善役令嬢物語
エトーのねこ
大いなる女装(こら
第1話:輿入れの日(前)
二次元すら裸で逐電するほど可憐な容姿をした美少女が、憂鬱そうな顔をしていた。その少女の着ている服は、如何にも高級そうであり、事実その服の裲襠一枚だけでも庶民の長屋が何十軒と建築できるほどの値が付く代物であり、その少女がいかに両親から大切に育て上げられたかが見て取れた。
そんな少女の、輿入れの日が今日であった。通常、輿入れが決まったとあっては少女はもちろんのこと、親や、そして好かれている場合では使用人もまた晴れがましい日であるはずだった。そして、その少女は、歓呼の声で送られて、その少女ほどでは無いにしても見目麗しい少女のみで固められた随行人と共に、勿論徒歩ではなく何からの移動手段で、見送られる手はずとなっていた。そう、そのはずであった。
だが……。
「姫?」
少女を「姫」と呼ぶ、随行人の一人は妙な気配と共に彼女を見て取った。無理もあるまい、そんな喜ばしい輿入れの日にも関わらず、「姫」は不安そうにしていた。否、不安そうどころか、絶望そのものの顔であった。相手方の悪名が高いからだろうか? 否、相手は勇者の称号を得た伝説の大英雄である。勿論、皇帝のような血統がある家柄ではないものの、むしろ名声や実力、あるいはそういったことに関しては、血統に甘えられないことを考えたら逆に折り紙付きのはずであった。
だというのに、「姫」は、非常に憂鬱そうな顔をしていた。
「姫、そろそろ車が出ます、緊張しているのは理解していますが、そろそろご準備くださいな」
御者の、これまた身震いがするほどの美女が、姫の背中を押す。しかし、促されても姫は、車に乗ろうともせず、顔面蒼白のまま落ち込んでいた。
「……姫は、いかがなさったのでしょうか」
随行人がざわつき始める。周囲の見送る者もまた、何故姫が頑なに車に乗ろうとしないのか、困惑していた。誰もがうらやむ縁組みのはずである。だというのに。
「わかりません、屋敷から出たことの無い姫のことですから、緊張はしているのでしょうが……」
なんとこの姫、屋敷から一歩も出たことの無いほどの、否、文字通りの箱入りであった。とはいえ、屋敷といっても坪どころか畝や反で数えた方が良いほどの広大な屋敷である、下手をすれば町はありそうなほどのその屋敷は、城の構えほど厳重では無かったものの、麓櫨野ヶ原台地に構えたその屋敷は、宮城も近くにある非常に立地条件の良い屋敷であった。そんな屋敷から、輿入れに向かうわけで、それなりの緊張感はあって当然ではあった。だが……。
「ささ、姫。確かに勇者様の名声だけ聞くと厳めしい方かもしれませんが、怖くはありませんからねー」
……とはいえ、姫の心配ごとは、そこではなかったらしかった。と、いうのも……。
(……ヤローの肉棒受け入れる準備なんかしてねえっつーの!)
……「姫」の人格は、「男性」であった……。
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