第8話 :古代鉱石の謎と失踪者の噂


第3鉱区でのオートマタ・サーカスの目撃から一夜明け、カイとリリィはクロノスのカフェで作戦会議を開いていた。もちろん、ゲーム内のカフェだ。テーブルの上には、湯気を立てる奇妙な色のハーブティーと、歯車型のクッキーが置かれている。


「やはり、鍵は『クロノタイト結晶』か……」カイは眉間にしわを寄せながら呟いた。「あれが何なのか、どういう性質を持っているのかを詳しく知る必要がある」

「だね。敵の目的を知るには、まず敵が欲しがってる物を知るのが定石だ」


リリィも頷く。


「普通のレア素材じゃないことは確かみたいだし」

「俺は機工師ギルドと、あとは図書館で文献を調べてみます。何か手がかりがあるかもしれない」

「OK。私は私で、ちょっと別のルートから探ってみるよ。素材屋とか、情報屋とかね。銃の改造に使える特殊鉱石を探してるって言えば、怪しまれにくいだろうし」


リリィは悪戯っぽく笑うが、その目には真剣な色が宿っていた。彼女がどういう「ルート」を持っているのかカイには分からないが、その手際の良さには感心させられる。彼女がただのプレイヤーではないことは、徐々に明らかになってきていた。


二人はそれぞれの調査に取り掛かることにし、一旦別れた。

カイはまず、機工師ギルドへと向かった。カウンターには、いつものようにギルドマスターのバルトが座っている。カイは意を決して尋ねた。


「バルトさん、クロノタイト結晶について、何かご存じないでしょうか?」


バルトは額のゴーグルを押し上げ、訝しげな視線をカイに向けた。


「クロノタイト結晶だと? ほう、また妙なものを調べておるな、お前さんは」


その反応から、やはりそれが一般的な素材ではないことが窺える。


「ええ、少し興味がありまして……」

「ふむ……あれは、儂ら機工師にとっても謎の多い代物だ。古代文明の遺物とも言われとるが、定かではない。確かなのは、非常に不安定で、扱いが極めて難しいということじゃ」


バルトは腕を組み、記憶を探るように天井を見上げた。


「時間そのものに干渉する力を持つ、なんていう大げさな伝承もあるがな。まあ、眉唾じゃろう。ただ、特定の条件下で周囲の空間に奇妙な影響を与えることは、古い記録にも残っとるらしい。加工には、それこそ失われた古代の技術と、特殊な設備が必要になる。今のクロノスの技術では、とてもじゃないが扱えん代物じゃな。少なくとも、このギルドにはおらん」

「そう、ですか……」


思った以上の情報は得られたが、核心には遠い。


「なぜそんなものを? まさか、手に入れようなどと考えておるわけではあるまいな? 下手に関われば、どんな災厄に見舞われるか分からんぞ」


バルトは釘を刺すように言った。


「いえ、滅相もありません。ただの知識欲です」


カイは当たり障りなく答え、ギルドを後にした。


次にカイが向かったのは、クロノスの中央エリアに聳え立つ「大図書館」だった。巨大なドーム状の建物で、内部は吹き抜けになっており、壁一面に無数の書架が並んでいる。自動で本を出し入れするアームや、静かに浮遊して書物を運ぶドローンが行き交い、スチームパンクと未来的な技術が融合した荘厳な空間を作り出していた。


カイは検索端末を使い、「クロノタイト結晶」「古代技術」「時間制御」といったキーワードで文献を探し始めた。関連しそうな書物をいくつか見つけ出し、閲覧室で読みふける。そこには、断片的ながらも興味深い記述があった。


『クロノタイト:極めて稀な鉱物。内部に凝縮された時間エネルギーを持つとされる。不安定であり、外部からのエネルギー干渉により暴走、局所的な時空異常を引き起こす危険性あり』

『古代アトモスフィア文明期、クロノタイトを用いた動力機関や転移装置が研究されていたとの仮説が存在するが、現存する資料は皆無』

『一説によれば、クロノタイトは特定の方法で加工・同調させることで、世界の「基盤」…すなわちクロノス・コアの管理システムに干渉する鍵となりうると記した異端の工学書が存在したという…(以下、判読不能)』

「世界の基盤への干渉……クロノス・コア……」


最後の記述に、カイは背筋が寒くなるのを感じた。もしオートマタ・サーカスが、この記述を知っていて、クロノタイトを集めているとしたら? 彼らの目的は、この世界の根幹を揺るがすことなのかもしれない。しかし、文献はそこで途切れており、それ以上の情報は得られなかった。


数時間後、カイは疲労感を覚えながら図書館を出た。集まった情報は断片的で、オートマタ・サーカスの具体的な目的にまでは繋がらない。調査の難航に、焦りが募る。


その夜、カイは現実世界で健二に連絡を取った。

『例のクロノタイト結晶、やっぱりヤバい代物みたいだ。古代の技術とか、時間とか、クロノス・コアとか……色んな話が出てきて、何が本当なのか……』

『うおっ、マジかよ! なんかSF映画みたいな設定だな! クロノス・コアに干渉とか、運営AIにケンカ売る気かよ、そのサーカス団は!』


健二は興奮した様子だが、どこか他人事のようでもある。


『笑い事じゃないって……もし本当にそんなことができたら、ゲームだけじゃ済まなくなるかもしれないんだぞ』

『……まあ、確かにな。お前がそこまで言うってことは、相当ヤバい状況なのかもな。俺も、そのクロノタイトってやつ、もう少しフレンドとかに聞いてみるわ。何か新しい噂が出てるかもしれねえし』


健二の声のトーンが、少しだけ真剣味を帯びた気がした。彼も、この異常事態を単なるゲーム内の出来事として片付けられなくなり始めているのかもしれない。


翌日、カイはリリィと再びカフェで合流した。リリィは少し疲れた顔をしていたが、その目には確かな光があった。


「どうだった、カイ? 何か分かった?」


カイは、機工師ギルドと図書館で得た情報をリリィに伝えた。クロノタイトの危険性、古代技術との関連、そしてクロノス・コアへの干渉の可能性。


「……やっぱり、とんでもない代物みたいだね」


リリィは腕を組んで唸った。


「で、こっちも少し気になる情報を掴んだよ」

「本当ですか!?」

「うん。最近、腕利きの機工師プレイヤーが何人か、立て続けに行方不明になってるって噂があるんだ。それも、Lv40以上のベテランばかり」

「高レベルの機工師が……?」

「そう。失踪したって断定はできないけど、ここ数週間、ぱったりとログインしなくなったって。ギルドにも連絡なしでね。単なる引退かもしれないけど、ちょっとタイミングが良すぎる気がしない?」

「タイミング……まさか、オートマタ・サーカスに?」

「可能性はあると思う。クロノタイトを加工するには高度な技術が必要なんだろ? もしあいつらが、その技術を持つ機工師を……無理やり協力させているとしたら?」


リリィの言葉に、カイはぞっとした。プレイヤーの拉致? ゲームの世界でそんなことが可能なのか? いや、ブリード現象が起きているこの世界では、何が起きても不思議ではないのかもしれない。


「それと、もう一つ。クロノタイトの取引には、どうも運営とは別の、『闇市場』みたいなネットワークが関わってるっぽい。正規のルートじゃ手に入らないようなレア素材や、禁制品なんかが取引されてる場所があるらしいんだ」

「闇市場……」


二人は顔を見合わせた。集まった情報は、どれも不穏なものばかりだ。オートマタ・サーカスは、闇市場を通じてクロノタイト結晶を買い集め、拉致した(あるいは協力させた)高レベル機工師に、それを使って何か危険な装置を作らせている……?


「仮説だけど、かなり筋が通ってきましたね」


カイは呟いた。


「うん。問題は、その『何か』が、一体何なのか、ってことだね。そして、どうやってそれを止めるか……」


リリィはカップに残ったハーブティーを飲み干した。


「次は、あいつらのアジトか、その闇市場とやらに乗り込むしかないかな。どっちも、さらに危険だけど」


調査は難航しながらも、少しずつ核心に近づいている手応えがあった。だが同時に、相手の不気味さと、自分たちが足を踏み入れている世界の危うさを、カイは改めて痛感していた。




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あとがき

第8話、お読みいただきありがとうございます!

クロノタイト結晶の謎について、少しずつ情報が集まってきましたね!

しかし、同時に高レベル機工師の失踪や闇市場の存在など、新たな不穏な要素も浮上し、オートマタ・サーカスの暗躍がより深く、危険なものである匂いがプンプンですね!


カイとリリィの調査は、彼らをさらに危険な領域へと導いていくようです。健二の今後の動きも気になるところですね!

次回、二人は新たな手がかりを元に、さらに危険な調査へと踏み出します。引き続きお楽しみください!

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