仮面舞踏会への招待状③

 湯浴みを終えた後、ロマ神父が用意してくれた衣服に袖を通す。

 どこから用意したのか、僕たちが元々来ていた服に近いものを用意してくれたようで。僕たちは下水道に潜る前とほぼ同じような姿に戻ることができたのだった。


「湯浴み、気持ちよかったね」

「ロマ神父には感謝致しませんとね」


 そう言いながら、夜の教会、敷地内の礼拝堂。その回廊をハティと共に夜風に当たりながら練り歩く。回廊は礼拝堂としてはオーソドックスな、中庭を中心に囲うように吹き抜けの構造をしている。

 礼拝堂の回廊といえば、修道士が聖書を歩きながら読むためのもので、そこを歩けば何かいい妙案が浮かばないかと思ったのだ。

 そして、なにより愛しい人と抱き合って火照ってしまった体をどうにか鎮めたかった。

 夜のそよ風に雪がれて、火照った体の熱が取り払われていく。

 そして、隣を歩く僕だけの、銀狼の騎士を見上げれば、普段と違って風呂上がりに軽くまとめただけのその洗い立ての美しい髪が、風に揺られてそよいでは、月明かりに輝いて、まるで星河が揺蕩うようだった。

 目にも涼しい、その光景が僕の心も落ち着かせていく。

 だから、追われる身だっていうのに。ちょっと気が抜けていたところがあったと思う。

 唐突に後ろでガサリという音がして、ハティと共にそちらに視線を向ける。もっとも、ハティはとても素早い動作だったけれど。

 気づけば、通り過ぎたばかりの場所に一通の便箋が回廊に落ちていた。さっきまではなかった。なら今さっき置かれたばかりということで。

 それは、状況から見て間違いなく、いま回廊を二人きりで練り歩いている僕たちに向けたもの。


「誰だ!」


 ハティが剣を抜き、その便箋の元へ駆け寄り、辺りを探る。

 僕も後から駆け寄って、周りを見渡すが、誰も、いない。

 この礼拝堂は、教会の敷地を囲むようにぐるりと四方を覆い、さらに外側を塀が囲っている。だから、誰かが僕たちが通り過ぎるのを見計らって、教会の塀から手紙を投げ入れたのだろう。


「マーニ様、始末してきます」


 ハティは殺気だって、僕と同じ推測に至ったのか塀に手をかけ乗り越えていってしまおうとするが、僕はその腕を掴んで引き留めた。


「待って」

「ですが」

「もしも何か本当に敵対するつもりなら、こっそり手紙なんて入れずにこの場に押し掛けたり、僕たちが出ていくのを出口で待ち構えればいいんだよ。敵意はないと見ていいんじゃないかな」


 僕がそう判断すると、ハティの殺気がやっと収まった。

 僕は地べたの手紙を手に取る。

 きっと誰かが何かを伝えたいのだ。

 けど、下水道を通って逃げてきた僕達を探し出すなんて、一体誰が、どうやって? 

 疑問は尽きないけれど、そんなことよりこの手紙だ。

 僕は便箋をひっくり返す。


「あ──」


 封筒は蝋──シーリングスタンプで封がなされており、中身や宛先を見る前から、そのシーリングスタンプで誰からの書面か分かってしまった。僕は何度も書面でやり取りをしたことがある。僕が、公爵の地位を返還した際、何度も引き留めてくれた方。

 天秤を模したイコン。

 それは、スケラ大公からの手紙だった。


 ────────

 ────

 ──

 

 スケラ大公から一通の手紙が届いて。

 それは、どうやら仮面舞踏会への招待状で。

 スケラ大公が何を考えているのか、僕やハティ、ロマ神父には分からなかった。

 けれど、そこには沢山の労いの言葉と謝罪の言葉が重ねられていて、スケラ大公は僕達の事情を分かった上で、公爵たちが集まる場へと、僕達を招きたいのだと云う。

 もしかすると、罠なのかもしれないけれど。

 けど、スケラ大公は騙し討ちなんてそんなことをする人ではない。それは、何度も、公爵の位を返還しようとした僕を引き止めようとしてくれたやり取りで、分かっていた。

 だから、僕達は一か八か賭けてみることにしたんだ。

 ……ロマ神父が、タキシードと仮面の準備しなくちゃいけませんね!! って僕たちよりも張り切ってくれている。

 ああ、本当に人の世話をするのが好きな人なんだなあ……。

 どうやら準備は滞りなく済みそうだった。


  ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 スケラ大公が俺に隠れて何かを目論んでいることは分かっている。

 あのお爺様は、いつもそうだ。

 大切なことはなにも言わない。

 もっとも、あのお爺様がそうしてやることっていうのは、大抵お爺様の思い描くハッピーエンドに繋がることで。

 だから、きっと悪いことじゃない。

 公爵をこうして集めるのだって、きっと意味がある。

 だが、こうやって貴族共を眺めていると、やはり貴族は嫌いだなと思う。

 仮面の下で作った笑い声を奏でては、人を利用できるかできないかで値踏みして、そうでないと見るや否や露骨に切り捨てる。何様だ。貴族様か。

 ああはなりたくないものだ。

 まあ、最近一人、貴族の中でもそう嫌いでもないやつができたんだが……。

 アイツも公爵令嬢だから、この場にいるんだろうか。

 …………いたからなんだというのだ。馬鹿馬鹿しい。

 どうやら、俺は弛んでるのらしい。

 気を引き締めねば。


 ──

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