第9話 : 灯の導きと忘れられた工房



オートマタ・サーカスがクロノタイト結晶を使って何かを企んでいる。そして、そのために腕利きの機工師を攫っている(あるいは協力させている)可能性が高い――。

カフェでリリィと情報交換を終えたカイの頭の中は、その重い仮説でいっぱいだった。闇市場、あるいは彼らのアジト。どちらにしろ、これ以上調査を進めるには、相応のリスクを覚悟しなければならない。


「……どうしたものか」


考えがまとまらないまま、その日はログアウトした。自室のベッドに横になっても、なかなか寝付けない。目を閉じれば、オートマタ・サーカスの不気味な仮面や、第3鉱区で感じた鋭い視線がちらつく。ブリード現象、クロノス・コアの謎、そして灯守……。考えるべきことが多すぎた。


と、その時。枕元に置いていたスマートフォンが、静かに一度だけ振動した。ディスプレイには『新着メッセージ(発信元秘匿)』の文字。またしても、灯守からだった。


カイはベッドから跳ね起き、メッセージを開く。前回同様、シンプルなテキストメッセージだ。


The Circus prepares its next act in the "Forgotten Workshop".

Deep beneath Chronos, where old gears sleep.

They seek to reawaken something best left undisturbed.


Caution is advised. Their traps are not mere child's play.

Observe the conductor, but do not become ensnared in the strings.


The path narrows. Choose wisely.


-- The Lamplighter


(訳:サーカス団は次の演目を「忘れられた工房」で準備している。

古き歯車が眠る、クロノスの地下深くで。

彼らは、そっとしておくべきものを再び目覚めさせようとしている。


注意を勧告する。彼らの罠は単なる子供の遊びではない。

指揮者は観察せよ、だがその糸に絡め取られるな。


道は狭まる。賢明な選択を。


――灯守)


「忘れられた工房……クロノスの地下深く……」

灯守は、まるでカイたちの思考を読んでいるかのように、次の目的地を示唆してきた。しかも、「そっとしておくべきものを再び目覚めさせようとしている」という不穏な言葉と共に。指揮者とは、オートマタ・サーカスのリーダーのことだろうか?


なぜ、灯守はここまで具体的な情報を? カイたちを導き、オートマタ・サーカスの計画を阻止させたいのか? だとしたら、その目的は何なのか? 疑問は尽きないが、今は示された道を進むしかないように思えた。闇雲に闇市場を探るよりは、具体的な目的地がある方が動きやすい。


翌日、カイはすぐにリリィに連絡を取り、灯守からの新たなメッセージについて伝えた。


「忘れられた工房、だって? クロノスの地下……聞いたことない場所だね」


リリィは唸る。


「でも、灯守って奴、あんたたちの動き、完全に把握してるみたいじゃない? ちょっと気味悪いけど……情報源としては確かそうだし、行ってみる価値はあるかも」

「はい。ただ、『罠に注意せよ』ともありました。かなりの危険が伴うはずです」

「だろうね。アジト同然の場所なんだろうし。準備は万全にしないと」


二人は、潜入ミッションに向けて本格的な準備を開始した。

カイは、これまでに貯めたゴールドと素材をつぎ込み、機工師としてのスキルをフル活用した。まずは偵察用の小型飛行ドローン『スチーム・ビー』を改良。カメラ性能を上げ、ステルス性を高めた。さらに、いざという時のための脱出・防御用ガジェットとして、高濃度の蒸気を噴射して視界を奪う『スモーク・グレネード』と、短時間ながら物理攻撃を防ぐ簡易的な『エネルギー・シールド発生装置』をいくつか製作した。これらはまだ試作品レベルだが、無いよりはましだろう。彼のクラフトスキルは、確実に向上していた。


一方、リリィも黙々と準備を進めていた。愛用の蒸気銃を念入りに整備し、徹甲弾や麻痺弾など、特殊な弾丸を複数種類用意しているようだった。彼女の装備は、カイが見てもかなり高性能なものだと分かる。彼女がどこでそれを手に入れているのか、カイはまだ知らない。


「よし、準備完了。行こうか、カイ」

リリィの言葉に、カイは頷き、深呼吸した。緊張で心臓が早鐘を打っている。


二人はエリュシオン・ゲートにログインし、灯守のメッセージにあった「クロノスの地下深く」へと向かうための入り口を探した。情報屋や古い地図を頼りに、クロノスの下層エリア、普段はほとんどプレイヤーが足を踏み入れないような寂れた地区へとたどり着く。そこには、古びた巨大な昇降機があり、さらに地下へと続く道を示していた。


昇降機で地下へ降りると、空気はひんやりと湿り気を帯び、巨大な歯車やパイプが剥き出しになった、広大な地下空間が広がっていた。所々で蒸気が漏れ出し、不気味な機械音が反響している。まさに「古き歯車が眠る」場所にふさわしい雰囲気だ。


「ここから先は、本当に何があるか分からないわね……」リリィが周囲を警戒しながら呟く。

「慎重に進みましょう」


二人は互いに背後をカバーし合いながら、地下空間を進んでいく。道中、警備用のオートマタや、地下環境に適応した異形のモンスターに遭遇したが、準備してきた装備と連携で切り抜けていく。カイのドローンが先行して通路の安全を確認し、リリィが確実に敵を仕留める。以前よりも二人の連携は洗練されてきていた。


やがて、通路の奥に、他とは明らかに違う、重厚な金属製の扉が見えてきた。扉の表面には、奇妙な歯車と仮面を組み合わせたような紋章が刻まれている。ここが「忘れられた工房」の入り口に違いない。


「……音が聞こえます。機械の駆動音と、何かを叩くような金属音……」

カイが扉に耳を澄ませて言う。中では、間違いなく何かが稼働している。


「よし、カイ。例のドローン、お願いできる?」

「はい」

カイは小型ドローン『スチーム・ビー』を発進させ、扉の僅かな隙間から内部へと潜入させる。ドローンからの映像が、カイの視界の隅に表示される。


内部は、想像していたよりも広かった。薄暗い中に、巨大で複雑な機械がいくつも設置されており、火花を散らしながら稼働している。そして、その機械を操作しているのは、やはりオートマタ・サーカスのメンバーたちだった。数人の見張りが入り口付近を警戒している。奥の方には、さらに厳重に管理されている区画があるようだ。


「見張りは3人……動きにパターンがあります。隙を突けば、気づかれずに中に入れそうです」

「OK。合図するから、それに合わせて」


リリィとカイは息を殺し、見張りの巡回パターンがちょうど死角になるタイミングを待つ。


「……今!」


リリィの合図で、二人は音もなく扉を滑り抜け、入り口付近の資材の影へと身を隠した。


――潜入成功。


工房内部の空気は、オイルと、そして微かに甘いような、それでいて金属的な奇妙な匂いが混じり合っていた。おそらく、クロノタイト結晶の匂いだろうか。

目の前では、オートマタ・サーカスのメンバーたちが、巨大な機械を操作し、何かを製造している。その光景は、カイがこれまでに見たどんな生産活動とも違う、異様で、そしてどこか神聖な儀式のようにすら見えた。


彼らは一体、ここで何を作り出そうとしているのか?

カイとリリィは、互いに視線を交わし、さらに奥を調べるべく、息を潜めて次の行動に移ろうとしていた。





—————————————————————あとがき


第9話、お読みいただきありがとうございます!

灯守の導き(?)により、ついにオートマタ・サーカスのアジトらしき「忘れられた工房」へとたどり着いたカイとリリィ。潜入ミッション、緊張感ありますね!

カイの機工師スキルも、少しは役立ってきたようです。

工房内部では、一体何が行われているのか? そして、二人は無事に目的を果たし、脱出することができるのか?

次回、工房内部の探索と、そこに待ち受けるであろう危険にご期待ください!


それではまた次回!

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