全盲の太陽
D
知らない男
第1話
新品のヘアブラシを握った使用人が、陶器でも扱うかのように、慎重に髪に触れてくるのを横目に、私──
……どちらも地獄だった。
なら、知らない方が良かった。
私が生まれた虹條家は、大正時代から100年以上続いている財閥である。
財閥らしく、虹條はグループ会社として様々な事業を展開しているが、そのすべてが軌道に乗っており、それはまさしく異常と言えた。
まるで激しい時代の波が“視えている”かのような、虹條の天才的な企業戦略は、幾度となくメディアで取り上げられて議論されており、その話題が落ち着いたことはない。
しかし、その輝かしくも恐ろしい業績は、虹條家の女子のみに生まれる、特異体質の人間によって支えられていることを世間は知らない。
100年もの間、厳重に管理されてきた秘密──その能力の名は未来視。
望んだ未来を“視る”ことができる人間が、代々、虹條家に繁栄をもたらしていた。
そして、その能力を持たずに生まれた者は、虹條家では普通の人間として扱われることすら叶わない。
「お嬢様、お待たせいたしました。客間に向かいましょう。黒神様は既にご到着されているとのことです」
私が立ち上がると、それに合わせて使用人が音も無く襖を開ける。今まで見たことがなかった完璧な所作を見せつけられたことで、逆に心が逆立つのを感じながらも、努めて無視して廊下に出た。
今日から、私にボディガードがつく。
虹條家において、女子にボディガードがつくというのは、その者が未来視に目醒めているという証明だ。
そして、虹條家に仕えるボディガードは、その為だけに育てられた者が着任する。
「あら、お姉様」
「……のえ」
虹條のえ。
6年前に能力が発現した、私の一歳違いの妹。
その左側には、見慣れたのえのボディガードが立っていた。
「これから顔合わせよね? ふふ、良かったわね、お姉様にもようやく居場所が出来て。虹條家の出来損ないが日の目を見られるんだもの。今日はお祝いに赤飯でも炊いてもらえば?」
「……」
「本当、お姉様って無口よね。何言っても無表情だし」
「……もう行くから」
「そうだ! お姉様のボディガードになる男、黒神会の化け物って呼ばれてるんだって。ね? 陽太」
「こら、内緒って言うたやないですか」
どくん、と心臓が跳ねる。
普段なら響かないのえの言葉も、ボディガードがつくという初めてのことに緊張しているせいか、心の隙間に入り込んで、毒みたいにその言葉が侵食してくる。
化け物、なんて。
ボディガードですら、普通でいさせてくれないの?
「ふふ。どんな男か、後で聞かせてね」
ひらひらと手を振って、満足げにどこかへ歩いていくのえを、私は引き止めることができなかった。
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