夢と幻
@hamo
妹1、あるいはプロローグ
全知全能というのがどういうものなのか、その極一部について私は語ることができる。私の妹がおそらくそれだからだ。
おそらくと書いたのは、全知全能であることを確かめることが困難だからだ。起こりうることすべてを出来るかどうか確かめることは不可能、いや彼女になら可能だし、それを私に理解させることも可能だろうが、もしそれを頼んだとしてもしてくれるとは限らないし、そうして理解させられてしまった私の精神が保つという自信がない。
彼女が全能の力を行使することは殆ど無い。過去の例を見れば、彼女が生まれた時、私が頼んだ時、そして私が危機に陥った時。私が知らないだけで裏で何かしているのかもしれないし、もしくは私の記憶が消されていたりするのかもしれないが、それが私の損害にならないのならどうでもいい話である。いや、どうでもいい話、と言うよりはどうしようもない話と言ったほうが正しいか。私は彼女の力に抗うすべどころか彼女の行動を把握するすべすら持たない。
彼女がその力を使わない理由、それを単純に把握することは私にはできない。しかし、彼女が全知全能であること、それ自体が理由の一つではあると思う。彼女に取り返しのつかないことなどなにもないのだ。おそらくは死んだとしても蘇ることができる。それならばむしろいろいろなことを試してみるのではないのかという人もいるかもしれないが、彼女は全知である。最初から結果は分かっている。彼女にとっては試すという行為は意味を持たない。
そんな彼女だが、例外的に力を使うことがある。さっきも書いたが、私が頼んだ時と私が危機に陥った時だ。しかしその理由は私にはよくわからない。それが気持ち悪くて怖くて仕方がなかった。何らかの人間的な感情によるものなのだろうか。愛、敬意、友情……。私がそれらに値する人間とは思えなかった。そのどれであっても気味が悪かった。憎しみ、軽蔑、そんな物のほうがよほど有り得そうだった。いや、きっとそうであるに違いない。彼女は私をどん底に突き落とす準備をしているのだ、そんなふうに考えるほうが遥かに楽だった。
彼女は、私と、私達の両親、その四人で暮らしている。私も妹も高校二年生。年子ではなく双子だ。顔はよく似ているが、一卵性か二卵性かは知らない。二卵性であってほしいものだと思う。
両親はまあ普通だろう。世間一般から見ると普通では無いかもしれないが、全能に比べたらなんだって普通だし、此処から先の物語には関係ないと思うので省くことにする。性格は二人とも能天気でマイペースだが、私より遥かに人間ができている。妹が全能であることを知っているのはこの四人だけである。しかし私達の両親はたまにそのことを知らないとしか思えないような振る舞いをすることがある。忘れているのかもしれない。そういう人達だ。
私は学校では生徒会長をしている。妹は不登校気味であったが、最近では学校に来させるようにしている。生徒会長の妹が不登校というのは体裁が悪い。彼女をたくさんの人の間に置くのには不安もあったが、家に一人で置いていくというのもそれはそれで心配だ。普段力を使わないとはいえ、約束があったわけではないし、仮に約束があったところでそれで彼女をしばれるわけもない。いやそもそもそんなことを考えたところで無駄なのだ。彼女はあらゆる場合においてできない理由を持たない。する理由も持たないだけだ。
私は生徒会長に選ばれるだけあって、それなりに慕われている。対して妹はそうではない。授業はしっかりと受けるように言ってあるが、友達付き合いに関して私は何も言っていない。それはつまり彼女が友達付き合いをしないということである。当然友達はいないはずだがそっちのほうが安心である。虐められていない限りは。
……どうだろう、私の妹が虐められるということがありうるだろうか。虐められる要素は十分にあるように感じられる。人付き合いが悪く全くの無気力に見えるのに成績は優秀だ。嫉妬を招くこともあるだろう。私の妹だということがいじめの原因になりうるかもしれない。美人で、勉強も運動もよくできて、優しくて、面倒見がよく、勇気があって、根気強く、冷静で、礼儀正しく、正義感が強い。それが学校での私だ。自画自賛ではなく校内での評判をそのまま書けばこうなってしまうだけだ。自分でも、いったいこれは誰のことだろうとよく思う。対して妹は、美人で、勉強も運動もよくできて、というところまでは一緒だ。それが余計に違いを際立たせる。彼女は私と比べられる。彼女は、その実際のところはともかくとして、学校では私より遥かに下等な存在と見られている。だがそれだけの理由で彼女を虐めるのは余程の馬鹿だろう。評価の高い生徒会長である私の、善人ではないが有害でもない妹を虐めることは、学校にとっても生徒にとっても、無視できない行為であるからだ。妹を虐めるものがいたらそれはきっと、もともと学校や生徒たちと対立しているか、そもそもそんなものを気にしないアウトローたちだろう。
そして私が思い至ったその可能性は実現されてしまう。
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