愛1
次の日の昼休み、勇気が私の妹の手を引っ張って私達の教室にやってきた。何の用か聞く前に彼女は弁当箱を掲げた。昨日のことは全く気にしていないようだ。クラスメートが引いていき、机が空いたので勇気はそれをくっつけ始めていたが、無用なトラベルを避けたかった私は、彼女を中庭に誘った。その時彼女の手から妹を奪い返した。中庭は薄暗いしあまり手入れされていないしで人気がない。にんきもひとけもない。しかし、私達にとってはちょうどいい場所だ。彼女の弁当は誰が作ったのか知らないが、意外と和風で地味だ。
現実は怯えて一言も話さなかったが、私たちにずっとついてきていた。少しばかり鬱陶しかった。現実を先に帰そうとすると心配気な顔で私と勇気の顔を見比べていたがそのうちゆっくりとした足取りで教室への道を歩いていった。
勇気に愛さんが入院している病院を聞いた。そのままだと一緒に行く羽目になりそうだったので放課後一人でこっそりとその病院に向かった。
奇跡的な生還、それだけに検査は長引いているらしかった。そこら辺も何とかしておくべきだったかなとも思うが、まあそれは過剰なサービスというやつだろう。
病院につくとエントランスで勇気が待っていた。意味が分からなかった。私は自転車で、それなりに急いでいた。見舞いの花束を買った時間を差し引いても、二本の脚に負けるとは思わなかった。
「おせえよ。こっちは午後の授業サボってこっちに来たってのに」
その言葉に私は安心した。
「真面目に授業出て批判される世の中は嫌だな」
「それにしても遅いだろ。走れば五分もかかんねえだろうに」
前言撤回。こいつは化物だ。私は自転車でも十五分かかった。
「まあさっさと見舞いに行こうぜ。姉貴も楽しみにしてる」
手続きを済ませて病室に向かう。個室だ。私達が入ろうとした時、ちょうど何人かの女の子が泣きながら出てきた。肩を抱き合いながら泣いている。
病室の中、ベッドに座って待っていたのは美しい人形のような女の子だった。黒く長い髪、白い肌。瞳は紫で、目尻はつり上がっているものの優しげな眼差しのおかげできつさはない。背は低く、ベッドで上半身だけを起き上がらせている姿からははっきりとは分からなかったが百三十センチにすら届かないかもしれなかった。その姿は私達が子供の頃からほとんど変わっていなかった。
「僕から見れば今でも子供だよ、君たちは」
心でも読んだかのように彼女はそう言った。私は驚きの声を上げそうになり、慌てて口に手を当てた。
「心を読んでるわけじゃない。どんな反応をするかなんてその人を知っていればそんなに難しくないよ」
「それでもすごいでしょう」
「全能に比べれば大したことじゃない」
そう言われればそうなのだが、本当に優秀な人間にそれを言わせるのは良くないことじゃないのかと思った。
「気にする必要はないよ。上には上がいるというだけの話だね」
それとはだいぶ違うような気がするのだが。
「そうかな。僕は彼女のお陰でだいぶ謙虚になれている気がするよ」
謙虚と卑屈の間にどれほどの違いがあるのだろうか。私はどうにも卑屈にしかなれない。
「謙虚であるというのは自分の実力を正当に評価すること。卑屈というのは自分の実力を過小評価することだ。君は十分に素晴らしい人間だと思うよ」
不安にならないのだろうか、この人は。自分が何をしようが、それが土台からひっくり返ってしまうかもしれないということが。
「なに、それが居ると分かっているだけでも、十分だよ。いるかどうかを迷わないで済むだけね」
……なんでこの人は私の心の声と会話しているのだろうか。さっきはあんなことを言ったが実のところテレパシーでも使っているのではないだろうか。
「顔の表情や体の動き、呼吸や心臓の鼓動の音、そんなことが分かれば感情はだいたい分かる。あとは今、此処の状況や、相手の性格について知っておけば記憶以外のことは大抵分かるんだよ。これはただの特技で、テレパシーじゃないんだ、君のお母さんのとは違って。いや君のお母さんのもテレパシーとは言いがたいのかなもしかして」
その言葉で一旦私の脳の働きが停止した。私の母親、それについてどの程度のことを知っているのだろうか、この人は。
「よく知っているわけじゃないよ。会ったことはないからね。でも会いたいとは思っているよ」
それはほとんど答えになっていない。
「経歴に関してはほぼすべて。性格に関しては全く。顔も知らない。美人なの?」
美人だけど、なんでそんなことを教える必要があるのだろう。
「美人ならぜひともお近づきになりたいからね」
……こんな人だったっけ。もう少し優しくて知的な人だった気がする。
「失礼な。いつでも僕は優しくて知的だよ。好みの女の子には」
つまり私は好まれていないのか……。
「優しくしているつもりなんだけどなあ」
確かに優しくて知的なのかもしれないが私が求める優しさと知的さとは致命的なズレがあるように思う。
「そうかじゃあ君の前ではもう少しキリッとしていることにしよう」
おそらく手遅れだ。
「えー」
彼女は拗ねたような顔をする。正直な話をすればとても可愛い。外見には似合っているが、実年齢を考えると結構恐ろしい。
「実年齢のことは言わないでよ」
言っていない。
「考えないでよ」
無茶言わないで欲しい。
「しかし改めて考えると二十四歳か。二十四歳。普通の人間なら元気に働いている年頃だね」
彼女は仕事をしていないのだろうか。こう病弱では確かにままならないだろうが。
「定職はないね。フリーターというやつだ」
「いや、あるだろ仕事。探偵」
いきなり混じってきたのは勇気の声だ。ほとんど愛さんが一人でしゃべっているようなものなのによく話の内容がわかるものだと感心する。
「探偵は仕事じゃなくて生き様だよ」
愛さんは勇気に向かって言う。探偵というものに対して何かポリシーのようなものがあるらしい。
「その割に高い金もらうじゃねえか」
「もらえるものはもらっておいたほうがいいよね」
しれっと言う。
「探偵なんて仕事でやるようなもんじゃないよ。フィクションの中であるような、素人女子高生探偵みたいなのが一番いい」
少なくとも女子高生ではない。
「ああ、あの頃に戻りたい。実際に素人女子高生探偵だった頃に。……そういえば君たちの学校でその頃の同級生が先生をやっていたな」
一体誰のことだろう。
「一番美人の先生だね」
主観が混じりすぎていないだろうか。まあ、人によって美人の基準も変わるだろうが年齢も考慮するとおそらくは私のクラスの担任だ。確かにかなりの美人だ。
「元恋人なんだ。その人」
え。
「よろしく言っておいて」
何をよろしく言っておけばいいのか人生経験の足りない私にはわからない。
「さらにその上僕達の元担任も今その学校にいるんだ」
なんだか嫌な予感がするのだけれど。
「二番目に美人の先生で、その人も僕の元恋人」
……年齢とかいろいろ考慮すると校長先生しか有り得なさそうなんですが。
「よろしく言っておいて」
だから何をよろしく言っておけばいいのか。
「ふたりとも僕が死にかけてるってのに一度もお見舞いに来てくれなかったんだよね。薄情だと思わない?」
いや、仕方がない、と言うかあたりまえじゃないのかそれは。
「そうかな」
そうです。多分。
「僕は二人のことが今でも大好きなのに」
そんなもの相手の気持ちが離れてしまえば、どうしようもないだろう。
「わかっていても、寂しいよ」
今、彼女に他の恋人はいないのだろうか。
「そんなにいないよ。片手の指で足りるくらい」
十分だと思う。
「でもさ、あの二人がいない寂しさは、やっぱりあの二人でないと埋められないんだ。誰かのいない寂しさを他の誰かで埋めるのはどちらにとっても失礼だろう」
たぶん正論ではある。だが実際は、愛も寂しさも、忘れられてしまう。
「僕は忘れないよ。愛も寂しさも。僕は、告白して受け入れられたことも、断られたことも、告白されて受け入れたことも、断ったことも、恋人にふられたことも、たくさんたくさんあるけれど、ただ恋人をふったことだけは一度もないんだ」
彼女の生き方を否定することは私にはできない。でも、彼女の生き方についていける人間がどれほどいるだろう。きっと彼女はふられ続け、寂しさは積み重なり続ける。
「心配してくれてありがとう。でも僕はふられるのは嫌だけど、この寂しさは嫌いじゃないんだ」
それが強がりでないことを祈った。この人は人間としては最低だけど、私は嫌いになれなかった。
「あのさ、ちょっと言っていい?」
何でしょうか。
「好きです。付き合ってください」
「ごめんなさい。あなたとは付き合えません」
何言ってんだこいつと思いながらも、私は声に出して言った。せめてもの礼儀として。
「何故って聞いてもいい?」
そんなこと言われても。
「付き合わない理由を聞かれても困りますよ。付き合う理由がないってだけなんですから」
「付き合う理由がなきゃ付き合っちゃいけないのかな?」
「そうじゃないんですか?」
正直な話、自分には分からなかった。
「まあ、そう、だね。……じゃあ、友達になってくれない? そういう年齢差じゃないかもしれないけど」
「それならいいですよ」
「友達になるのには理由はいらないのかな?」
「そういう訳じゃありません。ただ、なんとなくでいいんです。友達っていうものは」
多分、きっと、そんなものだ。
「ま、そうかもね。じゃあ友達になったことだし、握手しよ」
友だちになったら握手する、なんて風習は馴染みがない。怪しみながらも手を差し出す。
手を掴まれ引っ張られて、大して強い力でもなかったのにバランスを崩し、私たちはベッドに倒れ込む。見た目としては私が彼女を押し倒したように見えるだろう。
「君って友達にそういう事するんだ。それとも君はこういう事する仲のことを友達っていうのかな」
「あなたが引っ張ったんでしょう」
声に出すのは、主に彼女の妹への言い訳のためだ。
「でも君になら、いいよ」
愛さんは私の話を完全に無視して、掴んだ私の手を引っ張って自分の胸に誘導する。さすがに私も本気で振り払おうとしたけれど、バランスを崩してまたも彼女の上に覆いかぶさるように倒れてしまう。
「ふふふ」
彼女は顔を赤らめ、目をうるませている。少しドキッとする。
「離してください」
このままだといろいろな意味でまずいことになりそうで、必死に離れようとするがやはり無理だ。彼女が何かしているのだろうか? そうこうしているうちに、彼女の服ははだけていき、顔はキスできそうなほど近づいてホントにまずい。
「はいそこまでな」
その声は勇気のもので、その声と同時に私の頭に衝撃が走り意識が遠くなる。
「あ、生きてた」
気がついて目を開けた時、最初に降ってきたのはそんな言葉だ。
「ほら見ろ、手加減できただろ」
「死ななければいいってものじゃないでしょ」
物騒な会話が続いている。
「えーっと」
上半身を起き上がらせ周囲を見渡す。さっきと変わらない病室だ。私の寝ているベッドは、愛さんが寝ていたものだ。本来此処に寝ているべき人物は、病室にあった椅子に座っている。
「すみません、ベッドをとってしまって」
「いいよいいよ、こっちは体自体はもう完全に回復しているんだから」
そう言って愛さんは笑う。
「でも……」
「いいんだって、こっちは寝ているお前に色々しようとして大変だったんだからよ。俺が押さえといたが」
愛さんに対する罪悪感が雲散霧消する。
「なんかすみません」
勇気に謝る。
「気にするな」
でも考えてみると、こんなことになってるのは主に勇気のせいだ。
「何で殴ったの?」
「気にするな!」
ベッドから降りて時計を確認すると、病室に入ってから一時間以上経っていて、そろそろ出たほうがいいかと思う。その前に忘れていたことを質問しなければいけない。
そして口を開きかけて、そこで止まる。もしかしたらこの質問はとても心ないものじゃないのかと躊躇したのだ。
「気にする必要はない。僕の主観としては実のところ病気から回復しただけで、生き返ったわけではないんだからな」
この質問は無駄だったろうか。
「どうだろうね。でも、僕が生き返ったという事実は君たちにとってだけ意味を持つんじゃないかな」
しかし、私達にとっても愛さんはすでに縁遠い存在で、生き返ったことに実感はないのだ。
「ならいいんじゃないのか」
そうじゃない。この人が生き返らなかったらそもそも再会することもなかった。
死に方まで含めてその人の人生なんだ。
そこで唐突なひらめきを感じた。予感。予感があった。この人は、何もかも変えてしまう重要な意味を背負った人間だ。そんな人間の人生を変えてしまう。あそこが分岐点だったのだ。
でも私は望んでいなかっただろうか。誰かが変えてくれるのを。私を。妹を。あるいは世界を。
「僕はそう大層な人間じゃないと思うよ」
違う。そう思う、そう願うのは、きっと私のためでもある。この人が大層な人間で無かったら私はいったい何なのだろう。
「君は僕よりずっと優れている」
そんなはずはない。
「君は卑屈だよね」
謙虚なんだ。
「君は自分のことを過小評価している」
私に何ができるというんだ。
「なんでも」
無責任なことを言うな。
「そうかな。可能性は君自身のものだ。自分を殻に押し込める必要はないのさ」
何を言いたいのかよくわからない。
「さあ。でも全能の存在が君のとなりにいるという事実は、君自身が全能になれないということを示しているのではなくむしろその逆だよ」
妹を上手く使えということだろうか。だが借り物の力が一体何になるというのだろうか。
「妹を道具として見ているのに、自分の所有物ではないと考えるのは不思議だね。彼女はいったい誰のものなんだろう」
彼女自身のものだ。それ以外に誰があんなものを所有できる?
「彼女が本当に神なのかは知らないけれど、少なくとも君にとってはそうであるらしいね」
あんなものが神であるわけ無いだろう。
「神様っていうのはなりたくてなるわけじゃないし、なるべくしてなるわけでもないと思うんだ。なれる奴がなるだけ」
さっきから何か解釈がずれている気がする。私が本質的に思っていることに対して答えてくれていない。
「それはわざとだから気にしなくていい」
むしろそれが気になるのだけど。
「そんな答えは誰も欲していないという話さ。君も含めてね」
どういう意味なのだろう。
「誰も意図しない形で物語が終りを迎えかねないという事だよ」
物語?
「世界って言い換えてもいい。君にとっての世界。関係性によって出来上がる全て」
ますます分からない。
「分からないのなら分からなくていい。分からない方がいい。今はね」
よくわからないなりに、それでも分かることがある。これは予知に近いものだ。やはりこの人は私の母親に似ている気がする。人格ではなく、能力が。心を読み、未来を見る。心を読むことは超能力ではなくただの特技らしいが、未来を見ることもやはりそうなのだろうか。
「まあそうだね。心を読むのよりはずっと難しいけど、基本は同じ。世界の表情を見るんだ。気象や地理、人や動物の動きそういうものを。情報さえあればできないことじゃない。確実にそうなるとまではわからないけれど、可能性なら絞れるし、僕自身が関わることでより正確な予知ができる」
言っていることはまあ分からなくもないが、それが人間に可能なこととはどうしても思えない。
「誰だって無意識にやっていることでしょ。僕は意識的にできるってだけで」
予測と予知は違う。
「似たようなものだよ」
これ以上反論してもきりがない気がしたから、その代わりに質問することにする。
「私にはどんな未来が待っていますか」
彼女は答える。
「明るい未来……、だといいね」
私は強烈な不安を覚える。予言者が願望を語るというのはつまり未来がろくでもないことになっているからじゃないだろうか。いや、深く考えるのはやめよう。
「ねえ、じゃあ僕の未来を君が教えてくれない?」
予言者に向かってそんなことできるわけがない。自分でやったらいいのに。
「適当でいいからさ」
そこまで言うのなら、ええっと……、じゃあ、
「あなたはきっと無事に退院できるでしょう」
私は当り障りのない、ほぼ確実と思われる推測を言った。
「だといいね」
そう言った彼女は生ぬるく微笑むだけで、そこからは何の感情も読み取れない。
帰り道で彼女の言ったことの意味を考える。彼女が退院できない可能性があるのだろうか。
死ぬ原因となった病気以外にもなにか病気をしているのだろうか。いや、それでもずっと退院できないなんてことはあるまい。不治の病とか、死病とかでない限り。それとも無事というところに引っかかったのだろうか。他の病気で入院が長引けば、やっぱり無事とは言いがたいのかもしれない。
何にしてももしかしてものすごく無神経なことを言ってしまったんじゃないだろうか。でも彼女は心が読めるというし、私が無神経なことを言うことも分かっていたんじゃないだろうか。じゃあなぜ言わせたのかという話になる。やっぱりからかわれていただけなのだろうか。
「最後の話なら気にしないほうがいいぜ」
そう言ったのは、私を家まで送るといって聞かなかった勇気だ。私は驚く。こいつも心を読むことができたのだろうか?
「いや、あの話をしてからずっとそんな顔してたら分かるっての」
なるほどそれもそうか。私は一旦顔を揉むようにしてから手を放し、笑顔を作る。
「どう」
「どうって言われてもなあ。可愛いって言えばいいのか」
私の顔が苦笑いに変わる。そうだ愛さんの病気については悩まなくてもこいつに聞けばいいではないか。
「あのさ、愛さんって今何か他に病気とかしてるの?」
「いや特に何もなかったはずだぜ」
なんだ、からかわれていただけだったのか。ほっとする。
「でもすげー体弱いから入院中に病気なってもおかしくねえな」
……そうならないことを祈ろう。
全知全能たる我が妹は、もちろんすべてを知ることができるはずだ。何もかもをすでに知っているのか、必要になった時に知るのか、そのどちらかは私には分からないが、少なくともひとつ言えるのは、私の願いを直接読み取って実現するということは一度もされたことがない。読み取っていないのか、読み取った上であえて、なのかは不明だ。どちらにしても私には多分関係ないことだ。私は近頃、私利私欲のために彼女の力を使うということを余りしなくなったが、そのせいというわけでもない。昔からそうだった。欲しい物を欲しいだけ手に入れていた頃から。
私が何を考えているか、それを妹に聞こうとして、やめた。自分の考えていることなど自分でもよくわからないのだ。それを聞くことは恐ろしかった。自分が自分に打ちのめされるという可能性が十分にある気がした。
いきなり作業をやめた私の手を、妹は無表情に見つめていた。私は慌てて作業を再開する。ここでいう作業とは拷問のことだ。いや、何も要求する気はないから、拷問というよりは単なる虐待という方が正しいだろう。今回は針を使ったものだが、詳細は伏せる。
私はどうも、大量に血が出るようなものや、骨が砕けるようなもの、つまり見た目に被害が大きいものが苦手なようなのだ。それが誰に対してもなのか、ある程度関係の深いものに対してだからなのか、それとも彼女が私と同じ顔をしているからなのかはよくわからない。まあ彼女以外に対してする機会は一生無いだろう。
さらに言えば、大怪我をすればそれを全能の力を使って治さざるを得なくなる。それはあまり都合が良くない。
何にしてもそうなると拷問の種類は限られる。縄や鞭や蝋燭などは確かに条件は満たしているだろうが、それゆえにプレイなどで使われ、性的なイメージがつきすぎている。自分で使うのは気恥ずかしい。
石抱きなどにはそういうイメージはあまりないかもしれないが、今度は道具の準備が難しい。妹に準備をさせることは可能だが、そもそもあの力はあまり使わせたくないし、使うにしてもこんなくだらないことに対してなのは間違っていると思うし、拷問道具を拷問相手に準備させるというのは倒錯がすぎる気がする。
こんな訳で、私が使うのは主に素手と針と電気だ。水責めというのも考えたが、それで与えられるのは痛みではなく苦しみだ。本当にそれを感じているのかわかりにくい。
……考えてみると、痛みに対しても反応を示さないということが明らかになった今、自分の行為にほとんど意味は無いのではないかという気がする。それでも習慣はなかなか終わらせられない。これはいつもの日常で、その中で自分は変わらないのに、妹に対しては変わることを望んでいた。何か反応を示して欲しかった。しかし、そうなることを怖がってもいる。その恐怖は復讐に対してのものではない。
私が何を考えているのか聞く代わりに、彼女が何を考えているのか聞こうと思った。だがそれもやはりやめた。何か取り返しの付かない答えを聞くのではないかと思ったのだ。それは好意だ。自分を好いている人間に、酷いことをするのは自分にはきっと無理だ。
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