第17話:おい莫迦やめろこの転生者は早くも終了ですね(後)

「……保波」

「はい」

  おや、この世界のお母様が笑顔を絶やして真剣な顔をしている。流石に四歳児が四則演算を使いこなすのは不自然だったか。

「保波は、「そら」には何も無いと思ってるのかしら」

「? ……いえ、空にはたくさんの雨粒があると思いますが」

「……じゃあ、「何も無い」ことを書くのに「空」は無いんじゃ無いかしら」

  ああ、そういうことかいな。とはいえ、「色即是空」から「空」を取った、つったらナンボなんでも化け物扱いになるし、っていうかそもそもおれ自身、「色即是空」がどういう概念かを知ってるか、っていったら、断じて「否」だし、そもそも仏教が本朝を穢していないのならば、その原風景は見てみたいから明かすのも癪だし。

「……じゃあ、「無」ですか?」

「うーん、「無」というのもちょっと違うわねえ……。無というものは本当に「無」というわけでもないし……。

 ああ、そうだわ! 「虚」というのはどうかしら?」

 ……「きょ」ってなんだ。……いや、ゼロの意味で「きょ」だとすると、「虚」か。

「きょ? ……「虚空」の「こ」ですか?」

「そうね、……虚空なんて言葉知ってるのね。……誰から聞いたのかしら……。まあ、いいわ。それはそうと、四則演算の書き方は判ったかしら?」

「ああ、はい。例えば八八乗だと六十四ってことですよね?」

「うーん、さすがに加減以外は難しいかしら。八八乗だと六十四64ではなく肆十ね。」

「? ……ということは、十六十六乗は二百五十六でもなければ百でもない?」

「ええ、十六十六乗はだいたい二百になるわね。……まあ、それでも加減ができるだけでも偉いわ。よくできました」

「えへへー」

  頭を撫でられて抱き留められる。いかん、変なプレイに目覚めそうだ。でも、これ、すごくいい……。

「それじゃ、今日の所はおしまい」

「えっ」

「あー、明日からもうちょっと難しい問題を考えておく、って意味よ? だって、保波がこんなに頭がいいなんて思わなかったもの」

「あは、あははは……」

  ……明日からは、もうちょっと手を抜こう。


 「ゼロ」という知識を披露した彼女は、而してそれが新しい概念であるということを理解されずに「利発な子」程度の印象で終わらせることに成功した。

 とはいえ、それでも加減程度しかまだ実践できていないこともあって、乗除についてはまた近いうちに指導を受けることとなる。そして、彼女は勘づいていたが、この世界ではまだ十進法を考案できていないのか、あるいは位取りが考案できていないのか、若干の齟齬が存在していた。

 そしてそれを含めたその事象は彼女の運命を加速させうることになってしまうのだが、それを知る者は彼女を含めて、まだ誰も存在することは、なかった……。

 そして、月日は過ぎて雪が降り積もるある日のことである。

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