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画面が切り替わり、承黎の目の前に、奇妙な光景が広がった。読み込んだサイトのトップページは画像になっている。そこに映し出された写真は、見慣れたこの街の風景とは明らかに異質だ。
整然と並ぶ、真新しい住宅だ。どこにでもある統一されたデザインの建物群が、かなり大規模で拡がっている。新興住宅地という文字に違和感はない。だが、人の気配が、まるで感じられない。
不協和音が響いているような、そんな感覚がした。
スクロールして記事を読み進める。脳が警笛を鳴らしているような気がして、指先が微かに震える。
「浦町ニュータウンは建設されて数年で、バタバタと住人が死亡し、消滅した。
今では誰も住まず、七年前から廃墟街となっている。某大手不動産会社計画部ではニュータウンの再度建設が会議されているというが、公式発表はなく、あくまで噂である。」
脳裏に、冷たい鉛が流れ込むような感覚が走った。死。消滅。廃墟。これらの言葉が、整然とした住宅街の写真と、あまりにもかけ離れている。写真だけを見ると、まだ人が住んでいるかのように見える。何度目をやっても、新しい建物に清潔感のある街並みが拡がっている。
ふと、マウスで画像を拡大してみる。
目を凝らして細部をのぞき込むと、その異様さがさらに明確になった。
窓という窓は、ことごとく割れている。ガラスの破片が、無造作に散らばっている。庭には、手入れされることなく伸び放題になった雑草が、不気味に絡み合っている。郵便受けには、古いチラシが何枚も挟まったままだ。
何もかもを置いて出ていったのだろうか。七年前で、時間が唐突に途切れた場所がそこにある。
身震いが止まらない。閉まったシャッターの光景と何故か重なってしまう。
「佐藤商事が撤退した三月に住人は完全にいなくなった。それからは誰も踏み入っていないようだ。また、引越し方が異様だ。家具などは放置されているという────」
読み進めると、七年前の三月に住人が居なくなったとわかった。
撤退。それ以上に、その言葉が承黎の脳裏に無数に浮かぶ。あのスーパーの閉店と同じだ。コンビニエンスストアと同じだ。
見えない糸で繋がれたかのように、この街で起こっていることと、この廃墟となったニュータウンの過去が、重なって見えた。偶然だろうか。いや、こんな偶然が、果たして存在するのだろうか。
心臓の鼓動が、一段と速くなる。胸が苦しくなる。この情報の羅列が、承黎の精神を、深く侵食してゆく。だが、知って安心しなくては精神を保てない。とても安心できそうでは無い雲行きなのに、止めることが出来ない。
「浦町ニュータウン」
今度は検索欄にその地名を打ち込み、エンターキーを押す。手はふるえ、キーは何度も画面をさまよったが、手が滑って押してしまった。もう引き返せない。画面が切り替わる。
余計に絶望するのは怖い。躊躇していても画面は目に入る。
表示されたのは、先ほどとは異なる、無数の情報だった。ブログや掲示板、ニュース記事が関係なく膨大に並んでいる。そしてそのほとんどが、「怪異」という言葉で彩られている。
「憑依」という言葉が、目に飛び込んできた。その瞬間、承黎の全身に、冷たい悪寒が走る。憑依など、考えたこともなかった。そんな非現実的なことがあるのだろうか。この街はどうなのだろうか。この街では、ただ店が潰れ、人が夜逃げのように引っ越すだけだ。
あまりに多すぎるが、全て化学で証明出来る。殺伐とした世の中で疲れてしまった。その言葉だけで解決できる。全部社会的な現象として片付けられている。誰も、超常的な現象だとは口にしない。
怪異の特徴は無いのだ。
この街ではやはり、怪異は起きていない。憑依など、ありえない。だが、浦町ニュータウンで起きる怪異は憑依という言葉でしか表現出来ない。
浦町ニュータウンのことは分からないが、憑依など、この街とは関係ない。
しかし、脳裏に焼き付いた浦町ニュータウンの廃墟の光景が、忘れられない。この街もすぐにこうなるということだけは、超常現象でもなく、事実なのだろう。
恐怖が、じわりと足元から這い上がってくる。得体の知れない畏怖がここにはある。自分の知らないところで、何かが進行している。見えない何かが、この街を侵食してゆくような気がした。
人間の起こす何かか。
復讐心の結晶か。
パソコンの画面を、もう見続けることができなかった。指先が、震えながら電源ボタンを探る。目を開けて、探すことが出来ない。
カチリ。
ようやく手応えがあり、画面が真っ暗になる。うっすらと目を開け、それを確認できてから、しっかり目を開けた。部屋の明かりだけが、虚しく承黎の顔を照らしている。深い闇が、承黎の心を覆う。
一度ベッドに横たわり、眠れずにいた。
「あれ?」
誰に言うでもなく、疑問が口から流れ出る。電気が消えている中でパソコンを見ていたはずなのに。
パソコンを見終わった時、部屋は明るかった。たしかに先程電気を消した。
見渡しても、電気がないと何も見えない。
脳裏には、浦町ニュータウンの廃墟の光景が、繰り返し蘇る。割れた窓ガラス。伸び放題の雑草。そして、誰もいなくなった街の沈黙。この街の未来の姿なのだろうか。
目を閉じても、耳の奥では、遠くから何かの音が聞こえる。風の唸り声だと、脳裏ではわかっている。だがその音は、承黎の不安を、さらに深く増幅させる。
気配があるような気がした。
恐ろしい。全身からねっとりとした汗が這い出る。寒い。汗は直ぐに冷やされ、ぶるりと身体が震えた。
確かめないのは怖い。
だが部屋の入口にまで歩いてゆき電気をつけるのも恐ろしい。
スマートフォンを手に取り、ライトをつけた。怖くなり、周囲をてらせない。意を決して、部屋の隅々を照らしてゆく。
扉の前を、照らした。
喉が思わず上下する。
人の顔が浮かぶ。叫び声が気づけば口から漏れ出ていた。
パニックになり、躊躇もなく出ん気をつけた。人と目が合う。
どちらも話さない。呆然とした顔が見合わせられる。
「何してたの?パソコン見て震えてたから心配して見てたんだけど」
「絢子……?」
何故だろうか。状況が理解できない。姉がたっている。話している内容から先程からいた事がわかるが、なぜ自分は気づかなかったのか。
「承黎、急に寝たからびっくりしたよ。私がいるのにも気づかなかったみたいだし。どうしたの?今日変だよ」
そう言われても、姉の姿は思い出されなかった。自分は一人でいた、という認識は拭いきれない。
自分はおかしくなってしまったのだろうか。姉が部屋から出たあとも、承黎は、ほとんど眠れずに朝を迎えた。
承黎の住む街でも怪異こそは無いが、シャッターが下ろされるたびに、街の息遣いが一つずつ消えてゆくのは手に取るように解り、恐ろしさはやはりある。人通りのない通りは、日増しにその静寂を深めてゆく。
幽霊ではない。それなら、人か。
目に見えないが、人の醜い心が待ちの生命力をすいとってゆくのだろうか。
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