祝福のファンファーレ

赤瀬涼馬

第一話 男装の貴公子

 アルカディア王国。ボクはこの国の貴族として生まれた。

 不自由なく生きてきたが、唯一、たった一つだけ、手に入らなかったものがある。   それはボクが女であるということだ。


 そのせいで、色々と歯がゆい思いをしてきた。

 幾度となく女でなければと思ったことか。ボクが男に生まれさえしていれば、兄さんの跡目をつつがなく継げたと思っていたときだった、彼と出会ったのは――。


 ボクが悶々とした気持ちで巡視をしていると路地裏の方で言い争う声が聞こえてきた。気になって覗いてみる。


「何だ! お前………!!」

「このクソガキ!! それが人に謝る時の態度か? ああぁ!!」

「俺が何をしたって言うんだ」

「お前の方からぶつかってきておいてその言い草はないだろ!」


 年端もいかないほどの男の子がいちゃもんをつけられていた。

「だから俺は――――」

「っせぇな、お前がぶつかってきたんだろうが!」

「っな! そっちがわざとぶつかってきたんじゃないか、いいがかりは止めてくれ!」


 二人の男子があーでもない、こーでもないと言い合いをしている最中だった。よく見るとひとりは王立学院の制服を着ており、選ばれたものしか身に着けることが許されないアルカディア王国十字勲章を左胸に付けていた。


「ちょっと勉強ができるからっていい気なるなよ!」

 男もそれに気がいたようで、不愉快そうな眼差しを向けながら吐き捨てるように言う。

「だから」

 しびれを切らしように学生が大声で抗議しようとした矢先。ドンっと後ろに倒れる。


「な、何するんだ!」

 肩を押されて尻餅をついた学生が怒りに震えながら声を上げる。

「悪いな、ちょっと手が当たっちまった」と白々しく男が口を開く。

「き、貴様――――!」


 我慢の限界を迎えた学生が敵意を剝き出しにした目で男を睨みつける。一触触発の事態になりかけたところでボクが間に入っていく。


「待ちたまえ! 何をしているんだ!」

 学生を庇うように前に出たボクは、対面に立っている男にそう尋ねる。

「何ってみればわかるだろ? こいつがぶつかってきたんだ。お前の目は節穴か? よく見ろバカが!」


 男は悪びれることなくそう言い放つと、右指の人差し指をボクに向ける。

「ボクには君が一方的に難癖をつけているように見えたが?」


「それは誤解だっての、俺は被害者だ」

「ち、違う! もともとは貴様が」


 男の話を訊いた彼がボクの前に出て反論する。睨み上げるように男を見ていた学生を視線で制しながら質問を続ける。


「一旦、落ち着くために話を整理しよう――まずは名前から教えてほしい。ボクは王国騎兵隊長付きの大尉・ミシェール・ド・フランソワールだ。キミたちの名前を教えてくれ」と二人の交互にふたりを見ながらそう言う。


「俺はヨハンス・ラード・シュベルクと言います。王立学院の一年生です」

「そっちの君を名前を教えてくれ」


「っるせえぇなぁ――――御貴族の女がお高く止まってんじゃねぇぞ! クソアマが!!」

「やめろ! いきなり何をするんだ――これ以上は職務妨害罪で現行犯逮捕だぞ」


 ボクの警告を無視した男は構わずに殴りかかってきた。そのまま力づくで、ボクを押し倒した後に馬乗りになろうとした隙を突き、巴投げで投げ飛ばして両手を拘束する。


「まったくいきなり何をするんだ!」

 若干、怒りに声を震わせながら男に話しかける。

「国王の犬が――――!!」


 とだけ言い、それ以降は一切口を利かなかった。後から訊いた話によると連行した後の取り調べでも黙秘を貫き、最後は投獄された牢獄にて自決したらしい。


「まったくバカな真似を」

 と、部下から報告を訊いたやるせない気分でボクは独り言を漏らす。


―――コンコン、と扉をノックする音が聞こえる。


「空いているから入りたまえ」

「失礼します!」


 ボクが入室を許可すると一人の若い部下がきびきびとした動作でこちらに向かってくる。


「き、キミは――――!」

「お久しぶりです。あなたに憧れて俺も王国騎兵隊に入隊しました。本日付けでこちらに配属となりましたヨハンス・ラード・シュベルク少尉であります」


 と言って、一糸乱れぬ綺麗な敬礼をするヨハンス。


「そうか、こちらこそよろしく頼む、ヨハンス」


彼との再会と二度目の出会いが、のちにボクの人生や価値観を大きく変えることなるのだった。

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