第2話:輿入れの日(中)

(うーむ……)

 なだめすかされ、どうにか車に入った、というよりは半ば無理矢理に親や使用人に車内に入れられた「姫」であったが、相変わらず渋い顔であった。その、渋い顔すら麗しいその「姫」は、既に脱走計画を練り始めていた。

 まあ、それを言い出すと、まだ齢10にも満たないであろうその幼顔がなぜ嫁ぐことになったのかから話を始めることとしよう。

 と、いうのも、よくある幻想譚であり、勇者が魔王を倒す、という筋立ての、まあ言ってしまえば冒険譚が発生して、その結果魔王が倒され、勇者が帰還した、というものである。あるのだが……。

 どうやら、姫が憂鬱なのは、「勇者」に献上される「姫」というのが、眼前の姫だったようだ。確かに、見目麗しく、「勇者」への功労のためのねぎらいの贈呈品としてはうってつけの「姫」ではあった。更には、姫の家柄は申し分ないものであり、皇族でこそないものの、贈呈するには非常に有用な存在であった。

 ……その、姫の中身が男性であることを考えなければ、だが……。

 だが、姫も姫なれば、勇者も勇者であった。姫が想定していなかった「勇者」の正体とは……。

「それでは、車も発車致します。準備は宜しいですね?」

「…………」

 ふるふるとかぶりをふる姫。まるで、頷いたら総てが終わる、と考えていたようだ。そして、それは果たして、虚とも言い難かった。

「ええ、我々は大丈夫です。……姫に関しては、車中で説得しておこうかと。何せ、本当に誰もがうらやむ縁組みのはずですし……」

 そして、車が出発し……1刻と小半刻1/4刻が経過し、皇居の謁見の間に姫が到着した。既に、式典が開かれており、勇者が表彰されて皇帝に謁見している幕の裏に、姫が連れ込まれた。

「うわ」

 ……姫らしからぬ驚き方をする、「姫」。幕の表では、勇者が皇帝に跪いており、魔王討伐を完了した口上を述べている最中であった。その「勇者」は非常に精悍な形をしており、見た目にも勇ましい美丈夫であった。少なくとも、「姫」にはそう見えた。

「姫、はしたないですよ」

「……い、いえ、その、あまりに勇者様が逞しかったもので……」

「ですよねえ! ……っとと、小さい声でお願いしますね、ドッキリなんですから」

「ドッキリ?」


「……と、いうわけで、朕には子がまだ居らぬ故な、臣下の身分より調達する形で申し訳ないが、勇者様には此方の姫を娶って頂きたい。……保波!」

「は、はいっ!」

(やべっ、転けそう。っととと、なんとか転けずに陛下の眼前まで歩かねば)

「この者は、垣屋保波というてな、勇者様にはこれからもこの国にとどまって頂くためにも、是非……」

(うわ、マジでいるんだ、勇者って。舞勇云々はよくわからんが、如何にも逞しい)

「えっ、で、ですが……」

(ほら、相手も戸惑ってるじゃん、だから陛下、この縁組みはなしってことで……)

「如何かな、勇者様。これより美しい姫は、正直この国には……」

 だが、勇者はその後、衝撃の事実を口にした。

「……わたし、女ですよ?」

「えっ」

 思わず、固まる皇帝。それに対して、勇者もまた驚いた拍子で、

「えっ」

 と、声に出し、そして、姫もまた、

「えっ」

 と、表情を若干崩しつつ、違和感をあらわにした。

(……今、眼前の勇者様、なんつった?)

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