなぎ、ロビーの死体を喰らい尽くし大きく復活した姿の妹が。姿は肉塊のままだが、徐々に人型を取り戻そうとしている。腕のようなものを振り上げる。勇気の後ろから振り下ろそうして、振り返りざまの一撃を食らって無残に砕け散る。
砕け散ったかけら、そのうちひときわ大きなものが、妹の形をして起き上がる。肉の量が足りなかったのか、若干幼い。
「結局こうなる運命だったんだろうね」
妹が口を開く。瞳には理性の色が戻っている。
「悔いはないんだよね、本来ならあり得ないような人生を送れて、ほんとに楽しかった」
「世界を滅ぼせ、喰らい尽くせ、って頭の中でずっと響いていて、そうしようって思った」
「でも、きっとそう思う前に体は動いていたんだ」
「そうならないためには何か歯止めが必要だったんだ。壊したくないもの。滅ぼしたくないもの。そういうのが一つでもあればきっと違った」
「現実ちゃんは好きだった。大好きだった。でも正反対なんだよね。殺したくなる。壊したくなる。すっごくすっごく食べたくなる。実際とってもおいしかった。そこで、後戻りできないんだって分かった」
「だから戦って終わらそうって思う。勇気さん。殺し合って、殺し合って、殺し合って、それでこの世界の未来が決まる。ちょっと面白いよね」
「別にそいつは構わねえが、聞きたいことがあるぜ、こっちには」
「なになに」
「なんで本気を出さない」
「本気だよ。本気本気。ここまで歯が立たないと悲しくなるね。もうちょっと強いつもりだったんだけどなあ」
「全能なんだろう? 何でその力を使わねえんだ?」
「うふふ、それは、それはねえ。結局私のものじゃないからねえ」
「どういう意味だ。なめてんのか俺を」
「まあ全能? といえば全能? じゃないと言えば、じゃないかも、なんて」
「ちっ、まあいい。しゃべれなくならないように、しゃべりたくなるように手加減に手加減を重ねて適度にボコってやる」
「お手柔らかにお願いしたいところだよね、それは」
まず動いたのは勇気の方だ。妹の顔面にめがけて振り下ろすようなパンチ。当たって、妹の体が吹き飛んで倒れる。鼻から血が出ている。が、それ以上のダメージはないように思える。一方の勇気、拳が真っ赤に染まっている。返り血だけではなさそうだ。
「うまいか?」
「悪くないよ」
妹の口がもごもごと動いている。
「それならもっと喰らわせてやる」
立ち上がった妹の顔面に今度は手刀をたたき込む。手のひらを上にして、口の中に無理矢理ねじ込む。上あごに指を引っかけて頭上を回して床にたたきつける。
倒れた妹の口を踏もうとして、思い直して、肩を踏みつける。
「食うところとしゃべる場所が同じってのは不便なもんだな」
「そう思う。私も」
勇気が首をかしげた。足を上げようとすると、妹の体がくっついてくる。無理矢理引きはがそうとして靴底がはがれた。妹がそれを肩で咀嚼して飲み込む。彼女の肩には穴が開いていて、その中に歯が並んでいる。肩に口。
「人の姿に戻ったと思ったらまた化け物に戻りやがる。いったい何がしたいんだ」
「さあ……? 必要な人間らしさってのは体じゃなくて心のことなんじゃない? 知らんけど」
「まあ、人間っぽくない方がやりやすいな」
「そんなこと気にするタイプには見えないけど」
「普段は気にしねえけど、お前かわいいからな。ボコるのは忍びねえ」
「なるほど、じゃ、こっちの方がいいかな」
妹が目を閉じ、開くとそこに眼球はなく、代わりに歯が並んでいてその奥の暗闇から挑発のように舌を出す。
「おお、いい感じにきもいな。ぶん殴っても何の心の痛みも感じなさそうだぜ。てか、見えるのかそれ」
「見えるんだよねえ不思議なことに」
「断面図を見てみたいところだな」
手刀を振りかざして襲いかかる。
「ちょっと、待ってくれ」
私は妹を守るように、勇気の前に立ちふさがる。
「なんだ? まだやる気か?」
「そうじゃない。そうじゃないけど、妹は守りたい」
「じゃあ、いくつか聞きたいことがある」
「なに?」
「それ、妹だって言えるか?」
「分からない」
「守る価値があると思うか?」
「分からない」
「守る必要があると思うか?」
「分からない」
「じゃあ何故守る」
「……かわいいじゃないか」
「それが? どこが?」
「弱々しくて、必死だ」
「分からねえな。分からねえ。必死なのは分かる。弱々しさとは無縁に見える」
「なんで分からないんだ。ずっと叫んでるじゃないか。昔からずっとずっとずっと」
「何の話をしてんだ」
「知らないよ。でもずっと昔から決めてるんだ。この子を助けるって。守るんだって」
「何言ってんだか理解はできないが、共感はしちまうな。俺にも覚えがある」
「見逃してくれ。私がどうにかするから」
「見逃すわけには行かねえし、お前にはどうにも出来ねえだろ」
「ちょっとでいいから待ってくれ。頑張るから」
私は妹の方を向く。対峙する。
「なんで、こんなことをするんだ」
「空っぽなんだよ私。空虚で空疎、だから何もかもを取り込んで自分の中を満たさなきゃいけない」
「それはただの比喩だろ。下手なポエムでごまかすなよ。意味が分からないんだよ。実際どうなるって言うんだ」
「ただ単にお腹が空いているだけなのかも。私にも分からないけどそんなことはどうでもいいんだ。実際に起こっていることが大事」
「お前が言うなよ。で、具体的には何が起こっているんだ」
「何もなければ、あと一日で地球が丸ごとなくなるよ」
「どうすれば止められる?」
「さあ? 私が満足すればかな」
「どうすれば満足する?」
「わかんない。そうゆうもんだよね、自分の気持ちなんて」
「全能なら分かるだろう?」
「うーん、でもそんなことする義理はないしなあ」
「こっちにも分からないのだが」
「じゃああきらめたら?」
「そういうわけにもいかない。ので、愛さんに聞くことにしよう」
「え、反則じゃんそんなの」
「存在自体が反則みたいな奴が何を言っているんだ? 嫌なら自分で言えばいいだろ」
「でも、そんなの恥ずかしいじゃん」
「その恥ずかしい話を愛さんから聞く羽目になるぞ、っていってるんだ」
「うーん、じゃあ仕方ないかなあ」
そう言って開いた口に剣が突き刺さった。
「よし、さすが私です! ありがとうエクス何とか!」
先生の声だ。振り向くと何かを投げた体勢で止まっている。
「そしてその他諸々二十本くらい!」
彼女の周りには名刀、名剣の類いが多数刺さっている。それを次々に引き抜き妹に向かって投げつける。投げる体勢はむちゃくちゃなのに、すべてが妹の肉体に突き刺さり、あっという間にハリネズミのようになる。
「何をしてるんですか!」
「ピンチじゃないですか助けてあげたんですよ」
「今説得してたところなんですよ!?」
剣を引き抜いていく。回復が遅い。全てが何かいわれのある剣なのだろう。
「説得の通じる相手だと思いますか?」
「でも」
「これは世界の敵です。この世界の善良なる住民としては、彼女と戦って討ち滅ぼす努力をするのが当然でしょう」
言ってることは正しいが、言ってる人が正しくない。彼女にとっては正論は格好の口実に過ぎない。口実なんてなくともやるときはやるが。
そこで彼女の隣に立っている人物に気づく。
「愛さん、なんで止めてくれないんですか」
「君がこれを解決してしまうのは、あまり良くないんだ」
「どういうことです」
「何もかもをむちゃくちゃにしてどうしようもなくなった後に全て消してなかったことにするのが君のやり方だ」
「そんなことは」
「僕は君のことを君自身より知っている。君たちがどんな人間で、ここがどんな世界か、知っていれば何が起こっているかは理解できる。僕は世界がどうなろうが構わない。僕はどんな世界だって幸せになれると確信している。でも君たちはそうじゃない。だからこれは純粋な忠告だ。よく考えろ、よく感じろ。答えは君自身が持っている」
「意味わかんないですよ」
「まあ、適当な話だ。聞き流しても構わない。僕の話なんて信じる方が馬鹿だ」
「何言っているんだ? 本当に……」
疑問と言うよりは困惑といった方が正しい。もやもやだけが胸の中に残る。
「姉貴―、俺にもアドバイス」
勇気が叫んだ。
「……そうだな、何も考えるな、何も感じるな。ただ暴れろ。そっちの方がきっと美しい」
無茶なことを言い出した。この世界がどうなっても構わないというのは多分本音だ。
「分かった」
そう言って穴だらけの妹の死体を踏みつける。貫通して、脚が突き刺さる。思いっきり脚を振って振り払う。明後日の方に飛んでいく。
「何をするんだ」
勇気に言うと彼女はこちらを向く。熱く獰猛な雰囲気は消え失せ、代わりに無邪気さと冷たさが見える。
「決めただけだ」
「何をだ」
「敵を倒すことだけが俺の仕事だ」
「待ってくれ」
「十分待っただろ」
「だけど」
「うるせえ死ね」
こちらに殴りかかってきた。何とか避ける。
「やめろ」
「邪魔するなら敵だ」
「そっちがその気なら」
引き抜いた剣を構える。
「人のもの、勝手に使わないでください!」
理想先生が叫ぶ。
「ちゃんと返しますから」
「ダメです! 絶対に許しません」
勇気が蹴る。剣で防御する。吹き飛ばされるが剣には傷一つない。
「そんなに大切なものなんですか?」
「いえ、全然。でもそれはそれです。私のものを私のものじゃなくそうとする奴は死ぬべきですね。そう思いません?」
「話は後で聞きます!」
「ユーキさんそのクズぶち殺してください」
「うるせえ。言われなくても殺す。お前も後で殺す」
勇気が右腕で殴ろうとして、私が避ける。伸びきった右腕に剣を振り下ろす。
切れない。皮一枚すら切れない。いくら彼女が頑丈だからと言ってこれはやっぱりおかしい。
勇気が腕を跳ね上げると剣は私の手を離れ吹っ飛ばされる。
「がらくた自体ですら、これの所有者が誰かは理解しているようですよ。あなたはがらくた以下ですね」
ちょうど先生の目の前に転がり、彼女がそれを拾う。
「気が変わりました。これは自分で処刑するので、ユーキさんは自分の仕事に集中してください」
「そうするさ」
「さて、あなたは私の機嫌を損ねた罪で死刑です」
理想先生が私の前に立ちふさがる。
「くそっ」
妹には悪いがここは逃げるしかない。
背を向けた私に、先生が言う。
「妹を見捨てて逃げるんですか、このゴミクズ」
否定できないが、この人に言われるのは納得できない。動揺してほんの一瞬足を止めてしまう。そこに剣が回転しながら飛んできて私の両足を切断する。もちろん血をまき散らしながら倒れて、失血のせいかそのまま意識を失う。
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