再開

hiromin%2

13

 青年は東京へ旅行し、そこで暮らす友人の自宅に宿泊することとなった。

――せっかく東京へ来るなら、家に泊めてやるよ

 青年が東京を訪問するのは初めてだったが、このようなメッセージが届いたので、彼をあてにすることにした。久しぶりの連絡だったが、とても親切に対応してくれた。


 友人とは駅で待ち合わせた。しかし駅の構内は入り組んでいて、友人の待ち合わせ場所が分からなくなってしまった。青年はスマホでメッセージを送った。

――今どこにいる?

――東口だよ

――僕も東口にいるはずだが

――実は西口なんじゃないか?

――分かった、じゃあ僕がそっちへ向かうよ

――いや、俺が移動するから待っていてほしい


 意思疎通がうまく取れず、結局当初の待ち合わせ時間から三十分後にやっと合流した。青年は友人に申し訳なく思ったが、彼は顔色一つ悪くせず気さくに挨拶した。

「やあ! 久しぶりだね」


 東口から駅を出た。まず青年は、駅周辺に建設されたビル群に圧倒された。まるでビルが、駅をすっぽり覆っているようだった。

「僕の家はこっちだよ」

 当惑する青年を尻目に、友人は颯爽と歩き始めた。青年はそれについていった。


「電車は長かっただろう?」

「そうだけど、久々の旅だから移動時間も苦じゃなかったよ」

「そうか」

「ところで、仕事は上手くいっているのか」

「……まあ、ぼちぼちだよ」

「そうなのか」

 青年は朝一番に出発したためボサボサ頭だったが、友人は髪型にウェーブがかかり、左右対称に整っていた。身なりはきれいだっだが、幾分やつれてもいる気がした。


「ところで、まだ作曲はしているのかい?」

「今はやってないよ」

 青年は驚いた。

「だって、作曲家になるために上京したんじゃなかったのかい?」

「今は仕事が大変なんだ。きっとそのうち再開するよ」

 友人はこう弁解したが、青年は彼が作曲家の道を諦めたのだと了見した。

「しかし、東京はビルばかりだね。最初は感動したが、もうすっかり疲れてしまったよ。緑が恋しいな」

「ああ、東京は嫌な町だよ」

「やっぱり、故郷が一番だよな」

「・・・・・・」

 友人は黙り込んだ。青年は気まずくなってしまった。


 青年は東京駅で地下鉄移動をするものだと考えていたので、駅周辺を散策することになるとは思ってもみなかった。まさか、一等地に住まいがあるのだろうか?

「駅の近くに家を借りているのかい?」

「いや、そんなわけないだろう」

 友人は寂しげに笑った。

「では、地下鉄で移動したほうが早かったりはしないのかい?」

「……ただついてくればいいのさ」

 友人はくぐもった声を出した。青年はギョッとして、今後は口出しをしないよう注意した。


 やがて友人は、地下の連絡通路につながる階段を降り始めたので、青年もそれに続いた。

――なんだ、結局地下鉄を利用するんじゃないか

 当然だが、連絡通路は青年の町と同じく、簡素で殺風景だった。柱が続く道を、友人と青年は黙々と歩いた。

――東京も、町中すべてが華やかというわけではないんだな


 しかし、連絡通路はずいぶんと長かった。延々と柱が連なって同じような風景が続いたので、青年はうんざりした。地下を進むくらいなら、地上のビルを眺めていた方が楽しかった。

 すると友人は、突然足を止めた。

「到着したよ」

と言ったが、青年には何のことやら分からなかった。

「何を言っているんだい?」

「ほら、俺の住み家に到着したよ」

 友人はおもむろに柱を指さした。柱の周囲には一つの大きなキャリーバックと、幾つものゴミ袋が並んで置かれていた。


「まさか、ここで暮らしているとでも言うのかい?」

「ああ、その通りだよ」

「冗談だろ?」

 青年は信じられなかった。ギターが演奏できて歌も上手く、地元では人気者だったあの友人が? 青年は依然として、友人の悪趣味なジョークに付き合わされていると考えていた。


「仮にそれが本当だとして、どうして家に泊めてやるなんて言ったんだい?」

「そうでもしないと、俺に会う意味が無くなるだろう?」

「じゃあ、どうしてわざわざここまで連れてきたんだ。普通恥ずかしくて隠すだろう?」

 青年はだんだん腹が立ったきた。せっかくの旅先で無駄足を踏ませられたかもしれないのだ。すると友人はケタケタ笑いながら言った。

「俺に同情してほしかったんだよ、可哀そうな俺に!」


 青年はそっぽを向いて立ち去った。我慢の限界だったからだ。どうせ嘘に決まっている!

 友人は青年を見送りながらケタケタと笑い続けた。やがて青年が視界から見えなくなると、友人はうつむいて嗚咽し始めた。

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再開 hiromin%2 @AC112

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