有名小説のワンフレーズだけを使って小説を書く
wkwk-0057
罪の館
「人間は考える葦である」と誰かが呟いた瞬間、会話は止んだ。
この洋館に集められた十人は、それぞれが「過去に目を伏せた者たち」だという共通点だけを持っていた。
「我輩は猫である。名前はまだない」
黒猫が暖炉のそばでそう言った気がした。幻聴かもしれない。だが、この館ではなにかが“語って”いる。
「幸福な家庭はどれも似ている。不幸な家庭はそれぞれに不幸である」
老紳士が乾いた笑いを漏らしながら言った。
「ここにいるのは、皆それぞれに“不幸”を持ってるってことだな」
食卓には豪勢な料理。が、誰も手をつけようとしない。
「パンがなければお菓子を食べればいいのに」
女優が皮肉を込めて呟いた瞬間、照明が一斉に落ちた。
悲鳴。銃声。
一人が倒れていた。額に一発。テーブルの上には紙切れがあった。
「地獄とは他人である」
それは、開幕の合図だった。
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二人目が消えた夜、部屋には誰かの字でこう書かれていた。
「神は死んだ」
「世界はこのままでいいのか?」
「どこで間違えたんだろうな」
罪を告白する者もいれば、ひた隠す者もいた。
「ぼくは小説家になりたかったんです」
そう言った詩人が次の日にいなくなっていた。
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五人目の死とともに、誰かが告げる。
「戦争は平和である。自由は隷従である。無知は力である」
「人は、自分で思っているほど自由ではない」
「人間の最大の罪は不誠実だ」
恐怖が支配するなかで、一人の若者が突然叫んだ。
「おれは人間をやめるぞ! ジョジョーーッ!」
だが、誰も笑わなかった。
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七人目の死体の傍に書かれた文字。血文字だった。
「どんなに遠く離れていても、太陽は太陽のままだよ」
「夢とは何か? 現実とは何か?」
夢だったらよかった。
「泣くのはいやだ、笑っちゃおう」
そう呟いた女が、その夜首を吊った。
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残ったのは三人。
「夜は短し、歩けよ乙女」と誰かが呟いた。
「目を閉じてごらん。そこに見えるのが真実だ」
だが、彼の目に映ったのは、ナイフを振りかざす女の姿だった。
そして、残ったのは――
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広間の時計が鳴る。
皿の上には黒薔薇。
椅子は空っぽ。暖炉には誰もいない。
猫もいない。声もない。音もない。
ただ、テーブルの上に最後のフレーズが静かに置かれていた。
そして誰もいなくなった。
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