第3話・アームズギア・バッドコミュニケーション

アームズギア。


それは人類の脆弱さを克服し、如何なる環境下でも活動出来る様にする為の強化外骨格が元となる。


神経接続による操作は、まるで人体そのものである様に錯覚させる程正確であり、あらゆる悪環境にも対応し長期的な活動を可能とした操縦者保護を徹底する幾多の機能を搭載。


要は人類の発展を願って作られ、その使用目的も平和的な理由から求められていた物だ。

例えば深海の水圧にも、活火山のマグマの中でもこの強化外骨格を用いれば活動出来るのだから、未開地の開拓用として本来は考えられて開発された経緯があるのである。


しかし悲しいかな。

人間ってのは、そのスペックを別の側面で見てしまう。


ただの平和利用の強化外骨格が、軍事兵器の雛形として評価されてしまうのは…きっと望まれたものではないだろう。


人類を救い活かすそれが、その真逆をいく進化を見せる。

それはきっと開発者にとって、辛く苦しい事の筈なんだ。


俺は今、何とも言えない表情を作っているのだろう。

知らないのに知っている、故のこの胸の苦しさ。

廃墟を見た時以上の感覚だった。


「……まるでこれは」


胸の前でより強く手を握り締める。

俺はアレと、深い関わりがあった。


立ち尽くし、目の前のアームズギアを俺はじっと見つめていた。

この感情は―――俺はアレを見て、後悔と未練を憶えているのだと自覚した。


「…一方的だな、これは」


巨体同士の取っ組み合いは続く。


何とか抵抗しようとする黒い巨虫は四対の足の細く鋭い切っ先を苦し紛れに振るうが、アームズギアはそれを意に返さない。濃紺の装甲に触れてもほぼ無傷、健在だ。

逆に振るわれた足を空いていた手で掴み受け止めると、それを勢いよく関節部より引きちぎった。


巨虫の絶叫が廃墟を震わす。


圧倒的だ。

神経リンクによって簡易化された操作、それに伴う人機一体を体現した滑らかな機動性。

そして強靭な装甲と機体フレームによって目の前で繰り広げる様な肉弾戦さえも難なくこなす。


まさに今目の前で駆動する存在こそ、望まぬ進化の極致に至った存在だ


「………けど、あんな物が稼働してるなんて…」


俺の知るアームズギアならば、今もこうして動いている事に驚きを禁じ得ない。

俺がアレの事を知っていると言うことは、少なくとも荒廃する前の時代に生み出された物の筈だからだ。


もしくは今この時代まで残ったモノがああいう物ばかりである、という可能性もある。

だとしたらまあ何とも物騒な……いや、あんな化物が闊歩してる時点で残るべくして残っているのかもしれないけど。


と、考え込んでいる間にも戦いにもケリが着いたようだ。


濃紺の…青いアームズギアは巨虫の首を絞める腕に力を込めた様だった。

外殻が砕け、肉が軋む音が鳴り続き、最後にはグチュっと潰れる音と共にもがいていた巨虫は、その動きを止めた。


青いアームズギアの手を離れ、巨虫の巨体は地面へと崩れ落ちる。


青いのアームズギアの双眸が赤く輝く。

巨虫の血に塗れ佇む全長10mに届く姿と相まって、思わず息を飲む程の威圧感があった。


「終わったか……」


俺は、この後の行動をどうするか迷っていた。

行く宛もない手前、そんな時に目の前にアームズギアが現れたのは僥倖だった。


知識に間違いがなければアームズギアは有人機だ。

あの中には操縦者がいるという事となる。


彼か、彼女かは分からないが、コンタクトが取れれば現状を打開出来る。


声、掛けてみるか。


そう決断する事に、正直躊躇はなかった。

俺以外の人間に会える、と言う喜びが勝っていた。


「――――おーい!」


俺は駆け寄りながら大きく声を張り上げた。




『――――!』




此方の声に反応したのか、青いアームズギアは顔を向けた。

赤く輝く双眸が俺の視線と重なる。


気付いてくれた。そう安堵した俺であったが




その瞬間、アームズギアの長腕がしなりを上げて―――俺へと向けられた。




「なっ…!」


身体を前方へ飛び込ませる様に動かした。

直後、地面を叩き付ける衝撃が伝わり、その勢いは俺の身体を強引に押し上げた。


「ぐっ」


体勢を取れずに地面に叩き付けられる。

僅かに痛むがそれだけだ、生身ながらこの耐久性には感心するばかりだ。


が、このまま一息吐けるタイミングではない。


俺の頭上を影が覆う。

吹き飛ばされた先は、青いアームズギアの真下なのだから。


先程の明確な攻撃、ならばそれに続く動きなんて簡単に予想出来る。


「くそっ!?」


飛び起きる様にして身体を急いで動かした。

真上を見上げれば、青いアームズギアはその片足を上げている。


「何てこったよ……!!」


全力で駆ければ、この身体ならばすぐに全速に至る。

後方で俺を踏みつぶさんとして振り下ろされた片足が、地面を割っている姿が見えた。


距離を離し、立ち止まった俺は振り返りつつある青いアームズギアを見据えた。


「―――聞いてくれ!俺は敵じゃない!」


青いアームズギアからの反応はない。

代わりに返ってきたのは、此方に対する明確な殺意だ。


大きく踏み込んだ一歩目、そして二歩目で地面を蹴り、跳ぶように距離を詰めてきた。


十分に距離を離したつもりだ。

だがやはり、その巨体故に、アームズギアが迫るのは一瞬か。


「くそっ!」


後方に飛ぶ。廃墟を背に、ひたすら後ろに。

広い道路から、建造物の隙間へ。此方の小回りの良さを活かせるように―――!!


青いアームズギアは右腕を突き出す、指先を揃え、此方に向ける。


向けて来る―――まずいか!?


「くっ!」


地面を蹴り飛ばす直前に何とか勢いを抑え、咄嗟に身体を伏せたのは幸いだった。


俺の真上を光の刃が走った。

青いアームズギアが束ねた指先から伸びた光剣。

こちらの動きを予測した刺突、跳んで避けていたら貫かれていた。


「ちょ……こっちは生身だぞ…!?」


そんな大層な、如何にも対巨大戦で使う様な武器まで出して来るのか!?


光剣はそのまま振り下ろされる。追撃だ。

俺はそれを、横に飛ぶ事で何とか避け切るが…これが続くのはキツイ…!


どうする?どうすればいい?

相手は此方の言葉を聞かない。何故だ?どう見ても姿形は人間の筈だ。




―――いや、違うのか?そういう事じゃない?




冷静になって考えてみよう。

単純な話、化物が闊歩して人間の生存が絶望的な廃墟に、その身一つのインナースーツ姿で、馬鹿みたいに長い髪を垂れ下げた女か男か分からない人間が、突然現れたのだ。


普通は警戒するか、問答無用で攻撃するか位はするんじゃないだろうか


「………怪しいな!俺ェ!」


理不尽かもしれない。しかしそれは此方から見た場合の話だ。

恐らくは、あちらにとっての正常な判断、場合によっちゃ人間に擬態する様な化物がいるなんて事もあったんじゃないか…!!


いや、そこまで分かるか!考え及んでなかったよ!


こちとら何も知らないんだよ。この世界のことは!

―――それどころか、昔のことだって何も憶えていない俺は、一体何だってんだ!?


分かってる。

幾ら言っても吐き出したって意味はない。

この状況は好転しない。


話を聞いて貰える訳でもないのなら俺に出来る事は一つ、逃げ一択だ。


………逃げ切れるのか?幾ら超人染みた身体とはいえ、生身がアームズギア相手に?


「……ああ、もう!!生きたければさあ!!」


光剣という長物を備えてきたのなら、後方に下がるは愚。

逆に相手の間合いを詰めて、どうにかして不意をついて逃げる隙を見つける。


どうにかって?……どうにかは、どうにかだよ!!


最早ヤケクソだった。

口ではこう言っていたが、どこか諦めもあった。


だけど、けれども――――。




こんな所でだけは、死にたくない………!!!




動き出そうとした時だった。


地面が突然隆起した。


「なっ……!?」


『――――――――っ』


何が起こった?

そう疑問を浮かべるよりも早く状況は動く。



隆起し割れた地面の底から、複数の黒い巨虫が出現する。



血の様に赤い複眼を輝かせて、まるで怒りを表すかの様な咆哮が廃墟内に響き渡った―――。

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