仮面舞踏会への招待状①
教会。
その中は、チャーチチェア(教会で用いられる長椅子)が立ち並び、そこに座った者の視線が向かう先、中央に鎮座する聖書台は荘厳なステンドグラスをバックに、その存在感を主張していた。
元コルネリウス領に隣接し、そのほぼ一部となっている教区、その中心に座する聖堂に連なる教会に僕ことマーニと、ハティはいた。
と言うのも、下水道の秘密の通路が、この教会裏の墓地の一つ──ボゴテンシスの名を刻んだ墓に繋がっていたのだ。念の為、生命の限界を迎えるギリギリまで下水道に籠ったまま、当座のほとぼりが冷めているだろうことを願って、僕とハティは地上に上がった。
そして、墓地を所有する教会に僕達は助けを求めたのだった。
「ロマ神父、匿っていただき本当に感謝いたします」
「はぁ……、建国以来おそらく初めてですよ、下水道の秘密の通路から教会に上がってくるなんて。下手打ちましたねハティ」
そう言うのは、僕とハティを先導する。ロマ神父。
この国では珍しい(というか多分どこの国でも)竜人だ。紫と内側が白の綺麗な外皮に。白髪を丁寧に撫でつけたオールバック。片側の目にモノクルを嵌め込んで、神父服に身を包んでいる。
その、正直な評価を述べてしまうのであれば、陰険そうな顔つきというか、キツい印象を覚えてしまって、今だって険しい顔つきをしている。
ただ、僕がそんな失礼なことを思っていても、ロマ神父は僕達を教会に迎え入れることには何も反対しなかったし、何やらハティのことを呼び捨てで呼んでいたり、僕が知らない内に親交を持っていたのらしい。
「むしろ、これまでが上手くいきすぎていたんですよ」
「それはまあ、はい。その通りですが」
口振りからして、僕とハティの事情も全て知っているようだった。
不機嫌なのか、歩きながら尻尾をべチンべチンと力強く教会の床に打ち据えている。
尻尾で犬獣人並みに感情表現をする人だった。そういえば、ハティは狼だけれど、あまり尻尾を揺らさない。そういう訓練とかしてるんだろうか。
と、思っていると、「はぁ……」と、ロマ神父が大きなため息を溢した。
「こうして教会に誰かを匿うなんて、まるで『ロミオとジュリエット』のロレンス神父にでもなった気分ですよ」
「ああ、まんまじゃないですか。名前もちょっとそれっぽいですよ」
一文字あってるだけじゃない? ハティは割と適当言っていた。
ハティがロマ神父のボヤキに談笑のノリで軽口叩くと、ロマ神父は激昂した。
「あ゛ぁ゛!? わらいごとじゃないんですが!? こちとら貴方たちのために国に逆らってんですけど!?」
「ふふふ」
笑い事じゃないと言われてるのに、ハティは気にせず笑っている。それでますますロマ神父が床にべチンべチンと尻尾を叩きつける動きが力強さを増した。
ええと、いいのかなあ……。
と、僕がオロオロしていると、ロマ神父は心労で痛むのか眉間を押さえて、誤魔化すように頭を振った。
「……ったく、まあ、『ロミオとジュリエット』と違うところがあるとすれば──、『ロミオ』と『ジュリエット』が常に行動を共にし通じ合えているところ、ですかね」
そして、ロマ神父はハティの肩越しにハティの後ろにいる僕をじっと見る。
『ロミオとジュリエット』。僕も知っている。というか、多分、どんなに劇を好きじゃない人でも、劇をメインカルチャーの一つに挙げているコーレリアに住む人なら全国民さすがに知っている。
異国の最も優れた戯曲のうちの一つだ。
僕とハティのことを指してるんだろうけれど、どっちが『ロミオ』で、どっちが『ジュリエット』なんだろうか……。
やっぱり『ジュリエット』が、僕かな。僕、ハティに助けられてばかりだし……。
「さて、一先ず、王国騎士団の者も、司令系統の違う教会にまでは踏み入って捜査はできませんから、そもそも教会では戦闘は禁止ですしね。安心して身を清めなさい。……下水道を通ってきたからひどい匂いですよ貴方がた」
ロマ神父は鼻を摘んで、鼻の前で手をヒラヒラさせるジェスチャーをした。もう僕は鼻が麻痺してしまって、匂いがわからなくなってしまってるけど、相当ひどい匂いなんだと思う。
それに、教会の床もきっと汚してしまっている。
振り返ってみてみれば、汚泥が滴った跡が点々と通った後に残っていた。
「湯桶を用意してきます」
「本当にすいません」
僕は、神父に向かって頭を下げた。
「……今更でしょう。気にすることはありません。これまでも馬や武器、情報、宿泊場所などの協力はして差し上げましたし……」
「それに」と、ロマ神父は付け加えた。
「この教区はコルネリウスの血族によくしていただきましたから。私ども教会は、コルネリウスの味方です」
どうやらこれまでの襲撃に関しても、この神父は一枚噛んでくれていたようだった。そっか、流石にハティが一人で何から何まで用意できるわけもない。考えてみれば当たり前だった。
そして、神父は僕を見て何かを惜しむような、懐かしむような、そんな表情をした。神父は、僕を通して、何かを見ていた。
そういえば、亡くなった父はノブレスオブリージュを訴える兄と一緒によく教会や教会が拾う孤児たちに向けて支援をしていた。もしも、それが廻り回って帰ってきたとするのならば。
僕は、もしかすると、教会だけじゃなく父にも救ってもらったのかもしれなかった。
僕も神父に、神父を通して、何かを見ていた。
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